第12話 退学した令嬢たちへの謝罪と責任
トルドー子爵令嬢メリッサは、力なく首を振った。
「今さら学園に戻っても、居場所はありませんわ……。同級生たちは皆、すでに卒業して社交界へ出てしまいました。一年前、わたくしが学園を追われたあの時から、私の時間は止まったままなのです」
彼女は当時、最高学年である三年生だった。退学と同時に、婚約者だった伯爵家の子息からは「婚約を継続したい」という申し出があったものの、醜聞を恐れた彼の両親によって一方的に婚約破棄を突きつけられていたのだ。
「メリッサ様、本当に申し訳ありませんでした」
私は彼女の手をとり、深く頭を下げた。ただ謝るだけでは、彼女が奪われた『一年』は帰ってこない。
「わたくし、調査委員会を通じて学園側と交渉いたしました。特例として、後日行われる試験で卒業相当の学力が認められれば、あなた方に正式な卒業証書を授与することを確約させましたわ」
(……大検、高卒認定試験と同じね。若者の将来を、エスメラルダの横暴で摘み取ってはいけないわ)
私の働きかけに応じ、退学した女生徒たちは全員が試験を希望した。
彼女たちは元々優秀だったこともあり、猛勉強の末に見事合格。そこで彼女たちが勝ち取った『卒業資格』と、エスメラルダの嫉妬によって不当に退学させられたという事実を、調査委員会の公式記録として突きつけたのだ。
次に行うべきは、彼女たちの社会的立場の修復だ。
私は密かに、彼女たちの『元』婚約者たちの現状を調査させた。すると驚いたことに、三名とも未だに新たな婚約を結んでいなかったのだ。
「……いい? これは公爵家の『威光』ではなく、あくまできっかけ作りよ。あとは当事者同士の誠実さの問題だわ」
私は公爵家の立場を利用し、彼らとその両親を招いた場を設けた。
そこで彼女たちが勝ち取った『卒業資格』と、今回の不祥事における彼女たちの完全な無実を、調査委員会の公式記録として突きつけたのだ。
「彼女たちは、わたくしの独善によって不当に貶められました。けれど、自らの力で名誉を取り戻した。そんな気高い女性を、あなた方は本当に手放してよろしいのですか?」
私の、まるで生活指導のような凄みに押されたのか、あるいは元々あった恋心が再燃したのか。三組のカップルは無事に再婚約を果たすこととなった。
◇
数週間後、再婚約を祝う小さなお茶会が開かれた。そこに集まったメリッサたちの顔に、かつての悲壮感はない。
「……信じられませんわ。あれが本当に、あのエスメラルダ様だなんて。学園でご一緒した当時の彼女とは、魂の輝きが全く違うわ」
メリッサがしみじみと呟くと、もう一人の令嬢も深く頷いた。
「確かにそうね。私なんて、殿下に領政を聞かれて答えていただけなのに、彼女の嫉妬を買って退学になったのよ? 当時は、あまりの理不尽に毎日泣いて……どうでも良くなって、自暴自棄になっていたけれど。……よかったわ。彼が、今でも私を大切に思ってくれていると分かって」
「私も。今回のことで、彼の本当の思いを知ることができた。これで、これから彼に何があっても、一生ついていく覚悟ができたわ」
彼女たちの幸せそうな笑い声を聞き、私は《《物陰で》》そっと胸をなでおろした。
物陰に潜んで令嬢たちの様子を窺うその姿は、およそ公爵令嬢に相応しいものではない。傍らに控える侍女のマリアが「何をしておいでなのですか……」と言わんばかりの白い目で私を見つめているが、そんなことは気にしない。
(だって、今の私は何をしていようと、どこから見ても超絶美女なんだもの。物陰から覗く姿さえ、きっと絵画のように美しいはずだわ! 美人最高! エスメラルダ万歳!)
