第58話 恋のおみくじ
終点でガーデントレインを降りて、少し歩くと芝生広場についた。しばらくの間、ここで過ごすことにする。
「フリスビー持って来ればよかったですね」
千尋が急にそう言った。なぜか俺に。
「どうして?」
「……投げたら愛が食いつくので」
冷え切った声。千尋、コーヒーカップの件まだ怒ってる。こういう静かな怒りはたいてい怖くて、しかも意外と長く続く。愛、珍しい失敗をしたな。
「うう……なんだか今日は肩身が狭い」
そう言う愛に、自業自得だ――と言う気にもなれない。みんなで遊びに来れて、愛もちょっと羽目を外してしまったんだろう。
うーん……
「愛、ちょっと」
そう言って手招きすると、愛は小走りでやって来た。
「なんですか?」
素直な目が、こちらをのぞく。
「ほら、くるっと回ってみて」
「へ? どうして?」
そう聞く愛に、耳打ちする。
「……なんか、かわいくみえると思うから」
聞いた愛は、ぴょんと飛びのいた。
「輝さんまたそんなことー。ナンパは受け付けませんよ」
そう言ったのに、愛は俺の目の前でくるっと回ってみせた。ツインテールに結んだ髪が、ふわりと揺れて止まる。
「どうですか?」
「うん、いい。次はもうちょっと早めに」
にっこり笑って、一歩下がって――言われた通りさっきより早く回ってくれる愛。
「いい感じ。もっと早く、今度は2周――」
「はい!」
くるくるっ、と楽しそうに回る愛を、周りのみんなが微笑んでみている。
・・・・・・
千尋を手招きして呼び寄せた。
「これでどう?」
「素晴らしいです」
ついに目を回した愛は、芝生にへたり込んでいた。意外にしぶとかったが、何の疑いも持たずくるくる回ってくれたおかげでうまくいった。
千尋が珍しく、目を輝かせている。
「コーヒーカップの仕返し……まさに因果応報。千の言葉よりも、身をもって思い知らせる――勉強になります」
そうそう、場合によっては体に叩き込んだ方が効いたりするんよ。
それと――これで俺も愛の目を回させたわけだから、お互い様って事にしておいて。
「うう……ひ、ひどいです、輝さん。私を、その気にさせておいて……」
目を回したままそう言う愛のそばに千尋とふたりで、一緒に膝をついて背中をさすった。
・・・・・・
芝生広場に滞在したのは1時間ほどだった。
しばらくの休憩――というより、いつもの部活後の時間がそのまま移動してきたような雰囲気が、いつもよりずっと長く続いたのだった。
思いのほか時間を過ごしてしまったのでガーデンエリアの散策はやめ、次の目的地に向かうことにして帰りのガーデントレインに乗った。
今度は絵里さんの前の席に座ったが、後ろからは相変わらず機嫌よさげな鼻歌が聞こえていた。
……アジサイが咲いている区間で「塩酸はだめかあ……」と聞こえたのは気のせいだったと思いたい。
・・・・・・
再度アミューズメントエリアに入って、突っ切るように進んだ先にある、ロープウェイ乗り場へ向かう。
「広見山ロープウェイ」……朝、遊覧船から見上げたロープウェイだ。ここからパークの外になるので、一時退場のスタンプを押してもらう。
行き先は、湖を越えた向こう側の山、広見山だ。湖を越えるといっても、ここは小さな入り江状になった場所。そのいちばん狭いところを直線で越えるだけだ。そんなに距離はない。
ロープウェイのゴンドラはすぐ先に停まっていたが、ちょうど出発時刻になってしまい、改札前でゴンドラが出て行くのを見送った。
見送った便は14時30分発、5分ほどでやってきた別のゴンドラは40分発。大した遅れにはならずに済んだ。
ゴンドラには俺たちの他にも意外に多くの乗客が乗って、最初に乗り込んだ俺たちは前の方へ押しやられた。
スペースが狭いので愛は千尋に写真を撮るのを禁じられ不満顔だったが、「着いたら輝さん撮り放題」との条件を聞いて満足した様子だった。
……俺はそんなの許可してないんだけど。
14時40分、定刻で乗り場を離れたロープウェイは、ふわりと空中へ乗り出した。大きな鉄塔のそばを過ぎると浅名湖湖上へ出て、ぐんぐん高度を上げ始める。
ぼんやり外を見ていると、袖をくいくいと引かれた。
「輝さん、下……」
見れば里奈が俺の袖をつまんで、こちらを見上げている。
「下?」
「はい。遊覧船、いないですね」
ゴンドラのいちばん前の窓から、ふたりで湖面を見下ろす。そういえば、朝の遊覧船はこのロープウェイの下をくぐったんだった。
見渡しても、船らしきものは見えない。
「うーん、タイミング合わなかったか」
「合わなかったですね」
