第54話 船上にて
「まー、そうですよねー……」
立ち尽くすみんなを見ながらそう言う愛。
ドリームパークのエントランスは、開いていなかった。
・・・・・・
それは単純なことだ。
俺たちはみんな早起きしすぎて予定より早く集合し、早い時間のバスに乗ってきた。
当初の予定は、ドリームパークの開園時刻に合わせて組んだもの。それより早く来てしまえば――当然、開いてない。
ドリームパークの開園時刻は9時半。今は8時45分くらい……
「あはは……どうしましょ」
珍しく困り顔の愛。早い便に乗ろうと言い出したのが自分だからか、痛々しいくらい困り果てている。
そこに助け船を出してくれたのは花菜さん。
「近くに遊覧船の乗り場があるみたいだよ。始発が9時ちょうど発だからもうすぐ出るけど、30分で戻って来れるみたいだ。どうかな?」
「おー、船? 乗りたーい!」
絵里さんが楽しそうにそう言ってから、急に表情を険しくした。
「……なんで花菜、もう時間まで把握してるの?」
確かに、遊覧船なんて予定になかった。なぜ花菜さんは……
絵里さんの言葉に、花菜さんは悠然と答える。
「予定より出発が早かったからね。開園まで時間をつぶせそうな所がないか、来る途中で調べてたんだよ」
花菜さん……バスの中で居眠りする前に調べたのか、そもそも実は寝てなかったのか。さすが年長者だ。
「むー……私を差し置いてそんな先輩みたいなこと……」
そして花菜さんと同い年の絵里さんは、先輩として格好をつけるチャンスを失い不満げに口をとがらせる。
花菜さんはそんな絵里さんに苦笑しつつ、みんなに言った。
「どう、みんな。もうすぐ出発時刻だけど、遊覧船、行ってみようか?」
みんな異論はなく、急ぎ足で乗り場へ向かった。
・・・・・・
遊覧船の乗り場はバス停から道路を挟んですぐ向こうにあり、もう乗船が始まっていた。
窓口で8人分のチケットを買って、みんなで軽やかに桟橋を歩く。
泊まっている小さな船は昔の西洋の船を思わせる、なんだかオモチャみたいな姿だったが、乗り込むとガタガタとエンジンの振動が大きく響いていた。
1階部分は屋根と窓ガラスで囲われた船室になっており、木製の椅子が並んでいる。
まだぼけーっと寝ぼけている琴音を椅子に座らせて、陽和がそれに付き添う。俺は他のメンバーと一緒に後ろのドアから外に出て、露天の2階に上がった。
・・・・・・
船はすぐに桟橋を離れて、エンジン音を立てながら浅名湖へと進みだした。始発便だからか乗客はそれほど多くない。落ち着いて乗っていられる。
2階の前の方には大きな舵輪が設置されている。もちろんダミーだが……
「よーし私が船長だよっ!」
もう絵里さんが舵輪をぐるぐる回している。
絵里さん、そんな事してたらだいぶ年少者に見えるけど、いいんですか。
はしゃいで舵輪を離さない絵里さんを見かねて、花菜さんが言った。
「絵里、ほら、他の小さい子たちに譲ってあげて」
「あ……はい」
しゅんとして舵輪から離れた絵里さんがなんだかいたたまれなく思ったが、そばに寄った愛がうまくフォローした。
「絵里さん、船長は全体の指揮をとるものですから。舵は操舵員にお任せを」
「うん……」
そして背筋を伸ばした愛は、前方を見て叫んだ。
「まっすぐ前方、氷山です!」
「――!」
おい! それは沈むやつだろ。
「面舵いっぱーい!」
急に元気を取り戻した絵里さんが号令する。
すぐ後ろで微妙な表情で立っていた花菜さんと千尋にも、飛び火した。
「ほら、急いで! 全速後進!」
花菜さんと千尋がブリッジクルーにされたのを見た俺は、気付かれぬようその場を離れた。いいんだ、俺はただの乗客で。
『只今上に見えておりますのは、広見山ロープウェイでございます。浅名湖湖上をおよそ5分で――』
ひとり手すりにつかまって、放送を聞いて空を見上げてみたが、ワイヤーが張られているだけでゴンドラは動いていなかった。タイミングが合わなかったか、始発便がまだだったか。予定では、午後にあれに乗って行くことになっている。
