【第十一話】 ハンパないオヤジ
ゼウスを前に、オレはまさに「頭が上がらない」状態になっていた。
何だかよく分からないけど、怖くて怖くてたまらなかった。
だが、逃げ出したいとかそういう感じではない。
ただ、敬わなければいけない。
そんな意識がオレを支配していた。
「顔を見せよ、我が息子」
ゼウスはオレがガチガチになっているのが分かったらしく、笑いながらそう言った。
あ、頭が……重い。
オレはギギギギギ……みたいな感じでようやく顔を上げてゼウスを見た。
冷や汗だらっだらだった。
「待っておったぞ、アポロン。元気そうで安心した」
「……ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません……」
「はっはっは。そう固くなるな。私はお前の父なのだぞ」
ゼウスは高らかに笑いながら椅子から立った。
椅子は少し高いところにあって、ゼウスは裸足の足で大理石の階段を3段くらい降り、ぺたぺたとこちらへやってきた。
見ると、その「玉座」の隣には40代くらいの女の人がアンニュイな感じで座っていた。
誰なのかは分からなかったけど、その人もなんか怖かった。
「アルテミスから聞いてはいたが、随分と若くなったようだな。ふむ……アカイアとの戦いの頃のお前くらいか」
ゼウスはオレの顔に触れ、しげしげと観察した。
ちゃんと復活してるか確かめるためか、鼻が触れるくらいの位置で細部まで見てくる。
いやいやいやいや。
近い、近いっすマジで!
っていうか、息がなんか……ザリガニの匂いします!
マジで!
あああ、でも動けねえ……!
オレがいろんな意味でますます固くなっていると、アンニュイな女の人が口を開いた。
「あなた。アポロンにお話をするんではありませんの?」
「おお、そうであったなヘラよ。いやいや、久しぶりの再会でついウキウキとしてしまった」
「ええ……そうですわね。お元気そうで何よりだこと」
ヘラと呼ばれた女の人は「フッ」みたいな感じで笑った。
なんか、やなカンジのおばちゃんだなぁ……結構きれいだけど。
ゼウスを「あなた」って呼んだって事は奥さんの1人かな。
「アポロンよ、ついて参れ。少し庭を歩こう」
オレはゼウスに促され、部屋の脇にあった出口から外に出た。
ヘラとアレースはついて来ない。
2人で話したいことがあるようだった。
「もう、ほかの兄弟姉妹たちには会ったか?」
「は、はい……何人かには」
「さっきのヘラはアレースの母親だ。お前の母レートーはこのオリュンポス山にあるお前の屋敷で暮らしている。早く会ってやるがよい」
「はい……ゼウス様」
「はっはっは。やはり、父という意識はないようだな」
ゼウスはオレをからかうようにバシバシと背中を叩いた。
どう答えていいか分からない。
オレはあくまで「中の人」だ。
ゼウスとは縁もゆかりもない。
ここでの父親がゼウスというならそういう風に接するしかないけれども、時間がかかりそうだ。
だが、オレがはっきり返事できずに「あーうー」みたいになっていると、ゼウスは驚くべきことを言った。
「寂しい事だな。お前はその肉体も魂も、このゼウスの子だというのに」
「え……」
「我が子アポロンが復活するのに、100年かかった。その話は誰かから聞いているか?」
オレは頷いた。
医療の神、アスクレーピオスはものすごい努力してアポロンを復活させた。
しかし、ファイヤーな車に引かれて「消し炭」になっていたアポロンを元に戻すのは大変で、それには100年もかかってしまった。
