第25話 露見
翌朝――
普段通りに登校した俺は、教室に入ってまっすぐ自分の席へ向かった。
先に来ていた明が、振り返って俺に気付く。
「お、来た。輝、おはよ」
「おはよう……」
なんだか気勢が上がらない。
俺が鞄を下ろして席につくと、明はこちらを向いて座りなおした。
「早速だけど、昨日の件な――」
……昨日の件?
「一応、器楽部のみんなに言ってみたよ」
……ああ、それ。
そんな事も言ったな、確か。
でも……それはもういい。
「明ごめん、それもういいから――」
「いやー、やっぱ反対されたな。誰も賛同しない。ま、想定内だけどな」
明は俺の言葉を聞かずに勝手に話し続ける。
「まあ、まだお前から聞いた合唱部の事、全部話したわけじゃないから。一度に全部言ってその場で否決されたら、それ以上何も言えないしな。これから事あるごとにしつこく小出しに言ってみるよ」
……いい。
もういいんだ。
「明、それはもう――」
「で、お前の方は何があった?」
……。
「お前、鏡見てみ。目が据わってるぞ」
そう言って明は、こちらに向いたまま机に肘をついた。
なんだ? 話を聞いてやるとでもいうのか?
やめとけよ。大して面白い話じゃない。
……だけど、器楽部との件はここできちんと取り下げないといけない。
それだけは、聞いてもらおう。
「明、勝手なこと言ってごめん、今回の話はもう、なしにして。……本当に、すまない」
俺はそう言って、明に頭を下げた。
頭上から、明の声がする。
「うーん、だいぶダメージ食らったな、こりゃあ。……いつまで頭下げてんだ、やめてくれ」
……俺は、ひとまず頭を上げた。
明はもう一度机に肘をつきなおしてから言った。
「お前、だいぶ張り切ってたじゃないか。あんな楽譜作ってまで。つい昨日は『合唱部に情が湧いた』なんて言ってたろ。どうしてこの話をなしにするんだ?」
情が湧いた――そんなことも言ったっけ。だいぶ調子乗ってたな。
情なんて抱いてはいけなかった。なぜなら俺は最初から――
「部外者、だから」
何言ってるかわからんぞという顔をする明に、説明を足す。
「俺は『部外者』だそうだから。合唱部のやることに手を出してはいけない、土足で入り込んではいけない――そういうこと」
そう言ったうえで、俺はもう一度今回の件の取り下げを頼む。
「だから、俺が勝手に頼んだ今回の事は、なしにしてほしい。というより、もうそうする以外にないんだ。俺は合唱部から外れたから」
「は? 合唱部から外れた!?」
明が急にでかい声を出して、周りの何人かが振り向いた。
それに気づいた明は慌てて周りを見てから、顔を寄せて小声で聞いてきた。
「外れた、って……どういう事だよ。まさかかおる祭、出ないのか?」
「出ない」
俺の簡潔な答えに、明はなんだか疑うような表情をした。
「お前それ、ちゃんと考えてないだろ。さすがに話が急すぎるぞ。何があったかは知らないけど、今日もう一度合唱部行けよ。よく話して、よく考えてから――」
「いい、それは」
俺は明の言葉を遮った。
「お前は『部外者』だから、勝手なことをするな――そう言われたんだ」
険しい顔で黙った明を前に、俺は続ける。
「確かに、俺はこうして、器楽部との件を合唱部員に話す前に進めていた。そんな生意気な部外者は、いちゃいけないだろ」
「……うちの部との件なら、まあ確かに勝手っちゃ勝手だけど。でも、それは後で相談してもいいだろ。多少順番が逆になった――ちょっとした失敗、ってことで済む話じゃないか」
……。
「そうじゃなくて――俺は合唱部では、『部外者』扱いになってるってことだ」
明はそれを聞いて、少し首を傾げる。
「うーん……輝は部に籍を置かないわけだから、ある意味そうだろ。その程度の意味じゃないのか?」
「その程度、じゃない」
合唱部は、ひとりで気分よく歌を歌ってればいいなんて部活じゃない――
「――全員で同じ歌を歌うのに、部外者なんてのがいるはずないだろう。たとえ一時的でも、籍を置かなくても、同じ歌に参加するんだから」
少し、いらついてきた。
「一応俺としては『一緒に歌う』つもりだった――だから参加するって言った。だけどあちらは『部外者』だって言う。要は『お前は何もするな、部員の言う通りの音だけ出していろ』って事だ」
それを聞いて、明は眉を寄せた。
「……そう言われたのか?」
「そうだよ、実質」
俺は深くため息をついてから、言った。
「あいつら結局は、俺を機械か何かの扱いで使おうとしてて、メンバーとしては見てなかったんだ。それなら、俺は願い下げだ。部が混乱するかもしれないけど、俺は知らない」
そう言って、思い浮かんだ陽和の顔を苦々しく思いながら、言った。
「メンバーにするふりをして、俺を誘い込んだ方が悪い」
明は珍しく困り顔をみせた。
「あー……」
少し、言葉が遅れた。
「……そうか、そうなんだな」
「ああ」
俺はそう答えて、椅子に前向きに座りなおした。
明も前を向いて、それ以上何も言わなかった。
・・・・・・
「あ、いた! あそこ!」
教室のドアの方から、大きな声が聞こえた。
振り向くと、ブレザーを着た生徒たちの向こうに、紺のセーラー服――旧制服の生徒が3人、ドアの所に立っている。
なんだ、騒がしいやつらだな。
俺はまた前を向いた。旧制服の生徒に、俺に用があるやつはいない。
どたどた、と騒々しい足音が近づいてくる。
おい、こっちの方に来るのか。やめてくれ、鬱陶しい。
どたどた――
その足音は、俺のすぐ横で止まった。
「輝さん」
「……」
……目当ては、俺か。
見上げると、セーラー服姿の見覚えのない女子生徒が立っている。
いや……
ツインテールに結んだ髪……顔はよく覚えていないが――
見た覚えのある髪型と、その手に持って俺に見せている印刷物――
「これ、輝さんのですか?」
――どうして俺の楽譜が、その手にあるんだ?
