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【第十二話】 片づけられない女、レートー 

※お食事中の方は閲覧禁止。 すんごい汚い表現が出て来るから、みんな覚悟するんだよ!


 よく、テレビの特集とかでやってるよね。

 なんか、いろいろ捨てられなくて家の中にゴミとかものをいっぱい溜めちゃう人。

 で、よっぽどクレイジーな世捨て人かと思いきや、会ってみると昼間は普通に会社に行ってる若くてきれいなOLさんだったりする。

 いわゆる、「片づけられない女」ってやつだ。

 アポロンの母親レートーもそういう人らしかった。


「母上―! アルテミスでございますー!」


 マスクを着用したアルテミスがゴミを押しのけ、玄関の扉を開く。

 うわぁ、やべえや。

 黒いゴミ袋が床の上に積み重なり、その上に脱ぎ捨てられた服やよく分からない残飯みたいなものが散らばっている。

 テレビで見た時にも「うぎゃぁ」と思ったけど、リアルで見るとアレの比じゃなかった。

 とにかくもう、悪臭がヤバいんだ。


「兄上……大丈夫ですか?」

「な、なんとか。アレースも無理しないで外出ていいよ」

「アポロン様、窓を開けましょう。換気すればいくらかマシになります」


 クレイオーがそう言って、窓を開けるためにゴミの山を登り始める。

 が、ゴミ袋の積んであるやつは不安定だ。

 もう少しで手が届きそうなところで崩壊。

 クレイオーはバランスを崩して落下。

 ゴミの山の中に沈んでいった。


「きゃぁあああ!」

「く、クレイオー!!」

「あ、兄上危ないです!!」

「うわぁああ!!」

 

 クレイオーを助けようとして手を伸ばした瞬間、何故か足が何かにはまって転倒。

 その拍子にオレは顔面からなにか「ぬちゃっ」としたものにダイブした。

 見ると、それは腐ったミートソースパスタのようなもの。

 ぶよぶよになった麺と、アオカビ交じりの腐ったトマトソースが破れたゴミ袋からでろりと流れ出している。

 あまりのことにオレはぎゃーと悲鳴を上げるのも忘れ、固まった。

 

うおぇええええ……。

 マジかよ……最悪だ。

鼻の奥を刺す悪臭が頭から滴り落ち、口にも入ってきた。

 アレースを見ると、奴はオレを見て爆笑していやがった。


「あっ、兄上、そっ、それ、それ……! ぶぶっ!」

「笑ってないで水!! っていうか、クレイオー助けて!!」

「すいません、すいません……! ぶーっ!」


 奴はゲラゲラ笑いながらクレイオーを助けに行った。

 あんにゃろう。

 そのうちこっぴどい目に遭わせてやる。


 敷地内に池があると言うので、生ゴミでべしょべしょのまま玄関を飛び出して庭へと走る。

 チクショウ! やっぱ、庭広いじゃねえか!

 学校のグラウンドくらいある中を、オレは腐ったパスタをポタポタ垂らしながら走らなければならなかった。

 ようやくたどり着いたのはちょっと緑気味のあんまりきれいじゃない池。

 だが、生ごみまみれよりもマシだ。

 オレは服を脱ぎ、迷いなく池に飛び込んだ。

 

「あーくっせぇ! もーやだ! あー、死にそうだ!」


 1人でぎゃあぎゃあ言いながら体をごしごし洗う。

 池の底はヘドロが溜まっている状態で、生ゴミは何とか落ちたけど今度は「ミドリ虫臭」がついてしまう。

 どっかに水道ねえかな、いや、こっちだと井戸か。

 池の中から見回すと、生垣の脇に井戸小屋のようなものが見えた。

 

よかった、これで体が洗えるわ。

オレは池から上がり、服をつかんでフル○ンのまま芝生の上を歩いた。

庭は芝生が広がっていてきれいだ。

植えられている木なんかもちゃんと手入れされている。

雑草も生えていない。


レートーって人は、庭はきれいにできても家は片づけられない人なのかなぁ。

矛盾してるな、だとすると。

やっぱ、性格的に難ありなんだろうか。

そんな事を考えながら歩いていると、生垣のところでガサガサ音がした。

出てきたのは小柄な女の人。

目が合ってしまった。


「え、あ、その」

「き……きゃああああああ!! ちかーん!!」

「ち、ちち、違うんですこれは……!!」

「いやー! いやー! ゼウス様ー!!」

「違うんですー!!!!」


 必死で違うと言いはるも、オレはずぶぬれで全裸にサンダルだけ、という格好。

 いきなりそんなのが目の前に現れたら変態だと思われても仕方がない。

 女の人の悲鳴を聞いて、誰かがすっ飛んできた。

 アルテミスだった。


「どうされたのですか!」

「変態よ! 変態が私を襲ってきたの!」

「ね、姉さん違います! オレはただ……!」

「あ、アポロン? アンタ、何やってんのよ」

「えーっと……」

「ったくもう。母上、落ち着いてください。変態じゃなくて、あなたの息子ですよ」


 え、母上?