そして、最後の最後に「医療ミス」が発生し魂は人間のオレと神のアポロンで逆に。
アポロンは現在、オレの人生と憧れの君を奪い去り、素敵なキャンパスライフを満喫中。
そして、オレはアポロンの仕事と変態ハーレム……ではなく、ミューズ9姉妹の面倒を見る役目を引き継ぎ、おっかなびっくり神様の仕事をし始めている。
それがここまでのいきさつだったはずだ。
しかし、ゼウスはそれを聞くと「ちょっとだけ違う」と言った。
「お前さんは、人間だった時分は幾つであった?」
「23歳でしたが」
「アポロンが復活するのに100年かかった。それだけあれば、人間は生まれて、生きて、大往生を遂げる事ができてしまうのう」
「あの……どういうことでしょうか」
「馬室哲学、であったかな。お前さんは元々、『アポロン』そのものなのだ」
ゼウスの言ったのはこういう事だった。
アポロンは事故で死んだ。
そして、そこから復活するまでの間、魂だけになってふらふらする事になってしまった。
しかし、魂はそのままにしておくと弱ってしまう。
そのため、ゼウスは冥界の王で兄のハーデースにどうしたらいいか相談した。
「ハーデースは一度誰かに生まれ変わらせればいいではないかと言った。そこで私は、77年経って人間の肉体に馴染むようになるまでアポロンの魂を休ませ、人間に生まれ変わらせたというわけだ」
「それがオレ……ですか?」
「その通りだ」
まさかのまさかだ。
オレは、100年前に死んだアポロンそのものだったのである。
しかし、だったら向こうにいる哲学は何なのだろう。
あいつは復活するや否や「オレはアポロン!」とチ○コも露わに叫びまくっていたではないか。
その件については、ゼウスはこんな風に説明した。
「魂というのは分割することができる。その気になれば1つの魂を分けて、何人もの神や人間に生まれ変わらせることもできるわけだ。ヒンドゥーの神なんかはよくやっとるがな」
「はぁ」
「向こうの世界でお前さんの身体に入ったのはアポロンの魂の一部。人格、自我、記憶などは全部向こうにやった訳だ。こちらの世界で、お前さんを『新たなアポロン』として復活させるためにな」
ゼウスはアポロンが死んだとき、その魂を2つに分けていた。
1つは人間界に転生し、オレになった。
そして、もう1つはゼウスの手元で保管されていた。
ゼウスの手元に残された魂には奴の人格や記憶、つまり「アポロン」という1人の男を構成していた一切合財があった。
だがその代わりに、神としての力は全て抜き取られていた。
「哲学、いやアポロンよ。お前には生まれながらに神としての力が宿っていたのだ。人間界では全く使えなかったろうがな」
「そんな……でも、オレは神らしいことは何もできませんが」
「周りの者たちがお前をすんなりと受け入れただろう? それこそ、不自然なくらいにするっと」
「はい」
「それが、お前が真のアポロン神である証だ。周りの神々は人間としての記憶しかなくぎこちないお前を見ても、その中に『神』を感じていた。だから、自然に受け入れる事ができたのだ」
それって、どういう感覚なんだろう。
みんなオレがアワアワしてても「ああ、アポロンが帰って来たな」という目で見ていたのだ。
自分たちが知ってるアポロンじゃあり得ないような態度をとっていたり、「いや、すいません中の人なんで」みたいな事を言っても内心では「いや、お前アポロンだし」みたいな感じでいたのだ。
いまいちよく分からずにぽかーんとしていると、ゼウスは笑ってこう言った。
