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第22話 炎上

「……どういうこと?」


 急に低くなった竹内の声。

 なら、もう一度はっきり言おう。


「頭悪いんじゃないか、って言ってる。5人もいるのに、誰も周り見える人いないの? なんで何もしないで座ってられるの?」


 竹内は、表情を変えずにに言う。


「うん、言い方が悪いね。私はともかく、『5人』と言ったからには納得のいく説明が欲しいけど」


 見れば分かると思うが……

 仕方がないので、俺は手で岩村先生を示した。


「せっかく来てくれた指導員の先生が、さっきから座ったままだよ。合唱部の練習のために来てくれたのに。話し合いするなら、せめて部活の後にしなよ」


「部活の後じゃ、時間がないじゃない」


 時間ならあるだろう。


「朝の時間は? 昼休みは? 少なくとも、今やることじゃない」


「それじゃまとまった時間が――」

「違う」


 俺に発言を被せらた竹内は、不満の表情をみせた。

 俺はそれを無視する。


「本番まであと1ヵ月しかないんだろ。練習以外に貴重な時間を割いていいのか?」

「誰のせいだと思って……」


 ……俺のせいだと?


 感じた不条理は、ひとまず置いておく。

 それよりも――


「ねえ、こっち見なよ」

「さっきから見てるじゃない」


 なら気付けよ……


「……里奈、いるんだけど」

「うん、よく引っ張ってきたね」


 気付けよ……!


「さっきから立ってるんだけど」


 竹内はぎゅっと眉を寄せた。


「ちゃんと話をしてくれない? そんな言い方じゃ私たち分からないから」

「分かれよ。言われる前に」


 模範解答を教えてもらうまで答えられないのか?


