第55話 みんなで遊園地
9時半に着いた遊覧船から降りた俺たちは、予定より15分ほど遅れて目的地の「浅名湖ドリームパーク」へ入場した。
・・・・・・
「さあ行きましょう! ジェットコースター『ライトニングⅡ』!」
「よーし、私いちばん後ろで黒ずくめの男やるね!」
……。
「この近くだと、大きなジェットコースターってこれだけなんですよね。輝さん乗ったことありますか?」
里奈が笑顔でそう聞いてくる。
「え……っと、いや」
「ないですか? 大丈夫ですよ、ちょっと2回転するだけです」
……。
「――待ってください」
急に千尋が足を止めた。
前を歩いていたみんなが、振り返る。
歩み寄ってきた千尋が、顔をじっと見てきた。
「……輝さん、絶叫系苦手ならそう言ってください」
「……」
短い、沈黙――
それから。
「それじゃあ、あっちのミニコースターで勘弁してあげ――いだっ、冗談、冗談だってば」
みんなはぞろぞろと、来た道を戻り始める。
「いや、あの――俺は下で見てるから。みんな行ってきてよ」
俺は、ジェットコースターは小学生の頃に小さいやつに一度だけ乗って、それ以来乗れていない。
遊園地というのはどうしてこんな万人が楽しめないものに力をそそぐのか、見るたびに苦々しく思っているが――
市内には他にめぼしい遊園地はない。ここ以外で大規模なジェットコースターとなると、高速バスで県外まで行かなければ乗れない。
小さな里奈まで平気そうなのは驚いたしちょっとショックだったが、みんなの楽しみを俺ひとりでやめにしてしまうのは嫌だ。それに周りがジェットコースターに乗っている間、下から見つつ待っているのはもう慣れている。
だから――
「輝さーん、早く来ないと絵里さんが迷子になりますよー」
「それは去年の話でしょ! 今年は大丈夫だもん!」
愛と絵里さんの寸劇を見ながら、そばに立つ千尋が言う。
「輝さん、私たちは8人で合唱部です。ひとりだけ舞台に上がらないような事は、やってはだめです」
そしてみんなが背を向けて、楽しそうに歩いていく。
「……」
前を行く7人を、小走りで追った。
・・・・・・
「そうだ、輝くん。ちょっとやりたいことがあるんだけど……付き合ってくれるかな?」
花菜さんが微笑を浮かべながらそう言った。それから少し先に見えているメリーゴーランドを指差す。
「ほら、あれ――今まではみんな女の子だったから、私だけ『王子様』って言われて馬に乗せられていたけど……今日は本当の男の子もいる。一緒に、どう?」
そう言って俺の瞳を見る花菜さんは、確かに王子様みたいだ。
冴えない顔の俺と、花菜さんで釣り合いがとれるだろうか。
「あ、ずるいずるい。私も高3だよ、王子様くらいできるもん」
……絵里さんよりは大丈夫そうかな。
というか絵里さんはお姫様だろう。花菜さんとふたり並べばきらきらと華やかな雰囲気が出るはず。そもそも高3と王子様、何の関係もないでしょうに。
周りを見ると、苦笑していないのは絵里さんだけ。
誰も、何も言わない。
「むー……」
むくれる絵里さんを連れて、みんなでメリーゴーランドへ向かった。
・・・・・・
近くで見るメリーゴーランドは、かなり大きいものだった。中央部が2階建てになっていて、あちこちに散りばめられた電飾がきらきらと輝いている。
「行こう、輝くん」
中へ乗り込むと、花菜さんはなんだか楽しそうに手を差し伸べてきた。
少し戸惑ってから、そっと指を近付ける。花菜さんはふわりと俺の手をとって上の階へやさしく手を引いた。
ほんのりと暖かい手。そっと握り返そうとしたが、なんだか力加減がおかしくなって、ぎこちなく手を握る。振り向いた花菜さんは、やさしい王子様のような微笑を俺に向けた。
ふたりで2階へ上がって、花菜さんは俺を馬に乗せてから、ひとつ前の馬に跨った。
やがてメリーゴーランドが動き出し、世界が回り始める。前を行く花菜さんが、振り返って楽し気な笑みを見せてくる。
「おっけー、いいですよ花菜さんかっこいー」
下の階、馬車の中から愛がバシバシ写真を撮っている。
「第二王子ー、もう少し締まった顔してくださーい」
……第二王子って俺の事か?