 ぎゃあぎゃあ言っていた女の人は顔を上げ、オレの顔を見た。

 やや童顔の、年齢がよく分からないタイプのかわいらしい女の人。

 落ち着いてオレをよく見てから、その人は「ごめんなさい……」と呟いてその場にぺたん、と膝を着いてしまった。


「あの……私、この家に男の人なんて長い事来てないから……!」

「母上……レートー様ですか?」

「ああ、アポロン! 帰って来てくれたのに私ったらなんてこと!」


 レートーはオレが裸でずぶ濡れなのもかまわず思い切り抱きしめて、おデコにちゅうをした。

 涙をボロボロと流し、「ああ、顔をよく見せて」と声を震わせる。

 この人が母ちゃんなのか。

 なんか、かわいい人だな。

 黒い布をぐるぐる巻いたミニワンピースみたいなのを着て、ふわふわの黒い髪を腰まで伸ばしている。

 でっかい息子と娘がいる人には見えなかった。


「必ず生き返ってくれるって、ずっと信じていたのよ。もう、100年もかかってしまうなんて!」

「あの……寂しい思いをさせて、すみませんでした」

「本当よアポロン。あなたが死んでしまったって聞いて、私はホントに……気が狂ってしまうかと思ったんだから」


 この人もずっと、100年間アポロンの帰りを待っていたんだ。

 あのゴミ屋敷も、そのせいで精神的に参ってしまった結果なのかもしれない。

 確か、テレビでもゴミ屋敷の住人は孤独だったりする人が多いって言ってた気がする。

だとしたら、かわいそうだよな。

 オレはゴミ屋敷の掃除を買って出る事にした。


「まずはマトモに住めるようにしないとですね。アルテミスの姉上、この辺りには清掃の業者さんとかいないんですか?」

「そういう専門の人はいないわねぇ……聞いた事ないわ。知り合いを集めて手伝ってもらうしかないんじゃないかしら」

「掃除の神様は?」

「いたかしら……うーん。父上に聞いてみるわ」


 アルテミスが口笛を吹くとどこからか鹿が二頭走ってきた。

 ケリュネイアの鹿とかいう姉さんのペット。

 この間の「ポチ」とは違う奴らだ。

 鹿はアルテミスのメモを受け取ると、風のように走ってどこかへ消えてしまった。

 あれが、アルテミス姉さんの電話兼メールなんだそうだ。

 でも、何万年も生きてる姉さんが思いつかないって事は流石のギリシャ神話の世界でも掃除の神様なんてのはいないのかもしれない。

 期待しないで待ってみるか。


「ところでアポロン、父上には会ってきたの?」

「ええ、さっき神殿に行ってきました」


 鹿待ちの間、レートーと話をする。

 母親にはちゃんと、オレがどんな状況なのか話しておかないといけないだろう。

 アルテミスを交えて、オレが一度人間をやって、神の知識やらなんやらがすっからかんの状態で戻ってきたらしいことを話す。

 オレがレートーやアルテミスの記憶がないと話すと、レートーは涙ぐんでいた。


「ゼウス様のお考えだから仕方がないけれど、家族のことくらいは覚えていられるようにしてもらえばよかったのに……」

「すいません……記憶とかは全部、人間界に行った方が引き継いでるみたいで」

「でも、あなたはアポロンなのよね。母さんは、あなたがどんな状態でもちゃんとこうして帰って来てくれたのが何よりうれしいわ」


 レートーと話していると、初対面なのに何故か懐かしい感じがした。

 人間だった頃の母親とは違うタイプだけどやっぱ、母ちゃんなんだな、オレの。

 オレが素っ裸じゃかわいそう、との事でレートーはゴミを掻き分けて奥の部屋から服を探してくれた。

 アポロンが置いてったものはちゃんと侵略せずにきれいにしておいてくれたらしい。

 ○ルチンで帰る羽目にならなくてよかったっす。


 オレがお腐れスパゲティーまみれになっている間、アレースとクレイオーが神殿の中を見てくれていた。

 奥の寝室とクローゼット以外は全部ゴミでいっぱいらしい。

 何せ、100年分だもんな。

 ハンパないよな。

 と、思っていたらアルテミスが「3か月よ」と言った。


「3か月前に私が部下の精霊ニュンペー達と一緒に大掃除したのよ」

「え……じゃあ」

「私が忙しくしてる間に戻っちゃったの。ニュンペー達はその後で全員高熱で寝込んだからもう来させられないわ」


 母ちゃん、素で片づけられない女なのかよ!

 息子がいなくなって寂しかったせいとかしんみりしたオレ、なんだったのさ、オイ。

 レートーを問い詰めると、「だって、だって」と子供みたいな言い訳を始めた。


「ゼウス様との間にあなた達ができた時、母さん若かったのよ。だから、花嫁修業なんてしてなかったし……」

「母上、今はおいくつですか?」

「いやん、アポロンたら。女の人に年を聞いちゃいけないのよ?」

「……もういいです」


 だめだこりゃ。

 多分、親が育て方間違えたんだろう。

 何万年も生きてこんな感じの人が今更どうにかなる気がしない。

 

 20分くらいしてアルテミスの鹿が戻ってきた。

 ちゃんとゼウスからの返事を持っている。

 優秀な奴らだ。

 やっぱ、どっかの山羊と違って読まずに食べちゃったりしないのな。

 アルテミスはご褒美にビスケットみたいなのをあげていた。

 こっちにもあるんじゃん、鹿せんべい。


「姉上、父上は何と?」

「なるほどね……。よかったわ。優秀な助っ人が来てくれるみたいよ」

「助っ人?」


 ほどなくして、誰かが門の方から歩いてきた。

 布で顔をぐるぐると巻いて、箒だの塵取りだのを担ぎ、バカでかいリヤカーを引いたマッチョな男。

 彼は、オレ達を見ると布を外してその場に跪いた。

 ハンマー投げの選手みたいな首の太い大男。

 彼は、「ゼウス様の言いつけで参りました」と言った。


「お久しぶりでございます、アルテミス様」

「よく来てくれたわね、ヘラクレス」

「え、ヘラクレスって……あの!?」

「そうよ、アポロン。彼がかの有名な英雄、ヘラクレスよ」


 彼は、顔を上げオレを見た。

 ひえええええ!

 すごい人来ちゃった!

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