第14話 ターゲットの徹底分析
夏休みも終盤、学園復帰を目前に控え、私は公爵邸の図書室で、今後の対策を練ることにした。
かつての教員時代、荒れたクラスを立て直す際に最初に行うのは、生徒一人ひとりの人間関係、家庭環境、そして『なぜその行動に至ったか』という動機を分析することだった。
「さて、まずは『学園でのエスメラルダさん』が、周囲にどう映っていたか、そして敵方の戦力を正確に把握しなければね」
情報源は、今回の謝罪で和解し、私の『熱烈な信者』となったメリッサ子爵令嬢をはじめとする令嬢たちだ。
真摯に謝罪し、名誉回復にも尽力したことで、彼女たちは社交界の情報を正確に教えてくれる、心強い協力者になっていた。
だが、今の私に必要なのは、学園内部で『目』となり『耳』となる現役の生徒たち、つまり信頼できる友人だ。
「エスメラルダ様。学園へ戻られるにあたり、心強い協力者を連れて参りましたわ」
成績優秀でSクラスに在籍する二年生だと紹介された彼女は、驚いたことにエスメラルダと同じクラスだと言うではないか。
( エスメラルダさん、あなた、優秀者が集まる《《Sクラス》》に在籍してたの? この学力で? 完全に公爵家のゴリ押しね。教育現場で一番扱いに困るタイプじゃないの!)
前世の私なら頭を抱えていた案件だが、今はその『特権』の恩恵を受けている身だ。
以前のエスメラルダは、身分の低い子爵令嬢など相手にしていなかった。そのため、ヤスミンの顔も名前も、まったく記憶に残っていない。
ノイズ男爵家の嫡男マイクも、ライトン伯爵家の次女ビビアンも同じだった。三人とも私と同じSクラスなのに、私にとっては、まるで初対面の相手のようだった。
教師にとって、クラスの人間関係を把握することは基本中の基本だ。
彼女たちの警戒心を解き、信頼してもらえるよう、私は最高の『微笑み』を浮かべた。
公爵令嬢という立場に、優秀な協力者たちの情報網。これで準備は万端だ。
三人から提供された情報は、私の知らない学園の実態を克明に浮かび上がらせていた。
「ヤスミン。マイク。ビビアン。今まで、あなたたちの存在を無視し続けていたことを許して。これからは、学園での『学び』において、あなたたちを一番の友人として頼らせてほしいの」
私が丁寧に頭を下げると、三人は信じられないものを見るように目を見開いた後、頬を赤らめて深く頷いた。
私は、三人が教えてくれた今の『クラスの現状』を頭に叩き込み、不敵な笑みを浮かべた。
「殿下は……決して、問題になるようなお相手には手を出しませんわ」
ヤスミンの言葉通り、エドワードは女性を身分や立場によって、巧みに使い分けていた。
婚約者がおらず、家格が低くて有力な後ろ盾もない下位貴族の令嬢や、高位貴族の未亡人など、関係が終わっても自分の立場を脅かさない相手ばかりだった。
彼は決して、女好きなわけではない。彼にとって彼女たちは、愛情を注ぐ相手ではなく、気まぐれに可愛がるだけの存在だった。気分転換に、可愛いから戯れる。ただそれだけの、学園時代における一時の慰みに過ぎない。
(……教育現場にもいたわね。弱い立場の生徒を狙って、自分の権力を誇示するタイプ。それも、表面上は『面倒を見ている』フリをしてね)
エドワードは優秀で頭の回転も速い。女性を嫌っているわけではないが、心を奪われるほどの存在だとも思っていなかった。彼にとって、傲慢な婚約者エスメラルダは、政略結婚のために押し付けられた相手に過ぎない。
だからこそ、彼は婚約者がいながら、悪びれることなく他の女性たちと遊んでいた。
表向きは「エスメラルダに振り回され、疲れた心を癒やしている」という態度をとっていた。
周囲には、こんなふうに漏らしていたのだ。
「彼女のあの醜い顔を見てくれ。あんな婚約者がいては、僕がほかの女性に安らぎを求めたくなるのも無理はないだろう?」
そうして、まるで自分が被害者であるかのように振る舞っていた。
すべては、両陛下にエスメラルダとの婚約破棄を認めさせるためだった。彼はわざと私を怒らせ、私が激怒すれば、それを理由にこう主張するつもりだったのだ。
『これほど王妃に相応しくない女性とは、もうやっていけない』と。
つまり、私の傲慢さは、彼にとって自分の不誠実な行動を隠す『隠れ蓑』であり、婚約破棄を正当化するための『口実』だったのだ。
(なるほど。私が嫉妬に狂って騒ぎ立てるのを利用して、自分は涼しい顔で目的を果たそうってわけね。……その余裕、いつまで続くかしら?)
私は冷ややかに笑った。
相手を『馬鹿な女』だと決めつけて立てた計画ほど、思いどおりにいかなくなったとき、もろく崩れるものなのだ。
◇
三人の側近――オリバー、フレデリック、チャールズも、それぞれ異なる分野で優れた能力を発揮していた。
騎士団長の息子、オリバー・バーガンディ伯爵令息は、武術に秀でた行動派。
魔導師長の嫡男、フレデリック・ジョルネ侯爵令息は、研究熱心な理論派。
宰相の嫡男、チャールズ・デビットソン公爵令息は、頭の回転が速く、規則や制度にも精通した実務派だった。
それぞれ異なる分野に秀でた三人は、王太子エドワードを支える側近として、学園でも一目置かれる存在だった。
「ですが、彼らもまた、自分たちの婚約者が不満を口にすると、決まってこう言うのです。『またエスメラルダ嬢のように癇癪を起こすのか? 君にはがっかりだ』と」
私は思わず、持っていたペンを握りしめた。
なるほど。彼らは私の悪評を利用して、婚約者たちの不満を封じ込めていたのだ。
(……優秀なのは認めるけれど、その頭脳をそんなことに使うなんて。自分たちの非を認めず、私を引き合いに出して相手を黙らせる。まったく、厄介な連中ね)
収集した情報を元に、私は羊皮紙に戦略を書き込んでいく。
中身は六十二歳、教師歴四十年のベテラン教師である私にとって、彼らは更生指導が必要な問題児に過ぎない。
(オリバー、フレデリック、チャールズ、そしてエドワード殿下……覚悟なさい。わたくしが学園に戻ったら、あなたたち四人に、教師として『真の倫理』と『人の道』を叩き込んであげるわ!)
『美人は七難隠す』というけれど、わたくしの場合、この美貌で隠せるのは毒舌くらいのものよ。教師としての厳しさまで隠せると思ったら、大間違いだわ。
六十二年の人生経験と四十年の教師経験。さらに、相手の逃げ道を塞ぐだけの知性と、正論を武器にする覚悟もある。
(エドワード殿下。あなたたちが都合よく作り上げた『嫉妬深くて愚かな令嬢』は、もういないわ。これからあなたたちを待ち受けるのは、悪事を見逃さず、理屈の通らない言い訳を一つずつ潰していく、筋金入りの元教師よ!)
私は三人が教えてくれた今の『クラスの現状』を頭に叩き込み、不敵な笑みを浮かべた。
「ありがとう、三人とも。これからも力を貸してね」
私が微笑むと、ヤスミンたちは顔を見合わせ、やがて晴れやかな笑顔で頷いた。
こうして、私の学園復帰に向けた準備は整った。
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