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悪役令嬢の中身は、定年退職した元教師 〜絶世の美女に転生したので、愛の鞭と美貌で人生を楽しみます〜  作者: 恋せよ恋
いざ! 学園生活スタート

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第31話 『厨房の鉄人』見参!

「……は? ミッテラン公爵令嬢が厨房に立つだと? 冗談は寝てから言ってくれ」


 学園の厨房に足を踏み入れた私を待っていたのは、煮えたぎる大鍋から立ち上る熱気と、料理人たちの冷ややかな視線だった。


 料理長のハンツは、逞しい腕を組み、私を頭の先から足元まで眺めると、鼻で笑った。


「事務局長から話は聞いてるぜ。公爵家が金を出して、メニューを一新するんだってな。だがな、お嬢様。料理は机の上で計算するだけじゃ務まらねえ。毎日、数百人分の食事を短時間で用意するんだ。厨房は戦場だ。あんたのような身分の高いご令嬢が、遊び半分で立ち入っていい場所じゃねえ」


「ええ、存じておりますわ。だからこそ、その戦場で兵士たちを支える『兵糧』の質を上げに来たのです」


 私が一歩も引かずに応えると、周囲の料理人たちから失笑が漏れた。


「お嬢様、卵の割り方でも習いに来たのかい?」


「それとも、おままごとの続きかな」


 無理もない。この世界の貴族令嬢にとって、厨房は立ち入ることすら稀な、使用人の領域だ。ましてや、何百人もの食事を作る厨房など、未知の世界だろう。


 他の生徒と同じ制服を着ていても、公爵令嬢としての気品は隠しようがない。

 だが、その気品こそが、この現場叩き上げの料理人たちには『貴族様のままごと遊び』の証に見えるらしい。


(……ふふ、舐められたものね。お嬢様のおままごと? 笑わせないでちょうだい!)


 私は前世、教師になる前の自分を思い出していた。


 私の実家は、地元でも評判の『仕出し弁当屋』だったのだ。

 毎朝四時から千個単位の弁当を仕上げる戦場が、私の遊び場であり、生活の場だった。

 教師になってからも、部活動の合宿などで大量のご飯を炊き、手際よくおかずを詰め込むノウハウは身体に染み付いている。


「料理長。戦場だと言うのなら、なおさら無駄な動きが多すぎますわね。今の動線では、盛り付けに時間がかかりすぎて、生徒が食べる頃にはスープが冷めてしまうわ」


「なんだと……!?」


 私は構わず、マリアに合図を送った。

 彼女が持参した鞄から、特製の包丁と、清潔なエプロン、そして髪を纏める三角巾を取り出す。


「ハンツ料理長。言葉で説明するより、実際に作ってお見せする方が早そうですわね。本日の『普及食』の余った食材を貸していただけるかしら? 十人分、今からわたくしが作り直してみせますわ。……十五分で」


「十五分だぁ!? 煮込み料理もできねえ時間じゃねえか!」


「見ていらっしゃいな」


 私は迷いなくエプロンを締め、髪をまとめた。


 その瞬間、私の雰囲気が変わった。『公爵令嬢エスメラルダ』ではなく、『仕出し屋の娘・高平美佳』としての顔だ。


「まずは、その硬い肉を細かく叩いてください。表面積を広げれば、火が通りやすくなりますわ。……そこのあなた、大鍋に水を入れて! 沸騰させてちょうだい!」


 私の鋭い号令に、若い料理人が圧倒されたように、思わず動き出す。


 私が提案するのは、前世で仕出し弁当を作っていた経験を生かした、手早く作れて美味しく、冷めても味が落ちない『根菜たっぷりのキーマカレー風シチュー』だ。


 この世界に『カレー粉』は存在しないが、香草の知識はある。

 私は料理人に厨房にあるスパイスの種類を尋ね、それぞれの香りを確かめながら、手際よく調合した。


「……なんだ、その手際の良さは!?」


 ハンツ料理長の目が変わった。


 私が包丁を握ると、まな板を叩く音が一定のリズムで響き、山のようにあった野菜が、あっという間に細かなみじん切りになっていく。

 その間にも、隣の鍋の火加減を調整し、調味料を手際よく混ぜ合わせる。


「なっ……公爵令嬢が、あんな速さで!?」


「……嘘だろ。一度も手元を見てねえぞ!」


「あの動き……! 一切の無駄がねえ!」


 料理人たちは驚きのあまり、静まり返った。


 私は構わず、普及食として用意されていた薄いスープを大鍋に移し、刻んだ野菜を加えて炒め煮にした。秘伝の隠し味として、調理場の隅にあった『果実酒の絞りかす』も加える。


「さあ、仕上げよ!」


 最後にバターを一塊。


 調理開始から、宣言通り十五分。


 そこには、ただの『薄いスープ』からは想像もつかない、濃厚で具沢山の黄金色のシチューが完成していた。


「……味見をしてくださるかしら、料理長?」


 私はシチューを小皿に盛り、ハンツに差し出した。

 彼は半信半疑のままスプーンを口に運ぶ。


 次の瞬間、彼の巨躯が震えた!!


「……美味い。なんだこれ。肉の臭みがねえ。それに、この食感……火の通りが完璧だ。それになにより、この短時間でどうやって……!」


「『仕込み』と『手順』の最適化よ。料理長、わたくしが求めるのは、わたくしの言葉を『おままごと』と笑う人ではなく、生徒たちの笑顔のために、共に戦場で汗を流せる『職人』ですの。ハンツ、あなたはどちらかしら?」


 ハンツはしばらく私を見つめていたが、やがて深く頭を下げた。


「……参りました。《《エスメラルダ様》》。《《あなた様》》は、ただの令嬢じゃねえ。……いや、『大将』と呼ばせてもらうぜ! 俺たちの負けだ、ついていかせてもらう!」


「「「ウオォォォォーーーーー!!!」」」


 厨房を揺るがすような野太い歓声が上がった。


 さっきまで冷ややかだった料理人たちが、今はまるで戦場で英雄を見出した兵士のような熱い眼差しを私に向けている。


「おい、お前ら! 姫大将の指示を一つも聞き漏らすんじゃねえぞ! このレシピ、学園の歴史を変える傑作だ!」


 ハンツの号令に、若手たちが「はい、親方!」「いえ、はい、大将!」と威勢よく応える。もはやここは、公爵令嬢が迷い込んだ「場違いな場所」ではなく、最強の指揮官を戴いた「最強の軍隊」の詰所へと変貌していた。


 私は、高揚する彼らを見つめながら、静かにエプロンを解いた。


「頼もしい返事ね。期待しているわ、ハンツ。……さあ、マリア、行きましょう」


「はい、お嬢様。……まさか公爵令嬢が調理場で『大将』と呼ばれる日が来るとは思いませんでしたが、悪くない響きですわね」


 マリアが微かに口角を上げ、私の後ろに従う。


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