少しつまらなさそうな里奈。
「ねえ……漫画なんかだと水に転落したキャラって後で生きてたりするよね」
「輝さん、リアルでそれは無理です。飛ばないでください。……ふふ」
ちょっと笑ってくれた。
「里奈、笑ってる?」
「笑ってませ……ふふ」
里奈は袖をぎゅっと握った。
「……笑って、ます。輝さんのせいで」
「そっかー」
「そうです」
そんなやりとりをしながら――みんなで乗ったゴンドラは、すぐ広見山の乗り場へ着いた。
・・・・・・
広見山に到着し、俺たちは混んでいたゴンドラを降りた。
広見山には楽器館という楽器をテーマにした展示館がある。それと、ロープウェイ乗り場から少し歩いた先には広見寺というお寺があって、縁結びのご利益があると市内で評判になっている。
どちらにも行く予定だったが、お寺は午後4時までらしく、あと1時間程度しかないので先に行くことにした。
お寺へは歩いて数分だったが、愛が俺の周りをぐるぐる回りながら写真を撮り、大量の俺の歩き姿の写真が生み出された。
境内はそれほど広くなかったが、その割には参拝客がいてめいめい時間を過ごしていた。
案内板によれば、ここには愛染明王が祀られており縁結び・恋愛成就のご利益があるのだという。
8人そろって賽銭を入れ、手を合わせる。俺はすぐに顔を上げたが、他の7人がじっと手を合わせたままで、しばらく手持ち無沙汰に待っていた。
・・・・・・
「よーし、みんなで恋みくじ引きますよ!」
「えへへ、私わりと運悪いからなー、大丈夫かなー」
そう言う愛と絵里さんの後に続いて、みんなでおみくじを引きに行く。
順番に並んで、小さな箱から恋みくじを引いたみんなを見てから、俺はその隣、普通の方のおみくじの箱に100円玉を持った指を近付けた。
「あ、輝さんだめですよ。みんなで恋みくじ引いて見せ合うんですから。ちゃんと引いてください」
愛が目ざとく見つけてきた。
……。
「輝さん!」
「分かってる――」
俺はそのまま、100円玉を入れた。中にある白黒のおみくじを、ひと思いにつかみ取る。
ひとつだけ、手の中に残ったものをそっと握って、手を引いた。
「あーもう、そっちじゃないですってば! 輝さんずるいですよ」
「分かってるよ、ほら」
もうひとつ持っていた100円玉を恋みくじの箱に入れて、そちらも引いた。
「え……どうしてふたつ引くんですか?」
「……ん、どうしてだろうね」
そう答えながら、赤白の恋みくじを開く。
【運勢 大吉】
「きっといい人と巡り逢えるでしょう。素敵な愛情を語り合える日々が待っています。短気を起こさず気を長く持ちましょう」
うーん、こっちで大吉か……。
まあ、いいや。
「ほら、これでいいでしょ」
開いた恋みくじを、愛に差し出す。
「あ……はい。いいですけど……」
恋みくじをふたつ持った愛に、みんなが集まる。
「あっ、花菜。大吉引いたな、ずるーい。私の末吉と交換して!」
「えっと……私中吉だ。千尋は……吉か。あれ? 中吉と吉ってどっちがいいの?」
俺はそっとそばを離れた。
みんなに背を向けて……白黒の「本命」のおみくじを開く。
【運勢 小吉】
「己の力を信じ、なすべき事をなしなさい――」
……。
大吉がよかったな、こっちこそ。
かおる祭の成否を占うために引いた、このおみくじこそ。
「いい」とも「わるい」とも書いてない。「己の力を信じ、なすべき事をなしなさい――」と。
「……」
かおる祭の成否は、占えない。ただ、なすべき事をなせ――と。
なすべき事――それができるか……それを、確かめたかったのに。
安心、したかったのに。
・・・・・・
振り向くと、ぽつんと立っていた里奈と目が合った。
「どうだった?」
「はい……大吉でした」
そう言いつつ、里奈はなんだか困ったような顔をしている。
「うーん……」
しばらく恋みくじを見ていた里奈は、おみくじ結びの所へ歩いて行って、大吉の恋みくじを紐に結んだ。
みんなの方を見やると、陽和と琴音が浮かない顔をしている。
「どうした?」
「へ? う、ううん、大丈夫」
「大丈夫」と答えた陽和……そうか、よくなかったか。
「私が大吉を引いてしまって――私はあんまり、そういうのいらないんだけれど」
里奈と同じく、大吉を引いて戸惑っている琴音。
ちょっとぎくしゃくした空気をまとう3人。なかなか、それぞれの思い通りにはなってくれないらしい。
・・・・・・
最終的な結論としては、「輝さん大吉、ずるい」とされた。
それは仕方ないだろう、愛。引こうと思って大吉引いたわけじゃないんだから。




