第33話 四日間の大改造、劇的ビフォーアフター
学園の祝祭日に合わせた三連休。生徒たちが帰省や休暇を楽しみにする中、学食周辺では改装工事が急ピッチで進められていた。
「今日、木曜の放課後から月曜の朝まで。これが今回の『学食改装工事』の全工期よ」
私の宣言に、ガルシア商会の会頭カインと、彼が招集した王都屈指の大工職人たちは息を呑んだ。
だが、ミッテラン公爵家が用意した潤沢な予算と、私が描いた詳細な『設計図』を目にすると、彼らの職人魂に火がついた。思う存分、腕を振るえる仕事だと感じたのだろう。
私が目指すのは、前世で慣れ親しんだ、明るく開放的で、機能美にあふれた学食だ。
木曜のランチタイムが終わると、いよいよ本格的な工事が始まった。
まず着手したのは、食堂の一角に設けられた、平民の特待生たちが立ったまま食事をするためのカウンターの撤去だ。
「こんな場所で、立ったまま食事をさせるなんて。これでは、身分の違いを見せつけているようなものだわ」
職人たちが手際よくカウンターを取り壊していく。
壁際に追いやられていたテーブルも配置を変え、食堂全体に広々とした空間が生まれていった。
金曜日。さらに、窓際の窓を強化ガラス製の全面ガラス窓に改修した。中庭の緑を食堂のどこからでも眺められる、明るく開放的な空間へと生まれ変わっていく。
土曜日。次に着手したのは、配膳カウンターの全面改修だ。
これまで高位貴族の生徒たちは、席につくと給仕が料理を運んでくるのを待っていたが、これを前世の学食でお馴染みの『セルフ・カフェテリア方式』へと変更する。
まず食券を購入し、各自がトレイを持って配膳カウンターへ。スタッフから料理を受け取り、好きな席に座って食事を楽しむ。
この方式なら、料理の提供速度は劇的に向上する。何より、『自分の食べたい食事を選ぶ』という楽しみも生まれる。
日曜日は、仕上げの工程だ。新しいテーブルや椅子が次々と運び込まれ、計算された配置によって、以前よりも多くの生徒が座れるようになった。壁は明るい色に塗り替えられ、所々に置かれた観葉植物が、食堂に安らぎを添えている。
これまで生徒たちが使っていた、長ベンチはすべて撤去した。代わりに、長時間座っても疲れにくい椅子と、温かみのある木目調のテーブルを導入する。
一人で読書や予習に集中できるカウンター席や、仲間と活発に意見を交わせる円卓も設けた。
用途に合わせて席を配置した食堂は、前世の日本にあったカフェテリアのように、機能的で居心地のよい空間に生まれ変わっていた。
さらに、衛生面と使いやすさにもこだわった。
床には、汚れが落ちやすく、滑りにくい素材を採用。日々の清掃がしやすく、生徒たちが気持ちよく過ごせる環境を整えた。
また、食事を終えた生徒がスムーズに片付けられるよう、食器の返却カウンターや、ゴミを分別しやすいゴミ箱も各所に設置した。
「マリア、見て。これでようやく、ここは『ただ食事をするだけの場所』から、学生たちが集い、楽しい時間を過ごせる場所になるはずよ」
最終確認は、月曜日の早朝。完成した食堂に、私と責任者たちが集まった。
事務局長ボールドウィンは、生まれ変わった素晴らしい光景に、眼鏡を落としそうになりながら驚いている。
「こ、これが……我が学園の食堂だと言うのですか……。これほど明るく、使いやすい食堂は見たことがありません……」
ガルシア商会の会頭カインは、新設された『果実水の抽出機』を撫でながら、商売の可能性に目を輝かせている。
「エスメラルダ様! この『セルフ方式』というものは飲食業界に革命を起こしますよ! 実に素晴らしい!」
そして、料理長のハンツ。
彼は、新しく導入された大量調理ができる『最新式のオーブン』と、調理や配膳がスムーズに進むよう配置を見直した厨房を見て、大きな拳を固く握りしめていた。
「姫大将! ……これなら、数百人分の料理だって、最高の状態で提供できる。俺たちの腕が鳴るぜ! さっそく、今日のランチタイムから使わせてもらいますよ!」