そう、美しさは全てを解決する。この黄金比の肉体がある限り、私の多少の奇行など『お忍びの雅な振る舞い』として処理されるはずなのだ。
……奪った時間を完全に返すことはできない。けれど、ベテラン教師の知恵を絞れば、新しい道を作る手助けはできる。
(ふぅ、縁結び成立ね。教師冥利に尽きるわ)
私はマリアの冷ややかな視線を華麗にスルーし、優雅な足取りでその場を去った。
身辺整理は終わった。
過去の清算を終えた『無敵のエスメラルダ』に、もはや怖いものなど何一つなかった。
◇
『美人は七難隠す』。
前世で何度も耳にしたこの言葉。多少の欠点があっても、圧倒的な美しさがあればそれだけで目立たなくなる、という人生における極めてストレートな『得』を説く格言だ。
前世の私には、生涯を通してまったく縁のない格言だった。
鏡を見るたびに『美人? なにそれ、美味しいの?』と本気で首を傾げるような、美貌とは無縁の人生。それが今や、どうだろう。
私は、鏡の中に鎮座する黄金比の美女を見つめながら、改めて深く頷いた。
(……ねえ、エスメラルダ。あなた、この超絶美貌を持っていて、どうしてあんな『損』な生き方をしていたのよ? 黙って微笑んでさえいれば、世界中の得を独り占めできたはずなのに)
美しいな顔立ち、磁器のような肌。そして、鏡に映る自分の体を横から眺め、私は感嘆の声を上げた。
(それに見てよ、この『ボン・キュッ・ボン』なスタイル! 前世の私が、高い補正下着を買っても手に入らなかった理想の曲線美よ。……これに知性と品格をトッピングして『猫』を被ったら、もはや最強を通り越して無敵じゃないかしら?)
私は鏡の前で腰をひねり、グラビアアイドルのような『くねくねポーズ』を決めてみた。
さらには床に這いつくばって、前世で密かに憧れていた禁断の『女豹のポーズ』。
そのまま勢いよく立ち上がり、スカートの裾を押さえる『マリリン・モンローの決めポーズ』までコンプリート!
(……すごい。すごすぎるわ、エスメラルダ! 超絶美女がやれば、どんなにふざけたポーズでもバチコイ決まってしまうのね! これよ、これこそが私が求めていた『最強の素材』よ!)
この美貌で、淑女の微笑みを浮かべながら、中身は経験豊富なベテラン教師。……これ、落とせない殿方なんてないわ。
鏡の中の自分に陶酔し、一人で盛り上がる私。しかし、背後からは『ヒッ……』という短い悲鳴が聞こえていた。
「見て、マリア。わたくしのこの角度、最高だと思わない?」
振り返りながら、私は完璧なウィンクを飛ばしてみた。
だが、控えていた侍女たちの反応は冷ややかなものだった。
「……お嬢様。その、奇妙な動きは一体何でございましょうか」
「少し……いえ、かなりお疲れのようですわ。やはり、連日の領政改革でお疲れが溜まっているのでは?」
侍女たちは、まるで行き倒れた子犬を見るような、あるいは得体の知れない珍獣を見るような『奇妙なものを見る目』で、私を、いえ、くねくねとポーズをとる絶世の美女を見つめていた。
(……あら。ちょっとテンションが上がりすぎたかしら。教師たるもの、常に冷静に分析しなければね)
私はコホンと一つ咳払いをすると、一瞬で背筋を伸ばし、慈愛に満ちた完璧な『聖母の微笑み』を作ってみせた。
「冗談よ。……さあ、寝ましょうか。寝不足は美容の敵よ!」
侍女たちが再び「やっぱりお嬢様は女神様……!」と、陶酔しきった感激の眼差しに変わるのを確認すると、私は満足げに口角を上げた。
そして、まるで名画の一場面を切り取ったかのような流麗な所作で、天蓋付きの寝台へと横たわった。
(よし、完璧。この美貌にひれ伏さない相手なんていないわね)
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