第18話 茶会と諜報、侍女たちの「学園サバイバル」報告
「ねえ、マリア。あなた、王立学園の卒業生でしょう? 男爵令嬢のあなたにとって、学園はどんなところだったかしら?」
午後の穏やかな光が差し込む公爵邸。私は、執務の手を休めてマリアに問いかけた。返ってきたのは、慈愛の眼差し……ではなく、心底不審そうな表情だった。
「……どうされたのですか? また何か変な物でもお食べになったのですか?」
「あなた、失礼よ、マリア。確かに、先日お庭の雑草を食べてお腹を壊したのは事実だけど……。あれは、食用のハーブだと確信した結果の敗北よ」
「お嬢様。お嬢様は今や、領地で女神として絵葉書が販売されるほど敬われる存在なのです。あまり突飛なことはなさいませんように」
「……わかっているわ。肝に銘じます。それにしても、あなた変わったわね。最初は、あんなに私を怖がっていたのに」
「それは、お嬢様が急に『全知全能の風格』を醸し出し始めたからです。今や私どもだけでなく、領民一同『エスメラルダお嬢様は神』と本気で崇めて布教活動まで始めておりますから、もう恐れるというより、お側でお世話できるだけで至高の誉れ、という状態なのです。……私は少し、ついていくのが大変ですけれど」
(……私が良かれと思ってやった生活改善のせいで、知らないうちに布教活動が成功しすぎていたのね。まあ、元教師としては、周囲との距離が縮まるのは大歓迎だけど)
私は気を取り直して、本来の目的を口にした。
「それで、学園はどんなところだったの?」
「そうですね。楽しいところでしたよ。高位貴族の皆様にとっては社交の場でしょうが、私たち低位貴族、特に侍女や侍従として働きに出る予定の者にとっては、人生で最後の気楽な時間でございますから」
「……そう。『人生で最後の気楽な時間』というのは、なかなか切ない話ね。まあ、学園自体は楽しい場所ということかしら。《《うちには》》他にも学園の卒業生がいるわよね? 業務に支障のない時間でいいから、集めてくれるかしら」
◇
三時のティータイム。マリアを含め、公爵家で働く若い侍女五人が集まった。
私は彼女たちの前に豪華な茶菓子を並べ、優雅に微笑んだ。
「テレサ、エミリー、リリアン、マーサ。集まってくれてありがとう。さあ、お菓子と紅茶を楽しみながら、学園の思い出話をしましょう。そんなにかしこまる必要はないわ。私がいないと思って、みんなで自由に話してほしいの」
侍女たちは、エスメラルダが自分たちの名前を正確に記憶していたことに目を見開いた。驚きが心からの嬉しさに変わり、少しずつ緊張が解けていく。
「お嬢様。そんなに存在感を放っていらっしゃるのに、居ないものとは思えませんよ……」
「マリア。あなた、口が悪くなっていない? 誰に似たのかしら」
「……お嬢様でしょうね。使用人は雇い主に似るものですから」
集められた侍女たちは、マリアの遠慮ないやり取りに度肝を抜かれて固まっていたが、私の穏やかな促しに、ぽつりぽつりと口を開き始めた。
「ねえ、テレサ。学園は楽しかった?」
「はっ、はい。私は男爵家出身で、卒業後は侍女になるつもりで真面目に勉強しておりました。ですが……成績が上位に入った際、同じクラスの伯爵令嬢から『男爵令嬢が目障りね』と言われ……怖くなって、わざと成績を落としたのです。最上位のSクラスに入らないように……」
「まあ、ひどいわね。……でも、わたくしも以前は似たようなことをしていたようだから、その彼女を責められないわね」
自嘲気味に笑う私に、次はエミリーが続いた。
「私は子爵家の出身ですが、授業中の教師陣のえこひいきが有名でした。お気に入りの学生を優遇し、反感を買った生徒の成績を不当に落とす教師を何人も見てきました。弟に聞いたところ、今でも変わらず横暴なようです」
「あら。弟さんが学園に? ──えっ! 私と同じ二年生のSクラスに……? ぜひ、今度紹介してもらえるかしら。クラスメイトの顔と名前も、まだろくに覚えていないの。これからは、身分に関係なく、きちんと一人ひとりと向き合いたいわ」
「お……とも……だち、ですか?」
驚愕するエミリーに、私は深く頷いた。
「それで、その教師は、具体的にどのようなことを?」
「お気に入りの生徒には提出期限を過ぎた課題も受け取るのに、そうでない生徒には一日遅れただけで減点する、と聞いております」
「……なるほど。同じ規則を、相手によって使い分けているのね」
私は心の中で、そっとため息をついた。
(教師として、最もやってはいけないことね)
学園という名の『戦場』に乗り込む前に、生徒たちの生の声、そして教職組織の腐敗状況を把握できたのは大きな収穫だ。
「リリアン、マーサ。あなたたちも、ゆっくりでいいから話してちょうだい」
午後のひと時は、和気あいあいとした時間の中で過ぎていった。
去り際、私は残った高級茶菓子を各自に手渡した。
「今日はありがとう。とても助かったわ。残ったお菓子は、みんなで分けて持ち帰ってちょうだい。お疲れ様」
私が部屋を去った後、残された四人は大きく息を吐き、熱烈な眼差しを交わした。
「……エスメラルダお嬢様は、やっぱり『女神様』ね」
「わかるわ! 間違いない、お嬢様は神様の愛し子よ!」
「あの美貌に、あの慈愛。ミッテラン公爵家で働けて本当に幸せだわ!」
侍女たちの労働意欲は、かつてないほど上昇していた。
マリアはそんな同僚たちを前に、『ね? だから言ったでしょう』と誇らしげに、しかしどこか呆れたような笑顔を浮かべて、深く頷くのだった。
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