第34話 学生食堂と、王太子の味見
学食の改装が終わり、初めて迎えたランチタイム。
初めての食券購入に戸惑いながらも、食券売り場の前に並び、食券を購入した生徒たちは配膳カウンターへと向かっていく。
「これまでは席に座っているだけで給仕が料理を運んできたのに、なんで僕たちが、ほかの生徒と一緒に並ばなくてはならないんだ!」
一部の高位貴族からは、不満の声も上がった。
「皆様、今回の改装で、食堂は身分に関係なく、誰もが同じ場所で食事を楽しめるようになりました。もちろん、料理を受け取る手順も全員同じですわ。高位貴族だからといって特別扱いを認めてしまえば、せっかくの改革が意味を失ってしまいます。どうか、皆様も他の生徒たちの手本となる行動をお願いいたします」
私は彼らに向かって、穏やかながらもきっぱりと言った。
彼らは私の言葉に顔を引きつらせながらも、渋々といった様子で食券を購入し、列に並んだ。
「ああ、この香り! 昨日までの食事とは全然違うわ!」
「銅貨五枚でこれが食べられるなんて、信じられない……」
生徒たちの弾んだ声が、学食いっぱいに響き渡った。
カウンターの中では、エプロンを締めたアーノルドたち特待生が、ハンツ料理長の指導のもと、手際よく料理を盛り付けていた。
私はヤスミンたちと一緒に、少し離れた席からその様子を眺めていた。
「すごいわ、エスメラルダ! 学食がこんなに活気にあふれているなんて、学園始まって以来のことじゃないかしら?」
ヤスミンが興奮した様子で身を乗り出す。
「ええ。生徒たちにも気に入ってもらえたようね」
私は満足げに微笑んだ。
明るく開放的になった食堂。新しく設置されたテーブルや椅子。そして何より、身分に関係なく、誰もが同じ列に並び、食券を購入して料理を受け取れるようになったこと。
生徒たちは好きな席に座り、友人たちと楽しそうに食事をしている。
その様子を眺めながら、私は自分が考案した自慢のメニューが、次々と生徒たちのトレイに載せられていくのを見守っていた。
(さあ、準備は整ったわ。……そろそろ『あの方たち』が現れる頃かしら?)
そう思った、まさにそのときだった。
学食の入り口が騒がしくなり、周囲の生徒たちが一斉にそちらを振り返った。
「王太子殿下のお通りです!」
声とともに扉の向こうから現れたのは、エドワード王太子だった。
その後ろには、側近を務める三人と、それぞれの婚約者である令嬢たちが続いている。
学園でも特別な存在である彼らが、揃って学食に姿を現したのだ。
生徒たちのざわめきが少しずつ静まり、やがてエドワードたちは目の前に広がる光景に言葉を失った。
「……何だ、これは。エスメラルダ、君は一体、連休中に何を……?」
エドワードは、驚いたように食堂を見回していた。
その表情に浮かんでいるのは、怒りというよりも戸惑いだった。
生徒会長である自分の管理下にあるはずの学食が、知らない間にまったく違う場所へと変わっていたのだから、無理もない。
私はゆっくりと椅子から立ち上がり、裾を整えてから、背筋を伸ばして優雅にカーテシーをした。顔を上げると、淑女らしい微笑みを浮かべる。
「ようこそ、生まれ変わった学園食堂へ、殿下。そして皆様も」
私は手にした扇で、新しくなった学食を示した。
(こういう場面では、扇をピシッと向けると格好いいわよね。さあ、ご覧あそばせ! さあ、さあ!)
「ここはもう、ただ食事をするだけの場所ではありませんわ。身分に関係なく、誰もが気持ちよく食事を楽しみ、午後の授業に向けて元気を養える場所です。……皆様も、この使いやすさと明るさが、生徒たちの学園生活にどれほど良い影響を与えるか、お分かりいただけるはずですわ」
殿下の側近の一人が、床の素材や、料理を受け取って席に着くまでの流れを注意深く観察しているのが分かった。
さすがは優秀な方々。ただ驚くだけではなく、すでに新しい学食の使いやすさを確かめているようだ。
「……君は、学園のこれまでの慣習を覆すつもりか」
エドワードが低く、威圧するような声で問う。
「覆すつもりなどございませんわ、殿下。わたくしはただ、これまで使いにくかった学食を、誰もが気持ちよく食事を楽しめる場所に変えただけです。さあ、まずは一度召し上がってみてください。どれほど良くなったかは、実際に食べていただければお分かりになるはずですわ」
そのときだった。
「まあ、ずいぶんと立派なことをおっしゃいますのね」
高飛車な声が割って入った。
エドワードの隣にいたのは、フォード公爵令嬢キャサリンだった。
彼女は扇で口元を隠し、食堂を見回すと、あからさまに眉をひそめた。
「殿下は、あなたが学園の慣習を勝手に変えたと聞いて、心配なさって視察にいらしたのですわ。貴族の令嬢が、学園の運営にまで口を出すなんて……。今回のことについて、説明していただけますかしら?」
(お遊びとは心外ね。こっちは実家の看板を背負って、真剣に教育環境の改善に取り組んでいるのよ)
大きなガラス窓から差し込む陽光を背に、私は悠然と微笑んだ。その姿は、まるで後光が差しているかのように神々しく、周囲の女子生徒たちから感嘆のため息が漏れた。
(ふふ、そうでしょう、そうでしょう! わたくしは、絶世の美少女なのですわ! さあ、ご覧なさい! そして、わたくしの美しさを褒め称えてちょうだい!)
内心では、今にもガッツポーズをしたいほどの満足感に浸っていた。
もちろん、表情には一切出さない。
私は、穏やかな笑みを浮かべて二人を見た。
「ご機嫌よう、エドワード殿下、キャサリン様。……お遊びだとおっしゃるのなら、ぜひ殿下も、その成果をご自身の舌で確かめてみてはいかがかしら?」
「何……?」
「ハンツ料理長。殿下とキャサリン様、それから側近の皆様にも標準定食をお出ししてちょうだい。本日は、ミッテラン公爵家が自信を持ってお勧めする献立ですわ」
私は、近くで配膳を手伝っていたハンツ料理長に目配せをした。
ほどなくして運ばれてきたのは、湯気の立つ黄金色のシチューと、香ばしく焼き上げられたパンだった。
王族が口にするには、あまりに質素な料理かもしれない。
けれど、味にも栄養にもこだわった、私の自慢の一皿だ。
「さあ、殿下。どうぞ召し上がってくださいませ。毒など入っておりませんわ。一度食べたらまた食べたくなるような自慢のシチューでございます」
周囲の生徒たちが固唾をのんで見守る中、私はエドワードの前にスプーンを置いた。
王族に対して、平民の特待生たちもが利用している学食の料理を勧める。
それは、ただ食事をしてもらうためだけではない。
身分に関係なく、誰もが同じ学食で食事を楽しめる。そんな新しい学園の姿を、王太子に認めてもらうための一歩だった。
私はエドワードの反応を待ちながら、静かに微笑んだ。
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