第21話 庭園の戦略会議、「裸の女王」からクラスメイトへ
翌日の午後、ミッテラン公爵邸の広大な庭園は、色とりどりの花々と甘い菓子の香りに包まれていた。
招待したのは、トルドー子爵家、ノイズ男爵家、ライトン伯爵家の六人だった。
トルドー子爵家の長女メリッサと、次女のヤスミン。
ノイズ男爵家の長女ロマリーと、嫡男のマイク。
ライトン伯爵家の長女ナタリーと、次女のビビアン。
奇しくも、かつてのエスメラルダが退学にまで追い込んだ三人の令嬢の弟妹が、現在のSクラスにおける私のクラスメイトであった。
庭園に現れた六人を、私は満面の笑みで迎えた。賠償問題ですでに和解し、私の友人となっている姉たち三人は、親しげに私と挨拶を交わす。だが、その光景を目にしたクラスメイトであるはずの三人は、文字通り石のように固まっていた。
(……無理もないわね。彼女たちにとってのエスメラルダは『姉の仇』、危険人物そのものだったのだから)
高慢で傲慢、格下の存在など眼中になかったはずの公爵令嬢が、自分が虐げた相手と楽しげに談笑している。その『理解が追いつかない光景』を前に、三人の思考は完全に停止していた。
「あら、ヤスミン、マイク、ビビアン。今日は学園についてゆっくりお話がしたくて。来てくれてありがとう」
眩しいほどの笑顔で語りかける私に、三人は直立不動のまま声も出せない。沈黙を破ったのは、いち早く正気を取り戻した男爵家嫡男のマイクだった。
「エスメラルダ様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「「エスメラルダ様、お招きに与り光栄です!!」」
ヤスミンとビビアンも慌てて後に続く。
「あら、嫌だわ。クラスメイトなのに『様』はやめてちょうだい。わたくしもあなたたちを呼び捨てさせてもらうつもりなのだから」
「えっ! ……いえ、しかし……それは恐れ多いというか、なんというか」
「そんなに畏まらないでちょうだい。わたくし、悲しくて泣いてしまいそうだわ」
絶世の美少女が、潤んだ瞳で悲しげな表情を浮かべ、まっすぐにマイクを見つめる。
元教師として培った説得力と、エスメラルダの凶悪なまでの美貌の合わせ技だ。若きマイクに耐えられるはずもなかった。
「うっ! あっ、はい! エスメラルダ……さ……ん?」
「ふふふ。まあ、いいわ。徐々に慣れていって。敬称は不要よ。ヤスミンとビビアンも、いいわね?」
「「はっ、はい!!」」
始まったお茶会は、当初の緊張が嘘のように盛り上がった。
私が『要注意教師リスト』の内容をそれとなく振ると、堰を切ったように教師の悪口や上級生の理不尽な評判、学園内の噂話が飛び交う。私はそれを、時に相槌を打ち、時に大笑いしながら、情報を整理していった。
遠く離れたテラスから、その様子を心配そうに窺っていたミッテラン公爵夫妻は、安堵の溜息を漏らした。
「良かったな。エスメラルダが、本当に楽しそうだ」
「ええ、あなた。あの子が、ようやく年相応の令嬢に見えますわ」
夫妻の目には、微笑ましい『初めての友人とのひと時』に映っていただろう。
だが、その輪の中心で、私は不敵に確信していた。
(よし、これで学園内の『生きた情報源』と、味方の布陣は完璧。マイクたちとの距離も縮まったわね)
公爵令嬢という絶対的な権力に、末端の生徒たちの支持と情報。
「さあ、みんな。次のケーキは、モン・ルージュの特製よ。食べながら、あの社会科のジョージ先生についてもっと詳しく教えてくれるかしら?」
私の優しい声が、爽やかな風に乗って庭園に響き渡った。
◇
賑やかだったお茶会が終わり、公爵邸に静寂が戻った夜。
私は自室の机に向かい、今日一日で集めた情報を羊皮紙に整理していた。元教師として、敵陣《学園》に乗り込む前の実態調査は基本中の基本である。
「なるほど……。想像以上に、学園の空気は出来上がっているわね」
羽ペンを走らせながら、私は情報を精査していく。
エドワード王太子殿下と三人の側近たちは、学園内で絶大な人気を誇っているらしい。
容姿端麗な彼らは女子生徒たちからアイドル視されている。家柄とルックス、高位貴族というだけで、多少の欠点は『カリスマ性』として魅力的に解釈されてしまうのが若さの悲しい性だ。
殿下の奔放な女性関係は、学園内では公然の秘密。だが、誰一人として彼を責める者はいない。
『揉め事を起こさない』という計算高さが『スマートな大人の余裕』と解釈され、むしろ『ちょいワルな殿下も素敵』という歪んだ憧れの対象になっている。
(教育現場でもいたわね。ルールを巧みにすり抜けて、それを『要領の良さ』だと勘違いしている手のかかるタイプよ)
そして、最も注視すべきは側近チャールズ公爵令息の婚約者、キャサリン公爵令嬢だ。
かつてのエスメラルダが『直情型の傲慢さ』ゆえに『分かりやすい悪女』だったのに対し、彼女は全くの別物だ。
下位貴族の令嬢たちからの評判は最悪。
表向きは聖母のような微笑みを浮かべながら、裏では自分の手を汚さず他者を追い詰める。その『陰湿な二面性』こそが、今の学園に広がる不健全な空気を生み出している一因なのだろう。
(……エスメラルダさん、あなたはただの『まっすぐで単純な悪役』だったのね。ある意味、可愛げがあるバ……いえ、単細胞だったのだわ)
私は窓の外に浮かぶ月を見上げ、冷ややかに口角を上げた。
人気者気取りの令息集団に、裏で糸を引く偽りの聖母。
教師が一番に指導しなければならないのは、表面上の校則違反ではなく、こうした『集団の腐敗』だ。
「王太子と側近三人、そしてキャサリン……。あなたたちの教育方針は決まったわ」
私は最後の一行を書き加え、羊皮紙を閉じた。
「明日からが楽しみね。あなたたちが築き上げた学園の序列、わたくしがすべてひっくり返してあげるわ」
エスメラルダの瞳に、教育者としての静かな、しかし苛烈な闘志が宿った。
嵐の二学期が、いよいよ幕を開ける。
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