「おーいこっちも撮ってー!」
愛が乗った馬車の前を、絵里さんが里奈を引き連れるように馬に乗ってはしゃいでいる。近くにいるのが里奈だから身長差が目立たず、珍しく絵里さんが普通に見える。
……そういう作戦?
目が合った里奈は、少し肩をすくめた。
・・・・・・
楽し気な花菜さんの写真を量産して、メリーゴーランドを後にした。
次はどこへ行こうか――
「はいはーい、私行きたいところありまーす」
そう言った愛は、咳払いしてから低めの声で言う。
「コーヒーカップ……優雅に回ってやりましょう」
どの辺が優雅なのだろうか。
「……輝さん」
声をかけられ振り向くと、いつの間にかそばに来ていた千尋がこちらの瞳をのぞき込んでくる。
「大丈夫ですか?」
……しっかり気にしてくれている。
自然に笑顔を浮かべることができた。
「うん、それくらいなら大丈夫。行けるよ」
千尋はしばらく俺の顔を見つめてから、すっと離れた。嘘はついてない、と思ってくれたようだ。
・・・・・・
コーヒーカップは、定員の関係で8人全員では乗れない。4人組をふたつ作ることになった。
こういう時、俺はいつも最後まで残ったうえで人数の足りない側に組み込まれるのだが――
がしっ、と熱い手に手首をつかまれた。
「輝さんはこっちでもらいますね」
愛がにっこりと笑っている。
なんだろう……この愛の「にっこり」が掻き立ててくる不安感は。
愛はさらに里奈を手招きして、こちらは3人になった。
後はいつも通り千尋が愛のそばにつく――と思ったが、意外にも千尋はこちらに来なかった。ふたり組になっていた花菜さんと絵里さんの所へすっと寄っていく。
残ったのは陽和と琴音。
いつもだったら陽和がそばに来るだろうけど、今日はここに来てから一度も目を合わせていない。
今近くに来てしまったら、なんというか――気まずい。
こちらに視線を向けない陽和と、そんな陽和にほんの少し視線を走らせた琴音。
「それじゃ――」
そう言った琴音が、こちらの組に加わった。
・・・・・・
4人でコーヒーカップに乗り込む。俺の正面には、仕切り役と言わんばかりに愛が座った。
左に座った琴音をちらりと見ると視線が合ったが、琴音はすぐよそを向いた。
ややあって、すっ、とそばに寄られたのに気付いて顔を見ると、近寄ってきた琴音はこちらを見ていなかった。ただ人指し指で、とんとんと座席を叩き続けていた。
右に座った里奈はきらきらした笑顔を全部俺に向けてくる。
「今度は一緒ですね、輝さん」
メリーゴーランドではこちらを見て肩をすくめるくらいしかできなかった里奈。始まる前から嬉しそうだ。
視界の端で、愛がにやりと笑った気がしたが――
・・・・・・
動き出してすぐ、愛は勢いよく言った。
「よしっ、里奈、思いっきり回しちゃえー!」
おいっ、急に何を――
「え……大丈夫ですか?」
「一緒に乗ってるんだよ、私たちはいわば運命共同体――」
いやそうだけど、わざわざ自爆しに行かなくても――
「一緒にぶん回ろう! ……輝さんも一緒だよ」
「――!」
それを聞いて、嬉しそうに笑う里奈――
「はい! それじゃあ輝さん、行きますよー!」
愛に焚きつけられた里奈が、言葉に力を込める。
「あっ――」
「ちょ――」
それが俺と、巻き込まれた琴音のさいごの言葉になった。
・・・・・・
「すごい回ってたね……」
絵里さんの引き気味の声が聞こえる……
「あはは、輝さんにこれやってやりたかったんですよ。こないだ私をあんなにした仕返しです。思いっきり後悔してください!」
こないだ……ふたりで話したあの時か。あれを根に持たれていたとは。
それにしても愛、元気だな。あんなに回ったのに……。
見れば、回していた里奈までくるくると目を回している。
愛は自分の手ではやらずに、焚きつけた里奈のパワーを利用したんだ。里奈、可哀そうに……
急に、肩がぶつかった。俺と同じように目を回してふらふら歩いていた琴音と。
「ごめん……大丈夫?」
「……ううん」
琴音はそう言って、ふるふると首を振った。
・・・・・・
目を回してふらふらしていた俺たち3人が元気を取り戻してから、次へ向かった。
先の失敗から、今度は穏やかなものにしようという話になって、パーク内の遊覧列車に乗ることに決まった。
乗り場に着く直前、甲高い汽笛の音が聞こえて列車が走り出すのが見えた。ちょっと着くのが遅かった俺たちは、列車が一周回って戻ってくるのを待った。
乗り場に戻って来た列車は、古風な機関車に3両の客車をつなげた、深い茶色のレトロなもの。客席は1列あたり3人掛け。それほど大きくない列車だ。
絵里さんがいちばんに乗り込んで、それからめいめい適当に座席に座った。俺は真ん中の席、左隣は琴音、右隣は里奈になった。
動き出すのをわくわくと待っている里奈と、朝のおしゃべりの続きを始める。
が――
「ねえ、どうして怒られてるか分かっている?」
「はい――はい、面目ありません、申し訳ありませんでした」
後ろから、なにか聞こえてくる。
「なんだろ、めっちゃ謝ってる」
「どうしたんでしょう?」
首を傾げる里奈を見ていたら、反対側からちょんちょんと手をつつかれた。
「輝……」
見れば琴音が、遠慮がちに視線を向けてきている。
「どうした?」
「……『被害者の会』ね、この列」
……?