「お前さん、私を見て『怖い』と思っただろう」
「……はい。とても、恐れ多い方というか」
「その、『畏れ』が相手を自分より上位の存在や『神』と認識する感覚だ。これからもその感覚はお前を助けてくれる。相手がどういう存在なのかを察知するセンサーのようなものだ」
この「神様センサー」は相当性能の良いものらしい。
すんごい偉い人やこっちが頭を下げなきゃいけない人が来たら、ビビビッと感知してオレに然るべき態度をとらせてくれるらしい。
だから、これに引っかからない人は別に「オッス!」みたいな態度で接してしまっていいんだそうだ。
バッカスさんが自分は兄貴なのにオレに敬語で「様」とかつけてたのもこのセンサーが働いてるせいらしく、向こうはオレの方が若干偉いと思っているんだとか。
てことは多分、さっき神殿にいたヘラさんっていうアレースの母ちゃんもオレより偉いんだろうな。
相当怖かったしな。
いや、多分あの人相手だったら例えオレより下だって言われても頭下げちゃうだろうけどな。
苦手なタイプだし。
とりあえず、ゼウスのことは父親だと思っていいらしい。
そう言われると、怖いのは怖いけどちょっと緊張がほぐれてきた。
自慢の庭を案内してもらいながら、聞きたかった事を思い出す。
まぁ、半分解決したようなものだけど、あの「エロ本図書館」を見て湧いてきた疑問。
先代アポロンが死んだあと、どういう扱いだったのかについてだ。
「父上……少しお聞きしにくいことなのですが」
「何だ、息子よ」
「もしかして『前のアポロン』はこの世界を追放されたのですか?」
「ふむ。ハッキリ言ってしまえばな」
ゼウスは花壇にしゃがんで枯れた花びらをブチブチむしりながら言った。
いつの頃からか12神の1人として住まうべきオリュンポス山から離れた「ヒュペルボレイオスの野」で暮らしていたアポロン。
奴の晩年は堕落に堕落を極めていた。
女遊びにうつつを抜かし、仕事なんて1000年くらいロクにやらなかったらしい。
姉のアルテミスやゼウス達がいろいろ言っても、その時だけいい返事をして家に帰れば遊び放題。
だから消し炭になって死んだとき、叔父さんのハーデースさんなんかがそのまま復活させちゃだめだと言い出したのだ。
「神の仕事も、やらなければそれで済んでしまうところも多い。だが、ああもダメダメに成り果ててしまった男を神としてまた復活させるのも問題だと方々から言われてな」
「……ダメダメ、ですか」
「うむ。それ故に、あのような措置をとった訳だ」
ゼウスの決断により、死んだアポロンの魂は2つに分けられた。
そして100年経って肉体が復活したとき、神だったアポロンは人間になり、人間として生まれたオレは神になった、というか呼び戻された。
呼び戻し方はもう少し考えてほしかったけどな。
ションベン垂れ流しで死ぬとか、ねぇ?
「まぁ、そんなところだアポロンよ。今のお前は神の仕事をするには知識も知恵も足りない。だが、私や他の者でそこはカバーしていこう。1000年かけて一人前になるくらいの気で気長にやるがよい」
「あ、ありがとうございます……」
「ハッハッハ。では、今日は母親に会って帰るがよい。後日お前の快気祝いと就任祝い兼ねて盛大な宴を開いてやろう。楽しみにしておれ」
忙しいゼウスはそう言って仕事に戻っていった。
1000年かけて一人前って大丈夫なのかよ。
逆にそう言われると不安になるよな。
もうちょっと頑張るよ。
オレ、意外とできる子だよパパン?
