第17話 そういう奴
「まず聞きたいのは――」
明が少し上を向いて言う。
「合唱部をうちの定演に――と言うが、それはこっちとの合奏か? それとも合唱部単独でやるのか?」
合奏……それは考えもしなかった。
でも――
「合奏は、無理だろうな。こっちの人数が少なすぎる。出られるのは高3を含めて最大で7人。ただ……先週トラブルがあって、2人いなくなった。戻って来なければ5人になる。加えてもし高3が戻って来れなかった場合……残るのは3人だ」
明はそれを聞いて苦い顔をした。
「おい、大丈夫かよ……」
「大丈夫じゃないから、廃部になる」
明はそれを聞いてさらに苦そうな表情をしたが、すぐにそれを吹き消した。
「ともかく、合奏はできない、ということだな。合唱部単独でやると。けど……人数は最悪3人なんだよな? 大丈夫か?」
……まずい、人数のことまで考えていなかった。
改めて思えば、最悪の状況――すなわち3人しかいない状況だとパート分けもできず、合唱と言えるか分からないものになってしまう。
その時は――どうする?
……。
「輝、大丈夫なのか?」
明が改めて聞いてくる。
「……」
その、時は――
「大丈夫……その時は、何とかしてみる」
そう、言っておいた。
「何とか、ね……」
明はにやりと笑った。
・・・・・・
「ともかく――」
明が話を進める。
「やるのは合唱部単独、ってことでいいんだな。それで時間はどうする? さっき15分って言ってたけど、いくらこっちに遠慮するにしても、さすがに短くないか? 大して歌えないだろう」
明はそう言ってくれるが、俺としては15分でも十分厚かましいと思っている。
なぜなら――
「合唱部は金を出せないから」
「……」
たぶんふたり同時に険しい顔になっただろう。
「……」
「……」
そして先に口を開いたのは明だった。
「……そうだな。人数の少ない合唱部がいくら部費を集めても、言い方は悪いがはした金にしかならないわけか」
そう、それは確かに悪い言い方だが、正しい言い方でもある。
俺はその点を明に話す。まあ、明も分かってはいるだろうけれど。
「ホールを借りるのは、そんな安くないだろう。俺が言ってる話ってのは、器楽部が金を出して借りたホールに、合唱部をタダ乗りさせてくれ、ってことだから。仮に明が納得してくれても、他の部員はまずいい気分はしないはずだ」
そう、金を出さずにタダ乗りで舞台に立とうというのだ。
「……まあ、そうだな」
明が今日一番険しい顔をしながら言う。
「『友情』で解決できるものならいくらでも友情を交わせばいい。けど……確かに、金が関わるとなあ。器楽部にとっては、合唱部は見ず知らずの他人。しかも舞台を使わせてやったとしても、器楽部に何のリターンもない……」
そう。だからたぶん、理解は得られない。だから自分でも無理な話だと思っていたんだ。
明は悩むように目をつぶって、つぶやいた。
「……さて、どう説得するか」
……?
