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悪役令嬢の中身は、定年退職した元教師 〜絶世の美女に転生したので、愛の鞭と美貌で人生を楽しみます〜  作者: 恋せよ恋
いざ! 学園生活スタート

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第29話 学食の革命、格差の縮図

 学園での生活も二日目を迎えた。

 午前中の講義を終えた私は、昨日と同じくヤスミン、マイク、ビビアンの三人――今やすっかり私の『親友』となった彼らと共に、学食へと向かっていた。


 昨日、不当に席を奪われた低位貴族を助けた私の行動は、瞬く間に学園内を駆け巡ったらしい。廊下ですれ違う生徒たちの視線には、明らかな困惑と、それ以上に『次は何をしでかすのか』という怯えに近い好奇心が混じっていた。


 ( さすがはエスメラルダね。『正義の味方』として颯爽と弱い立場の生徒を助けたと思うのだけれど、どうも信用されていないようね)


 私は、周囲の視線を浴びながら、食堂へと向かう。


 食堂の扉を開くと、そこには昨日と変わらぬ『格差社会』が広がっていた。


 窓側の最も日当たりの良い一角では、高位貴族たちが優雅に食事を楽しんでいた。一方、壁際や入り口近くの席では、下位貴族たちが静かに食事を摂っている。


 そして、そのさらに隅では――。


 調理場の近くに設けられた、立ち食い用のカウンター席。そこでは、成長期の学生にはあまりにも質素な食事を前にした若者たちの姿があった。平民出身の特待生たちだ。


(……あらあら。昨日も思ったけれど、これは想像以上に根が深いわね)


 私は、自然と足を止めた。


 前世で教師をしていた頃、私は学校の環境整備に人一倍こだわっていた。

 中でも、特に気を配っていたのが食事だ。空腹や栄養不足は、子供たちの集中力を奪う。それだけではない。心に余裕がなくなり、自分に自信を持てなくなったり、周囲に対して卑屈になったりすることもある。そうした小さな不満や不安が積み重なれば、やがて心まで荒んでしまうのだ。


「エスメラルダ? どうかしたの?」


 ヤスミンが心配そうに覗き込んでくる。私は扇を優雅に広げ、食堂全体を見渡しながら応えた。


「ねえ、ヤスミン。あのカウンターにいる方たちが食べているものは、おいくらなのかしら?」


 私の視線の先には、平民の生徒たちがいた。彼らの前にあるのは、水のように薄いスープと、見るからに硬そうな黒パン、そして申し訳程度の塩漬け肉のようだ。


「ええと……あれは平民・低位貴族向けの『普及食』ですね。確か銅貨三枚だったかしら。私たちの食べている日替わり定食は銀貨一枚……つまり、銅貨百枚分だから」


「三十倍以上の開き、というわけね」


 私はため息をついた。


 銀貨一枚。この世界の平民の家庭なら、家族数日分の食費に相当する額だ。学費が免除されている特待生とはいえ、日々の食事にそれだけの出費は叶わない。


(学ぶ内容以前に、食事の質にまでこれほどの差をつけるなんて……。学校は、すべての生徒に平等な学びの機会を与える場所ではないの? 元教師として、こんな状況を見過ごすわけにはいかないわ)


 私はそのまま、自分の席へは向かわず、調理場に直結している注文カウンターへと真っ直ぐ歩き出した。


「エスメラルダ!?」と驚くヤスミンたちの声を聞き流し、私は普及食を受け取る列の最後尾へと向かった。


「ひっ……! エ、エスメラルダ様!?」


 突然現れた公爵令嬢に、普及食を配っていた職員は驚き、今にも腰を抜かしそうになった。列に並んでいた平民の生徒たちも、突然の出来事に戸惑い、誰もが顔をこわばらせている。


「失礼。わたくしも、その『普及食』とやらをいただいてよろしいかしら? 銅貨三枚でしたわね」


 私は背後に控えていたマリアに目配せをした。マリアは無言で、しかし『お嬢様、またですか』という呆れを隠しきれない顔で、財布から銅貨を取り出した。


「エ、エスメラルダ様、ご冗談はおやめください! 《《このような代物》》、公爵家のご令嬢のお口に合うはずが……!」


「合うか合わないかは、わたくしが決めることです。さあ、早く」


 職員は震える手で、木皿に盛られた質素な食事を差し出した。


 私はそれを受け取ると、あえて高位貴族たちが集まる窓側のテーブルではなく、平民の生徒たちがいる立ち食いカウンターの端へと運んだ。


 学食中の視線が私に突き刺さる。王太子エドワードやキャサリン・フォード公爵令嬢の姿も見えるが、今の私にはどうでもいいことだ。


 私はスプーンを手に取り、薄いスープを一口飲んだ。……味がしない。出汁の風味も塩気もほとんどなく、ただ空腹を紛らわせるためだけの液体だ。


 次にパンをちぎろうとしたが、石のように硬い。力を込めてもなかなかちぎれず、とても食べられそうになかった。


「……酷いわね」


 ポツリと漏らした言葉は、周囲の平民生徒たちに届いたらしい。彼らは怯えたように私を見ている。


(環境が人を作る。そして、食が体と心を作る。こんな食事を毎日与えておいて、心身ともに健全な生徒に育てようなんて、土台無理な話だわ)


 私は、まだ半分以上残っている食事を持ち、注文カウンターで呆然としていた友人たちの元へ戻ると、宣言した。


「ヤスミン、マイク、ビビアン。わたくし、決めたわ。この食堂の運営を、ミッテラン公爵家で買い取る……いえ、正確には『独占的な支援者』になることにするわ」


「「「は、はいぃ!?」」」


 三人の絶叫が響く中、私はマリアを呼び寄せた。


「マリア。すぐにお父様に報告を。それから、我が家が贔屓にしている『ルナール商会』の会頭を学園の面談室に呼びなさい。議題は『学園食生活改善プロジェクト』よ」


「……かしこまりました。また旦那様が『エスメラルダが学園のために私財を投げ打つなんて!』と嬉し泣きをされそうですね」


 マリアの皮肉も、今の私には心地よい刺激だ。


 私は、先ほど見た平民の特待生たちの悲しげな瞳を思い出した。


 平民の特待生たちが、空腹を抱えながら肩身の狭い思いをしている。こんな教育環境、元教師としても、悪役令嬢としても、見過ごすわけにはいかない。


「さあ、そうと決まれば、まずはメニューの開発会議から始めなくてはね」


 私の胸には、かつて教壇に立っていた頃の情熱が、再び燃え上がっていた。


 食堂中が、エスメラルダ・ミッテランの突然の行動に驚く中、私の頭の中ではすでに、安価で栄養満点な『理想のランチメニュー』が次々と浮かび始めていた。

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