神殿のエントランスに戻ると、クレイオーがアレースと一緒に待っていた。
母親に会いに行きたいと言うと、アレースはそのつもりでいたらしくすぐに馬車を出してくれた。
いいのかな、仕事もあるんだろうに。
そう思って聞くと、今日はオフだと言った。
「オレ、結構ヒマなんすよ。最近じゃ戦もないし、仕事あんまなくて」
「そう言えば、戦争の神様なんだよね?」
「そうっす! 地上の戦争に手出ししたりとか、昔はよくやってたんすけどねー。今はそういうのやると両親にメチャクチャ怒られるんで、やらなくなりました!」
うん、君は永遠にニートでいてくれた方が世の中のためによさそうだ。
イケメンだけど、なんかアタマ軽そうだし。
オレはアレースがプラプラしているのを見て何よりだと思った。
アポロンの神殿はさっき山を登ってきた道沿いではなく、山の反対側にあるらしい。
ゼウスの神殿を大きく迂回し、日当たりのいい山道を下っていく。
方角はよく分かんないけど、南斜面なのかな。
こっちの方が反対側より土地が高そうな感じだ。
やっぱり道沿いには神様たちの家が立ち並んでいる。
まずアレースの自宅を通り過ぎると、次がアルテミス姉さんのお屋敷。
と、思ったら誰かいる。
門の前で、姉さんがヒッチハイクのポーズをしていた。
ゼウスから「アポロンがそっち行くから」という連絡があり、待っていたらしい。
「はぁい、アレース。私も乗っけてちょうだい」
「お久しぶりですね、姉上アルテミス様。相変わらずお忙しそうで」
「アンタはいつ見てもヒマそうね。まぁ、何よりだけど」
流石は双子。
姉さんもオレと同意見のようだ。
やっぱりアレースは世界の平和のためにニートでいてもらっていいらしい。
座席を少しつめて、オレとクレイオーの隣に座ってもらう。
姉さんの太腿がむっちりしているせいで座席がミチミチになる。
うん、悪い気はしないけどね。
アルテミスも午後からはオフにしてくれたとの事。
何でも、母レートーに関して困ったことがあるんだそうだ。
「アンタがいる時に一緒に行こうと思ってたのよ、アポロン。私じゃ手に負えなくて」
「なんか……あるんですか?」
「行けばわかるわ」
行けばわかるとか、会えばわかるとか多いな、この辺の関係者。
なんか含んだ言い方が流行ってるんだろうか?
ていうか、アルテミスで手に負えないって何なんだ。
姉さんはなんか憂鬱な顔してるけど、レートーはなんか問題のある人なんだろうか。
性格的にアレとか?
オレは不安な気持ちでアポロン神殿に向かった。
15分ほどたった頃。
見えてきたのはゼウスを覗く他の神の神殿とは比べ物にならないくらいの豪奢な門だった。
キンキラキンに塗られたバカでかい太陽のオブジェがまず目に入り、よく見ると周りに天使の彫刻とかが飛んでる。
生い茂った樹木に隠れてるけど、そこからずーっと続いてる壁も何か金に塗られてるらしい。
第一印象はあれだった。
地方の国道沿いにある、でっかいパチンコ屋。
アレースは「すごいでしょ! 豪華でしょ!」とはしゃいでいたが、ぶっちゃけ微妙だった。
うーん、趣味悪い……。
「では、入りますよ」
アポロン神殿の門はオート開閉らしい。
門番の人とかが出て来なくても馬車が近づくとウィーンと開いてくれた。
敷地内は大きな木が茂っていて、門から玄関まではやっぱり距離があった。
入ってすぐ、何かが頭上を横切った。
ガーガー言いながら飛んでいくでっかい黒い鳥。
カラスだった。
見ると、あっちこっちの木に止まってこっちを見ている。
何十羽、何百羽という数がいる雰囲気だ。
アポロンが住まなくなった間に、カラスがねぐらにしちゃったんだろうか。
いや、母ちゃんが住んでんだよな?
そう思っていると、アルテミスが何かを差し出した。
マスクだった。
「はいアポロン。みんなも、これつけなさい。ないと中に入れないから」
「え、何でですか?」
「あれをごらんなさい」
アルテミスが指差した先。
そこには、屋根から壁から全て金色に塗られた大きな神殿があった。
まるで、タイのどっかにある寺みたいな外観。
金の外壁が光を反射して、辺りはかなり眩しい。
しかし、オレが衝撃を受けたのは建物そのものではなかった。
神殿を覆い隠す勢いでうず高く積まれた何か。
黒くボコボコしたものが、建物の周囲を埋めている。
ゴミ袋だ。
「あの……姉さん、手に負えないってこれすか?」
「そうよ」
アルテミスは大きくため息をついた。
アポロン神の黄金の神殿。
そこはカラスが飛び交い異臭が漂う「ゴミ屋敷」としてオレの目の前にあった。