最後に、平民の特待生代表として立ち会った三年生のアーノルド。
彼は、明るくなった学食と、ハンツ料理長から渡された仕事の割り当て表を見つめ、拳を握りしめていた。瞳には涙が浮かんでいる。
「ここなら、僕たち平民も周りに気兼ねせず、ゆっくり食事ができるんですね。しかも、調理の手伝いをすれば給金までもらえて、食事も無料でいただけるなんて……。来年、卒業するのが惜しくなってしまいます」
私は彼の肩を優しく叩いた。
「ええ、アーノルド先輩。ここは身分に関係なく、誰もが安心して食事を楽しめる場所よ。しっかり食べて、元気に過ごしてほしいわ。さあ、昼食の仕込みを始めましょう!」
◇
月曜日のランチタイム。
新しく生まれ変わった食堂に足を踏み入れた生徒たちは、目の前に広がる光景に言葉を失った。次の瞬間、あちこちから歓声が沸き起こる。
明るく開放的な食堂、使いやすくなったテーブルや椅子。そして何より、身分に関係なく、順番に食券を購入し、誰もが同じカウンターでスタッフから料理を受け取り、好きな席で食事を楽しめるようになったこと。
食堂の片隅からその様子を眺めながら、私は自分が考案した自慢のメニューが、次々と生徒たちのトレイに載せられていくのを満足げに見守っていた。
(さあ、準備は整ったわ。……さて、そろそろ『あの方たち』が現れる頃かしら?)
そう思った、まさにそのときだった。
学食の扉が開くと、光あふれるテラス窓から差し込む陽光が、王太子を先頭とする一行を照らし出した。
立ち尽くしていたのは、エドワード王太子。そして、その背後には学園の権力を象徴する側近たち三人と、彼らの婚約者三人が控えていた。
彼らは、生まれ変わった学食を前に、言葉を失っていた。
「……何だ、これは。エスメラルダ、君は一体、連休中に何を……?」
エドワードの瞳に宿るのは、単純な怒りではない。
それは、生徒会長である自分の管理下にあるはずの場所が、自分の知らない間に、見たこともない空間へと変わっていたことへの驚きと困惑だ。
私はゆっくりと椅子から立ち上がり、裾を乱すことなく完璧な動作でカーテシーを捧げた。そして、顔を上げた瞬間に見せたのは、淑女の微笑みではなく、戦場を制した「姫大将」の不敵な笑みだ。
「ようこそ、生まれ変わった学生食堂へ、殿下。そして皆様も」
私は、戸惑う彼らを挑発するように、新設されたモダンな学食を扇で示した。
「ここはもう、ただ食事をするだけの場所ではありませんわ。身分に関係なく、誰もが気持ちよく食事を楽しみ、午後の授業に向けて元気を養える場所です。……切れ者と名高い皆様なら、この使いやすさと美しさが、生徒たちの学園生活にどれほど良い影響を与えるか、おわかりいただけるはずですわ」
側近の一人が、床の素材や、料理を受け取って席に着くまでの流れを注意深く観察しているのが分かった。さすがは優秀な方々だ。ただ驚くだけではなく、すでに新しい学食の使いやすさを確かめているようだ。
「……君は、学園のこれまでの慣習を覆すつもりか」
エドワードが低く、威圧するような声で問う。
「覆すつもりなどございませんわ、殿下。わたくしはただ、これまで使いにくかった学食を、誰もが気持ちよく食事を楽しめる場所に変えただけです。さあ、まずは学食を召し上がってみてください。どれほど美味しくなったかは、実際に食べていただければお分かりになるはずですわ」
私は、背後に控えていた料理長のハンツに目配せをした。
運ばれてきたのは、王宮の晩餐のような華やかな飾りつけこそないものの、味や栄養のバランスを考えて作られた自慢の一皿だった。
学園で大きな権力を持つ彼らは、私が始めた新しい学食の仕組みを受け入れるのか。
それとも、反発するのか……。
私は胸の高鳴りを感じながら、エドワードの目を真っ直ぐに見つめた。
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