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悪役令嬢の中身は、定年退職した元教師 〜絶世の美女に転生したので、愛の鞭と美貌で人生を楽しみます〜  作者: 恋せよ恋
いざ! 学園生活スタート

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第27話 不協和音の教室と、最高の笑顔

 楽しい昼休みが終わり、賑やかな学食を後にして教室へと向かう途中。廊下の大きな窓から、ふと中庭に目をやった私は足を止めた。


 噴水のそばで、一人の少女が膝をつき、地面に散らばった教科書らしき本を必死に拾い集めている姿が見えた。


(あら、あの子。もうすぐ午後のチャイムが鳴るのに。まだあんなところで……。困り事かしら、それとも……)


「エスメラルダ、どうかした? 急がないと、先生が来ちゃうわよ」


 ヤスミンに袖を引かれ、私は我に返った。


「ええ。分かったわ。行きましょう」


 今は自分も生徒の身。放課後ならいざ知らず、授業開始に遅れるわけにはいかない。私は後ろ髪を引かれる思いを振り切り、教室へと急いだ。



 午後の授業は、事前調査で『要注意』の筆頭に挙がっていた『ジョージ・ドマイン』先生の社会科だ。


 教壇に立った男は、三十代くらいだろうか。痩せた神経質そうな男で、不満げな目つきをしていた。まさに『選民意識の塊』という噂にふさわしい人物だった。


「今日は、王暦三百五年の『白薔薇の乱』についてです。この騒乱は……」


 『白薔薇の乱』。

 前世の歴史好きとしての血が騒ぐ。教師としての好奇心も刺激される。淑女教育で基礎を学び、図書室で関連する文献を読んだときも、さまざまな解釈があることにも興味を惹かれた、悲劇的な史実だ。


「では、この騒乱から何を学ぶべきだと思いますか?」


 ドマイン先生が教室を見渡した。


 その瞬間、Sクラスの秀才たちが一斉に身を縮めた。教室に広がったのは、学ぶことへの期待ではない。『正解を答えなければならない』という、息苦しい緊張感だった。


「マイクくん。この騒乱をどう防ぐべきだったと考えますか?」


 指名されたのはマイクだった。彼は緊張した面持ちで立ち上がる。


「……はい。『貴族は民の声を聞き、より公正な領政を運営すべきだった』のだと思います。不満を放置したことが、暴動の引き金になったのではないでしょうか」


 まさに教科書通りの、至極まっとうな回答だった。


 だが、ドマイン先生は鼻で笑った。


「そう。君は、そう思うんですね。では、オリバーくん」


 バーガンディ伯爵家の嫡男、王太子の側近であるオリバーが自信満々に答える。


「はい。『貴族は、平民に迷いが生まれぬよう、力で統制すべきだ』と考えます。隙を見せたから暴徒化したのです。鉄の規律があれば、無駄な血は流れなかったでしょう」


「その通りです。さすがは伯爵家の嫡男、本質を理解しているね。マイクくんも、男爵家とはいえ、もう少し『貴族の何たるか』を学習するように」


 ドマイン先生に《《贔屓されている》》生徒たちは、ほっとした表情を浮かべていた。


 私はペンを握る手に思わず力が入る。


(……今の発言、教師として聞き捨てならないわね。歴史から学ぶべきは『対話の欠如』であって『弾圧の不足』じゃない。この偏った指導案では、生徒の学びに偏りが生じてしまうわ)



 授業終了のベルが鳴り、ドマイン先生が満足げに教室を去っていく。


 前の席のヤスミンが振り向き、言葉には出さず『ね! 言った通りの先生でしょ?』という、いたずらっ子のような悪い顔で笑った。


 私はマイクの方を見た。彼は特に気にした様子もなく、ビビアンと雑談している。さすが男爵家の跡取り、なかなか肝が据わっている。


 なんとなく、廊下側の最後列に目をやると……なぜか、王太子エドワードが真っ直ぐにこちらを見つめていた。


 目が合った!


 無視をするのも《《大人げない》》ので、私はにっこりと微笑んだ。


 毎晩、マリアに白い目で見られながら鏡の前で特訓した、『最高に魅力的な笑顔』の出番だ。


 まず、口元だけでなく、目の周りの眼輪筋も自然に動かす『デュシェンヌ・スマイル』。これで『心からの親しみ』を演出する。


 さらに、首をわずかに5~15度ほど横に傾け、柔らかさと無防備さをプラス。顎をほんの少し前に出し、知的な落ち着きを添える――。


(前世の地味な容姿でこれをやったら『首でも凝ったの?』と言われるのがオチだったけれど……。今の私は絶世の美女エスメラルダさんなのよ!)


 コテン、と小首を傾げ、聖女のような慈しみをたたえた、完璧に計算し尽くされた『慈愛の微笑み』。


 美貌という武器をフルコンボで叩き込んだ、とびきりの笑顔を彼に向けた。


 視線の先で、エドワードは一瞬目を見開き、次の瞬間、ガバッと鼻を押さえて横を向いてしまった。


(……なぜ? 納得いかないわ。完璧な笑顔だったはずなのに。どうしてあんなに鼻を強く押さえているの? さすがは王太子、一筋縄ではいかないわね。私が特訓した笑顔も、本物の美形には通用しないということ?)


 私が不思議そうに首を傾げている一方で、エドワードの体は小刻みに震えていた。


 彼がなぜあんな反応をしたのか、私には分からない。


 ただ一つ確かなのは、超絶美形がうっかり『魔性のテクニック』を使うと、王太子の心拍数が跳ね上がり、鼻血まで出しかねないということだった。

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