前方の4人は、ついに氷山に衝突したらしい。愛の熱演とはしゃぐ絵里さんと、巻き込まれたままの2人が放送も景色も無視してにぎやかにやっている。
俺は――俺はひとりで、ただある事を考えていた。
ふと近くに誰か来た。見れば、里奈がひとり分の間隔を開けて立っている。
バスから降りた後、視線を向けたら目を逸らされてしまったけど……今も話しかけてくれないけど、どこかで機嫌を悪くしてしまっただろうか。
「……」
間隔を開けたまま手すりをつかんで外を見る里奈。
いつもみたいに、そばに寄って楽しいおしゃべりに興じたい。ひとりでぼうっと立っているのは面白くない。
「里奈……」
「……」
答えてくれない里奈。でも、自分から近くに来てくれたんだから――
「面舵と取舵って、どっちがどっちなんだろう」
「……知らないです」
答えてくれた。
「さっき絵里さん面舵一杯って言ってたけど、もし左右間違ってたら自分から氷山に突っ込んでいったんじゃないかって、気になって――」
「知らないですよ」
機嫌が悪くても、俺の妙ちきりんな発言に答えてくれる里奈。
「……輝さん」
「うん?」
そして、ようやく自分から話してくれた。
「さっきからずっとそれ考えてたんですか?」
「うん」
そう、さっきから俺はひとりで、ただその事を考えていた。
「……ふふ」
ちょっと聞こえたその声を、見逃さない。
「里奈、笑ってる?」
「笑ってません」
そう言う横顔は、笑ってる。
「はあ……」
里奈はため息をついてから、こちらを向いた。
「……そんなの考えてなくていいです。せっかく来てるんですから――私たちは私たちで、楽しくやりましょう」
そう言って里奈は、開けていたひとり分の間隔を詰めた。
・・・・・・
朝の湖の風を受けながら、里奈とふたりで並んで船の上に立つ。
「輝さん、船酔いしたりします?」
「海水浴、好きですか? 私夏になったら行きたいです」
「映画って見ますか? よさそうなのがあったら、見に行きませんか?」
だんだん調子が良くなってきた里奈が、バスの中でできなかった朝のおしゃべりを始めていく。いつもと違うところで、いつもと違う話題で――
こうして仲のいい人と学校の外で会って話して、遊んだりするのも、いいかもしれない。休日を宿題と動画サイトでつぶすより、楽しいし……
――そっちの方がずっと、高校生らしい高校生活な気もする。
・・・・・・
船は陸から遠ざかって、前の方に見える島へ向かっていく。
『前方に見えてきました島は「阿多利島」といい、古来より、天上の神がうっかり指先からこぼした小石がここに落ちたものとされ――』
「なんですかね、その話」
「なんだろね、隕石か何か?」
ふたり並んで、島を見ながらおしゃべりを続ける。
『この伝承は、大昔に落ちてきた隕石の言い伝えが形を変えて――』
「あ、輝さん当たりです。すごい」
「いや、たまたまだよ」
『島の名前は大昔の当て字と考えられており「当たり」という意味とされていますが――』
「あ、里奈も当たり」
「へ?」
「さっき『当たりです』って言ったでしょ」
里奈はちょっと考えてから、ぱっと笑顔を咲かせる。
「わ、いっしょですね!」
「うん」
楽しそうに笑う里奈を見て、俺はつい、言うつもりのない言葉を湖上へ向かって言った。
「一緒にこうやって出掛けるの、いいね」
ちらりと見た里奈はちょっと笑顔を引っ込めて、それからもっときらきらした笑顔をみせた。
「はい! 今日だけじゃなくて、また一緒に、色んなところ行きましょう」
「うん」
湖上でのおよそ30分は、こうして過ぎていった。
・・・・・・
予定通り、船は9時30分に桟橋に着いた。
前方の4人はとうとう沈没したようだ。後ろから4人の様子を見た俺は里奈と顔を見合わせ苦笑して、それから連れ立って1階の船室へ降りた。
陽和に付き添われて船を降りる琴音は、まだちょっと締まらない表情をしていた。
俺はまだ陽和と目を合わせづらくて、そばにいた里奈に視線を向け、それに気付いた里奈はきらきらした笑顔を返してくれた。