俺が答えないでいると、立っている生徒の向こうから明の声が聞こえた。
「なに? 今持ってきためちゃくちゃ書き込まれた楽譜なら、確かにその海野輝くんのものだよ」
こいつ、勝手に……
目の前には、押し掛けてきた旧制服の3人が、俺の席の横に立とうとしてぎゅうぎゅうになっている。
なぜか俺の楽譜を持って来たのは、先週出て行った合唱部員のうちのひとり、そしてもうひとりは名前を知らない部員、そして一番小柄なのが、よく見覚えのある……里奈。
俺の視線が向いた時、里奈は少しにこりとした。
……。
あ……そうか。
あの時――里奈とふたりで話をした時、確か俺の楽譜を見せた。もうよく覚えていないが、あの時手渡していたのか。たぶんその後、返してもらうのを忘れていたんだ。
でも、なんだ、どうしてそれを持って合唱部員が押しかけてくるんだ。
楽譜を持ったままのツインテールの部員は、俺に聞いてきた。
「何時間かかるんですか、これ」
……知らないよ。計ったことがない。
「『慣れれば速くなる』、らしいよ」
また向こう側から、明が勝手に答える。
前の方から速い足音が聞こえて見ると、陽和が足早にこちらに向かってきた。
「ちょっと、どうしてここに集まってるの? ここよその教室でしょ!」
部員たちが勝手にここに押しかけてきたのを注意しに来たらしい。
「だって輝さんがここにいるから」
里奈が当然と言わんばかりに答える。
そしてまた向こうから明の声がする。
「おい桜井、そこの楽譜、輝のやつだよな」
「え……」
陽和はさすがに気まずそうな顔で俺を見て、それからツインテールの部員が見せた楽譜を見た。
「……うん、そう」
それを聞いたか、明はなんだか嬉しそうな声を出す。
「それだけじゃないよな。全部同じように作ってある」
「うん……」
陽和がそう答えると明は――
「探せばもっと出てくるだろ。おい桜井、お前机の中探せ! ……ちょっとどいてね」
並んだ部員たちを少しどかして、無造作に俺の鞄を手に取った。
「あ、おい――!」
俺は鞄を探る明の腕をつかんだが、明の力は意外なほど強かった。
机を探せと言われた陽和は、さすがに戸惑ったまま立っていたが――
「……」
……鞄の中から、クリアファイルが引き出された。音符が踊る5線譜が、透けて見えている。
明はそれを手に、俺の顔を見てにやりと笑った。
「持ってたな、やっぱり。さっき『合唱部から外れた』って言ってたくせに」
その言葉に、4人の合唱部員は凍り付いたように見えた。
明はここぞとばかりに、勝手に口を開いた。
「ついでに言うと、昨日俺たちが話し合っていたのは『合唱部を器楽部の定期演奏会に参加させられないか』について。定演は3月だからね、実現すれば合唱部は年度末まで活動できるようになるわけだ」
余計なことを――
もうその話はなしにしたじゃないか。
それに、もう合唱部とは関わらないのに、今さら――
言い終えた明は満足げに、持っていたクリアファイルを俺の机の上に置いた。
「……」
……俺は何も言わないぞ。
……。
「あのう……」
初めに口を開いたのは、今まで何も言っていなかった部員だった。
「その、一番上の楽譜、何ですか?」
俺のクリアファイルを指差してそう言う。
それを見たツインテールの部員が、勝手に机からファイルを取り上げた。
「ちょっと! やめなさい!」
陽和が強く言ったが、意に介さない。
別にいい。見られて困るものはない。
それに……どうせ今日中には処分する。もうすぐ消えてなくなるものだ。
「なんですか、これ?」
その声を聞いて、俺はツインテールの部員を見上げた。
そして――
「――っ!」
どうしてその楽譜が、一番上に――
「この曲――『故郷』?」
……。
「こんな曲、配ってませんよ? なんでここに入ってるんです?」
それは――
「……」
『舞台で輝く合唱部員』を見せるために――
かおる祭で客席に座る全校生徒に、それを見せつけるために――
そしてそのうち2人か3人でも、合唱部に来てくれるように――
そのために部外者の俺が勝手に考えた、男声独唱。
合唱部員の歌を1曲削ってひとりだけで歌おうとしていたもの。
そのための曲が――よりによって一番上に。
「輝さん?」
ツインテールの部員が、俺の目をのぞき込む。
俺が勝手に選んだ曲――「故郷」の楽譜をその手に持って。




