第22話 制服を着た女神降臨
二学期初日の朝。
私は自室の大きな姿見の前で、髪型から制服の着こなしまで、入念にチェックしていた。
身にまとったのは、一年ぶりに袖を通した学園指定の制服。かつてのエスメラルダが「こんな安っぽい服」と見下していた制服だが、今の私にはむしろ新鮮に感じられる。
今日は派手な宝石を身につけず、耳元には小さなパールのピアスを一つだけ。腰まで届く輝く金髪は、両サイドをすっきりとまとめ、後ろでパールのバレッタを使って留めた。
化粧も、唇に淡いピンクのリップを引き、頬にほんのりと熱を宿したようなチークをのせる。
「……ああ! 眩しいわ! なんて美しいの! すごいわ、わたくし、最高!」
鏡の中の『超絶美少女』は、以前の刺々しさが消え、年相応のあどけなさと清潔感がプラスされていた。完璧だ。自画自賛を繰り返す私を、後ろで控える侍女たちは呆れながらも、どこか誇らしげに見守っていた。
「さあ、マリア。いよいよ学園が始まるわよ!」
私は気合を入れ直し、廊下を颯爽と歩き出した。
「……お嬢様。どうして、そんなに張り切っていらっしゃるのでしょうか。これまでは、学園へ行くのは苦痛でしかなかったはずですが」
「あら、そう? わたくし、いつも楽しそうに通学していたでしょう?」
「……そのようなことは、私の記憶では、一度もございませんが」
「あなた、正直すぎると出世しないわよ」
「私は、一生涯お嬢様の専属侍女でいることが目標ですので、これ以上の出世は不要ですわ」
そんな軽口を交わしながら、馬車へと向かった。
「おはよう、ベゼット。腰の調子はどうかしら?」
「おはようございます、お嬢様! はい! おかげさまで三週間もしっかりお休みをいただき、全快いたしました。本当にありがとうございました!」
かつての彼女なら名も呼ばなかったであろう老齢の御者が、心底嬉しそうに顔を綻ばせる。私はその様子に満足し、「無理はしないでね」と言い添えてから、馬車へと乗り込んだ。
◇
ミッテラン公爵家の紋章が刻まれた馬車が、正門前に停車した。
夏休み明けの生徒たちで賑わっていた校門付近が、一瞬にして静まり返った。
誰もが、あのエスメラルダ公爵令嬢が、また派手なドレス姿で現れ、誰かを怒鳴りつけるのではないかと身構えていたのだ。
だが、降り立った彼女の姿に、誰もが言葉を失った。
「ベゼット、ありがとう。また帰りもお願いね。気をつけて帰りなさい」
御者に声をかける姿、そして声をかけられた御者が深々と頭を下げて笑顔で見送る光景。それだけで、周囲の生徒たちの度肝を抜くには十分だった。
「マリア、あなたは控えの間で待機しているのよね? 何かあったら無理をしないで報告なさい、いいわね」
「……お嬢様、ご自身の心配をなさってください。どうぞお気をつけて」
「じゃあ、また昼休みにね」
気さくに侍女と会話を交わし、軽やかな足取りで校舎へと向かうエスメラルダ。
何より周囲を震撼させたのは、彼女が『制服』を着用していることだった。
これまで彼女の美しさは、誰よりも派手なドレスを着て、特別扱いされているからこそ際立つのだと思われていた。けれど、今の彼女はどうだ。
輝く金髪、吸い込まれそうな青い瞳、白磁の肌に愛らしいピンクの唇。そして何より、特注品かと思うほどに制服が似合っている。背筋がピンと伸びたその佇まいは、制服の上からでもわかる抜群のスタイル――いわゆる「ボン・キュッ・ボン」の完成形――を際立たせていた。
以前の威圧的なオーラは消え、代わりに高潔で清廉な、本物の『公爵令嬢』の威厳が漂っている。
「……おい、あれ、本当にエスメラルダ様か?」
「制服姿なんて初めて見た。……信じられない、女神じゃないか」
周囲がどよめき、遠巻きに見ていたその時。
「「「エスメラルダ!!!」」」
三人の生徒が、真っ直ぐに彼女の元へ駆け寄ってきた。
子爵令嬢のヤスミン、伯爵令嬢のビビアン、そして男爵令息のマイクだ。
野次馬たちは息を呑んだ。
(まずいぞ! 身分の低い生徒たちが、あんな不用意に近づくなんて! またエスメラルダ様の癇癪が始まるぞ!)
(しかも、呼び捨てにしたぞ! まさか、みんなの前で恥をかかせるつもりなのか?)
面白い騒ぎが起きるのを期待する者もいれば、恐ろしさに目を背ける者もいた。
だが、彼らの予想は、次の瞬間にあっさりと裏切られることになる。
「あら、ヤスミン、マイク、ビビアン。おはよう。昨日の今日で悪いけれど、早速頼りにしてもいいかしら?」
エスメラルダは、春の陽光のような穏やかな微笑みを浮かべ、三人の元へ歩み寄ったのだ。
「も、もちろんですよ! 私たち、エスメラルダと一緒に教室へ行こうって約束してたんです!」
ヤスミンが誇らしげに胸を張る。昨日のお茶会を経て、彼女たちはすでに『エスメラルダの友人』としての自覚を抱いていた。
あの傲慢だったエスメラルダ公爵令嬢が、身分の異なる三人と親しげに談笑している。
信じられない光景に、周囲の生徒たちは驚き、ただ呆然と見つめるばかりだった。
かつて孤独で傲慢だった『悪役令嬢』が、今では心強い味方たちを連れて、ついに教室へと足を踏み入れる。
「さあ、二学期最初の登校日。まずはこの空気を、根こそぎ変えてあげるわ」
エスメラルダは不敵に微笑み、四人で連れ立ってSクラスの教室へと足を踏み入れた。その背中には、もはや誰にも汚せない圧倒的な覇気が宿っていた。
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