「あ、そうですね」
右隣りの里奈が、代わりに答える。
いまいち理解していない俺に、里奈は笑って教えてくれた。
「ほら、さっきのコーヒーカップの」
「……」
真ん中に俺、左に琴音、右に里奈――コーヒーカップの時の配列と同じだ。
一緒に回って一緒に目を回した3人が、一緒に並んで座っている。
「今日は楽しむ日だから見逃してあげようと思ったけど――『節度』は守って、愛」
「はい、ええ、誠に申し訳ございません、再発防止に努めますので――」
後ろから聞こえる千尋のお説教と愛の平謝りに、思わず笑ってしまう。
そのまま左隣を見ると、琴音も楽しそうに笑っていた。
「ほんとだね」
「……ふふ」
・・・・・・
列車が動き出すと、予想通り前の列に座っていた絵里さんがはしゃいで、花菜さんにたしなめらるのが面白く眺められた。
遊覧列車は意外と本格的に作らていて、木立ちに入ってパーク内が一旦見えなくなった後、鉄橋を渡ってまた視界が開けた。
「輝さん、あれ。ウォータースライダーありますよ!」
里奈が目を輝かせる。夏季限定で遊べるやつだろう。
「うーん。海水浴じゃなくてこっちもよさそうかもね」
「へ?」
首を傾げる里奈。
「ほら、今朝、船の上で。夏になったら行きたいって」
「あ……そうですね、こっちも水遊びです」
そう言ってから、ちょっと考えた。
「両方行きたいです」
「両方かあ」
そんなやりとりをして、ふたりで笑う。無邪気な里奈の笑顔が、いつも以上にきらきらしている。
・・・・・・
やがて列車はトンネルに入った。
客車の天井の暗い電球に、ほのかに照らされる。トンネルの中に巡らされたイルミネーションが、星空のように辺りを包んだ。
左の手に、何かがちょんと触れた。
琴音の指かな、そんなに近かったっけ?
「……」
え――?
わずかに触れた琴音の指は、そのままこちらの手に重なろうとする。意外に暖かい指が、座席と暗い照明に隠れながらためらいがちに……
重ねられたのは、ほんの指2本分。
左手の小指と薬指を、初めは弱く、それからきゅっと、握られた。
いけない、そう思っては――
俺は琴音に、そう思ってはいけない。だって――
「……」
すぐ反対側に、里奈がいる。前の列にも後ろの列にも、みんなが乗っている。
そんなギリギリのところで、琴音は俺の指を2本だけ握ってじっと座っている。
横目で姿を見たが、表情はよく見えない。
「……」
思えば陽和の陰に隠れがちで、琴音とはあまり接していなかった。陽和とは学校の外の森で、一緒に暗闇の中で過ごしていたけれど……
握られた指をそのままに、そのぬくもりに心をくすぐらせる。琴音のことだから、このトンネルを出たら、これはもうおしまいだろう。
おそらく――二度とはない。
琴音はいつも陽和のサポートに徹して、自分のことはその次に回してしまう。いま指を2本だけ握っているこの手は、そんな関係へのささやかな反抗と、自己主張なのかもしれない。
指に伝わる体温にくすぐられながら、そのまま預けておく。それがたぶん、いま琴音が欲しがっている反応だろうから。
……。
すぐ、出口の光が見え始め、琴音の手はすっと解けて行ってしまった。
乗り場に着くまで里奈とおしゃべりをして、俺はあえて琴音の顔を見ないでおいた。