「説得、してくれるのか?」
俺がそう言うと、明は困ったような笑みをみせた。
「おい、ここまで話しておいてやらないわけがないだろう。さすがの俺もそこまで薄情じゃないぞ」
……。
「ありがとう、明」
俺は心から礼を言った。
「おい、面と向かって言うな。なにしんみりした空気出してんだ」
明はやや早口でそう言う。
「で、それで――いつまでに結果が欲しい?」
明にそう聞かれて、俺は少し考える。
できれば、みんなが散らばる前に――
「遅くとも、8月末までには頼みたい。『イエス』でも『ノー』でも構わないから」
「分かった、それまでには結論を出すよ」
「……ありがとう」
「だから、しんみりした空気出すなって!」
明はまた早口に言った。
・・・・・・
「それで、輝。何か言っておくことはないか?」
急に、明がそう言ってきた。
「あー、本当にありがとう――」
「そうじゃなくて!」
慌てたように言葉を遮られた。今日の明は妙は反応をする。
「合唱部のことだよ。何か言っておくことはないのか? 内容次第では、みんなの説得に使えるかもしれん。何でもいい、情報があれば今言っといてくれ」
そういうことか。
そうだな……。
少し考えてから、俺は一番悔しい点を挙げた。
「合唱部は、今年で創立99年になる」
「……99?」
察しのいい明なら、俺の悔しさを分かるはずだ。
明はしばらく目を閉じて、それからため息をついた。
「あと1年――」
ため息が混じったままのその言葉は、たぶん独り言だろう。
明が目を開けて、俺を見て言う。
「じゃあ、もし実現すれば今度の俺たちの定演が、99年続いた合唱部の最後の舞台になるわけだ」
「うん」
そう言ってから、俺はもうひとつ、大事な話を付け加えることにした。
「俺が見た限り、今いる合唱部員はみんな真面目だ。出て行った2人も含めて、全員が。やる気のない不良部員はひとりもいない。どっちかって言うと、真面目過ぎるんだな、あれは」
「真面目……ね」
明はあまり抑揚なくそう言った。
俺は実際に見て、聞いた合唱部員たちへの率直な感想を言葉にしていく。
「先週あったトラブルも、みんなが真面目過ぎたせいだろう。普通なら何もなかっただろうけど……だけど今回は、100周年を目前に廃部が決まると言う絶望を味わってしまったから、いや――」
「……?」
「――たぶん今も絶望を見ながら歌ってるんだろう。練習を続けていけば、その分だけ解散の日に近付いていくわけだから」
「……」
「それのせいで、ただでさえ真面目過ぎるみんなには、すでに相当な負荷がかかってるんだと思う。たぶん今、合唱部は空中分解しかかっている。というか――もう2人ほど分解しちゃったんだけど」
「…………」
明は何も答えなくなった。
ちょっと考えて、俺はひとりでしゃべり過ぎたのに気付いた。
「あ、ごめん、長々と」
余計なことはいいんだ、とにかく言いたいことは――
「とにかく、みんな真面目だから器楽部に迷惑をかけるような輩はいない。そういうこと」
俺はそう言っておいた。
しかし明はどこか宙を見つめていた。
「……部がなくなる、か」
「明? どうした?」
上の空で何かつぶやいた明に声をかける。
俺に視線を戻した明は、なんだか困ったような表情をしていた。
「なあ輝、今お前『空中分解しかかってる』って言ったけど……」
……?
「もし俺が交渉してうまくいって、合唱部の定演への参加が認められる時が来てもさ――」
そう言って、声のトーンを下げた。
「――その時までもつか? 合唱部は」
……。
「知らない」
はっきりそう答えると、明は眉を寄せてこちらを見てきた。
そんな風に見るな。俺は別に、適当言ったわけじゃない。
「俺はそんなの知らない。部員じゃないし、かおる祭まで1ヵ月だけ加わるだけだし。でも……」
「……でも?」
「その1ヵ月は、部員と同じだ。だからそのつもりで、なんとかバラバラになるのは防いでみる。言い方は悪いけど、どうせなくなる部活だ。これ以上悪くなることはないだろ。繋ぎとめるためなら、何をやっても別にいいだろ」
明は少しなにかを考えたようだったが、やがて目線をいつものように俺に向けた。
「分かった。俺は器楽部の方をなんとかする。だからそれまで、ちゃんと合唱部をもたせておけよ」
「ああ、なんとかする」
そう言っておいた。
「……何とか、ね」
明は少しだけ、にやりと笑った。
・・・・・・
「それじゃあ、いいかな。この件は以降俺が預かるから、輝は結果報告だけ待っていてくれ」
明の言葉は俺にとっては都合がよかったが、それでも全て明に投げてしまうのは今さらながら気が引けた。
「すまない、無理難題を――」
「いいんだ」
明に遮られた。
「俺はお前にほだされて、自分から動いてしまった……それだけだ」
……ほだされて? 明が?
「お前、そういう奴だから」




