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第23話 失速

 見ると、陽和は蒼白な顔で竹内と俺を交互に見ていた。


 そうだった。陽和にはこの前スマホ越しに話していた。

 そしてその時、まだ周りには言わないでくれとは――言ってなかった。


 竹内は続けて言ってくる。


「どうして海野さんが、私たちへの相談もなしにそんな事を計画してるの? あなたが加わるのは今回限り、部に籍は置かないんでしょ?」


「そうだけど――」


 答えかける俺を無視して、竹内は続ける。


「つまりあなたは、部外者じゃない。自分の立場と、部員との関係をきちんとわきまえてよ。合唱部は海野さんの物じゃないんだから」


 ちょっと待ってくれ――


 この考えを岩村先生に話したのが先週の金曜。そして土日をはさんで、次の活動日が今日。つまり部員への相談ができる最初の機会が、今日じゃないか。


「今日にでもみんなに相談しようと思ってたんだよ。それまでは、ただの個人の考えに過ぎないって思ってた」


「……陽和には、話したじゃない」


 ……。


 それは――


「それは、つい……内容までは言ってない」


「つい?」


 竹内はとがめるように言った。


「さっきはあれほど私たちを非難したくせに、『つい』?」


 ……。


「さっきも言ったけど、立場をわきまえて。部の活動方針は部員が決めるもの。籍を置かないあなたは手を出しちゃいけない」


「……ああ」


  『――手を出しちゃいけない』


「合唱部をどうしようとか、そういうのはいいから。あなたはまず、私たちの足を引っ張らないだけように練習することを考えて」


「うん……」


  『――足を引っ張らないように』


「合唱部は合唱部員がやっていく。部外者が土足で入り込まないで」


「……」


  『――部外者』


 ……そうだ。

 さっきからそう言われてた。


 みんなは、そういう認識なんだ――


「……」


 俺は合唱部の一員じゃない、ただ男声の音を出すためだけの機械みたいなもの。

 合唱部が最後の年に混声合唱を楽しむための、機材として用意されただけなんだ。


 ()()()()()()()()として、思われているわけじゃない。


 今だって、合唱部の6人は並んで座っているのに、俺はそれに対面しながら立たされたままだ。


 この形が、みんなが考えている俺と合唱部の関係性なんだ。


「……」


 ちょっと、調子乗ってたな……。


 ……。


「……ごめん」


 俺は床を見ながら、そう言った。


「少し、調子に乗り過ぎた。立場をよく、考えてなかった」


 部員でなくても、()()()()()()()()()だと思っていたから……


「……」


 確かに、みんなの気持ち――最初で最後の混声合唱を楽しみたいというその気持ちは分かる。


 ……でも俺にも、()()()()はある。


 音を出すための機材として使用される――そんな事は聞いてなかったし、知っていたなら断っていた。


 だから――


「ごめん、勝手なこと言うけど……()()()()じゃ、ついていけない。足を引っ張る」


「じゃあ余計な考えは捨てて、みんな以上に練習して。足を引っ張らないように」


 ……。


 ばきり、と音がした。


「それは、できない。俺は――」

「はーいちょっと待った!」


 突然、岩村先生のでかい声が響いた。


「いやー輝くん、君のこと忘れてたけど、そういえば立ちっぱなしだったね。とりあえずどっか座って。それから――」


 芝居がかった声でそう言ってから、先生は急にそのトーンを下げた。


「――言いたいことは、一応分かってる」


 そう言う先生の顔は、笑っていない。


 それなら……

 分かっていると言うなら――


「――なら、言わなくても伝わっていますね」


 俺はそう言った。


 先生は軽く肩をすくめ、何とも言えない微妙な表情を浮かべた。


「うん、伝わってる。だから、実のところだいぶ焦ってるんだ」


 正直焦っているようには見えないが……先生がそう言うのなら、そうなのだろう。


「輝くんはその気になれば全曲、相当なレベルに仕上がるはずなんだ。足を引っ張ることはないんだから」


 大げさにそんな事を言う。俺にそんな実力はない。

 それに――


 いま先生が言った言葉が、そのまま答えになる。


「そうです、()()()()()()()――つまり、そういうことです」


「……」


 岩村先生が、言葉に詰まった。


「すみません、その気はもうありません……」


 それを聞いた先生は、少し口を開いたが何も言わず、視線がそれた。


 並んで座っている部員たちは、いまいち分かっていない顔をしている。

 きちんと伝えて終わりにしよう。


「迷惑をかけて、すみませんでした。今回の件は、なかったことにさせてください。かおる祭には――」


 ……一旦言葉が切れてしまったが、ここまで言ったならもう引き返せない。


 言え、それしかない。


「かおる祭には、出ません」


 ……。


 窓から吹き込む風の音――聞こえるのは、それだけだった。


 俺はきびすを返し、灰色のドアへ向かった。もう誰の顔も、誰の反応も見る必要はない。


「待って、輝」

「待ってください!」


 後ろが騒がしくなった。

 何人かの声が交錯し始める。


 いい、聞かなくていい――


「――輝さんの何が分かるんですか!」


 ……。


 思わず、足を止めてしまった。


 未練がましい。さあ行け、おい。


 再び、歩みを進める。

 後ろからガタガタと乱暴な音がする。


 灰色のドア……これを開けることはもうないだろう。

 ああ、短い付き合いだった。


 レバーを上げる。

 やたらに重いドアを思い切り引き開けると、室内から廊下へ風が吹き抜けた。


 俺が外へ踏み出すと、ドアは風に押され勢いよく閉まった。


 閉まったドアのレバーを握って――


――ガシャッ


 ひと思いに、押し下げた。


「……」

 

 ……さあ、帰ろう。

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