「あんたら、出て行った部員を連れ戻す相談してたんだろ。ほら、本人いるぞ。話しかけるチャンスだぞ。連れ戻したいんなら、優しい言葉のひとつくらいかけろよ」


「無理に連れて来ちゃ意味が――」

「だから、それをここで本人に聞けよ。いま聞いて、無理に連れてこられたって言ったら、帰してあげればそれで済むだろ」


 竹内の表情はさらに厳しくなる。長めの前髪も相まって、暗く恐ろしげな顔になった。

 でも、俺だって同じだぞ。まだ顔に出てないだけだ。


「そもそも、里奈は自分の足で来てたぞ。そこまで」


 俺はそう言ったが、竹内はまた疑いの目を向けてくる。


「あまり、信用できないな。今の海野さんの態度、正直酷いし」


 そっちもそうなんだけど。


「まあ本人に聞けば済む話だけど……問題はそこじゃなくて」

「じゃあ、どこ?」


 また教えてもらおうとする。

 自分で考えてほしいが、教えないと話が進まない。


「里奈はどこまで自分で来たか、なんだけど――」


 俺は背後の灰色のドアを指差した。


「そのすぐ向こう、だったよ」


 ……5人のうちひとりくらいは反応を示すかと思ったが、みな座ったまま口も開かず、こちらを見ているだけだった。


「つまり里奈は、今日勇気を出してそのドアの向こうまで来ていた。ただドアを開ける最後の勇気が出なくて、立ってたんだ」


「……」


「分からない? あんたらが5人で座って意味のない話し合いをしてた時、すぐ外で里奈はひとりでつらい思いしてたんだって」


 ……誰も、何も言わない。

 なにも分からないという顔が、気分を逆なでしてくる。


 その気分のままに、俺は言った。


「連れ戻す? 馬鹿な事言うな。あんたらさっきまで里奈をひとりで放り出してたんだぞ」


 「あんたら」という言葉に竹内がにらんできたが、大事なのはそこじゃないだろう。

 俺はその目線を無視して続ける。


「あんたらが里奈の立場だったらどう思う? もし内側から誰かがドアを開けてくれたら、手を引いてくれたら――そういうことは、考えない?」


「……」


 返答がない。


「里奈がドアを自分で開けなかったことが悪いって思ってるなら、ここにいる5人、同じ立場で開けれるか試してみろよ。……開けれやしないから」


 世の中には勇気を持って開けられる人もいるかもしれないが、今ここにいる5人には無理そうに思える。


 ややあって、竹内が俺を見て非難するように言った。


「確かに、そうかもしれないけれど。さすがにそこまで、人の気持ちが手に取るように分かるなんて無理でしょう。それとも、海野さんにはできるの?」


 それはまあ――


「少なくとも、あんたらよりは」

「それは凄いね。部員でもないのに。ほとんど初対面に近い子の気持ちが分かるんだ」


 ()()()()()()()()、か……

 嫌味にしても、言ってはいけないことってあると思うけどな。


 とりあえず、1回は見逃しておく。もっと大事な話の途中だ。


「ところでさ、俺は階段を降りようとした里奈とたまたま出くわしたんだけど……」

「本当にそう?」


 そう聞いてくる竹内の中では、あくまで俺が無理に連れてきたことになっているらしい。


「本当だよ。里奈はここに入るのを諦めて、引き返した。あんたらは連れ戻せなかった。いま里奈がここにいるのは、ただの奇跡。ここにいる誰の手柄でもない」


「……ええ、ずいぶん大手柄だったみたいね」


 そんな的外れな皮肉を言える立場なのかよ。


()()()()()誰の手柄でもない、って言ったろ。俺だってたまたま出くわしただけだ。きちんと考えて行動した結果じゃない。あんたらと同じだ」


 俺がそう言うと、竹内は意外なところに噛みついてきた。


「ねえ、さっきから言ってる『あんたら』ってやめてくれない? 先輩だっているんだから。あなた、全員を侮辱してるって意識ある?」


「……まあ、そうだね」


 そう言うと、竹内は手をぎゅっと握って立ち上がった。


「あなた、人をなんだと思って――」

「琴音さん――!」


 竹内が激発しかかったその瞬間――予想外の人物が、声を上げた。


 ――俺の背後から。


 振り向くと、楽譜を抱いたままの里奈が顔を上げていた。

 里奈はそのまま、俺の背後から出てきた。


「琴音さん、輝さんが言っていることは本当です。私は……自分で、すぐそこまで来ました」


「……」


 思わず里奈を見てしまったのに気付いた俺は、急いで視線をそらした。里奈ひとりに視線を突き刺した5人の部員たちの愚行を、指摘した俺がやってはいけない。


 里奈は小さな声で、5人を前にして言う。


「私は自分でドアを開けられませんでした。輝さんの助けがなかったら、ここまで来れませんでした……」


 ……。


 確かに、俺はまだ里奈の事をよく知らなかった。

 まさかこの状況で、里奈が自分で話せるとは思っていなかった。


 もしかしたら里奈は、誰よりも意志が強い人なのかもしれない。


 ともかく――


「……だ、そうだけど」


 何も言わない5人に、そう言った。


「……」


 だが、誰も行動を起こさない。

 今、すぐやらなければならない事があるだろうに。


「おい、里奈はまだここに立ちっぱなしだよ」


 ……。


 誰も行動しない。

 誰も気付かない。


 だから俺は声を大きくして、今日何度目かの答えを教える。


「せっかく帰ってきてくれたのに、誰も迎え入れようとしない。さっきの里奈の言葉にも返事がないけど。それ、()()()()()()って言ってるようなものじゃない?」


「……」


 一同、黙り込んだが……


「――里奈、こっち来て」


 ……ようやく、きちんと声をかけたのは、端のほうに座っていた陽和だった。


 里奈はそれを聞いて歩き出し、横からちょっと俺の顔を見てから、陽和の隣の席まで歩いていった。


 ――ようやく、この合唱部はやるべきことをやった。


・・・・・・


「はあ……」


 俺は立ったまま大きくため息をついた。


「これでひとりは戻って来たわけだけど……どうする? あとひとり分の話し合いでもする? 今日はこの後、練習やるの?」


 竹内がまた俺をにらんだ。


「どうしてあなたが仕切るの? 部活の方針を決めるのに部外者が入ってこないで」


 ()()()、ね。


 ……ともかく、この後俺はどうしたらいいか教えてほしい。部の方針に関われないなら、今日、俺はどうすればいいのか。


 とりあえず、そのまま竹内に聞いてみる。


「じゃあ、指示が欲しいんだけど。俺は個人練習をするのか、それとも今日はここで帰るのか」

「だから、あなたが仕切らないで」


 ……いや、指示をくれと言っただけだ。


「別に仕切ってないだろう」


 そう言った俺を、竹内はぎろりとにらんだ。


「随分と、偉そうな人ね。海野さんって。こうもずけずけと、よその部活に」


 それはそれ以上にそちらの対応が悪すぎたからだ。誰も里奈を助けないから、代役をやらざるを得なかった。それを――


「『合唱部の廃部を避けられるように』、ってどういうこと?」


 ……?


 竹内は急に話を変えてきた。

 何の話だ……?


「『なんとか年度末までは活動できるように』って、どういうことなの?」


 ……?


「随分偉そうに。私たちの合唱部を、自分の物とでも思っているの?」


 ……あれ?


 なんで竹内がその話を知ってるんだ?

 その話はまだしていないはず。岩村先生とふたりで話し合っただけだ。



  『とりあえず、みんなと相談してみよう。そのうえでOKが出たら――』



 ――みんながそろってから、相談するはずだった。どうして、知ってる?


 岩村先生がしゃべった?


 いや、ありえない。先生はふざけた感じを出してはいるけど、真剣な時は本当に真剣だ。()()()()危険がある話を、軽々しく言うはずがない。


 ……。


 いや……

 もうひとり――


 せめて喜ばせられるように……

 なんて格好をつけたくて、しゃべった相手が――

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