第11話 二名の問題児と消えた悪友
「……なるほど。この二名に関しては、単なる『被害者』と呼ぶには語弊がありますわね」
調査委員会の重鎮が差し出した報告書には、修道院へ送られた二名の令嬢の、目を覆いたくなるほどの素行調査の結果が記されていた。
まず、ナザレ男爵家長女、バレッタ。当時三年生。
彼女は、クレセント子爵家の嫡男という、家格の釣り合う婚約者を得ていながら、学園内では王太子の寵愛を受けていると吹聴し、それを盾に他の生徒を恫喝し金品を巻き上げるなどの問題行動を繰り返していた。
「クレセント子爵家側は、以前から彼女の素行不良を理由に婚約破棄を画策していたようですな。そこへエスメラルダ様が『退学』を命じられた。子爵家にとっては、これ以上ない渡りに船。翌日には強制的に修道院へ送り込まれたというわけです」
(教育現場でもいるわよね……。周囲が縁を切るタイミングを見計らっていたような子が。私の『やらかし』が、周囲の『厄介払い』に利用されたわけか)
次に、マギル男爵家三女、コレット。当時三年生。
コレットもまた、筋金入りの問題児だった。
彼女には、同じく素行の悪さで有名だったジャッカス伯爵家の嫡男、トーマスという婚約者がいた。コレットはトーマスとともに授業をたびたび欠席し、他の生徒を巻き込んで騒ぎを起こすなど、学園の風紀を乱す行為を繰り返していた。
「両家ともに彼らには頭を悩ませていたようです。エスメラルダ様の命令が下るや否や、コレットは修道院へ。そしてトーマスは、待ってましたと言わんばかりに実家から廃嫡されました。……なお、廃嫡後のトーマスの行方は知れません」
(……行方不明? 闇落ちのフラグを立てたようなものじゃない。このコレットという子も、修道院で大人しく祈りを捧げているようには思えないわね)
「調査の結果、両名には、エスメラルダ様の命令以前から、学園内での問題行動が複数確認されております。本人たちにも、その行為に対する責任があることは明らかです」
査問委員の一人が、報告書を閉じた。
「しかし、それとエスメラルダ様の責任は、別の問題です。正式な手続きを経ず、個人的な嫉妬から二人に退学を命じたことは、正当化されるものではありません」
別の委員も、静かに頷いた。
「二人の素行に問題があったからといって、エスメラルダ様が独断で処分を下してよいことにはならない。したがって、両名の問題行動については本人たちにも責任がある一方、不当な退学処分については、エスメラルダ様にも責任がある。これが、調査委員会の結論です」
(……当然よね。彼女たちに問題があったからといって、私が何をしても許されるわけじゃないもの)
公爵令嬢という立場を利用し、正式な手続きも踏まずに、彼女たちの学園生活を奪った。その責任は、彼女たちの素行とは切り離して、私自身が負わなければならない。
一方、残りの三名については公爵家の全面支援による『特例の復学許可』が下りたが、彼女たちはすでに新たな道を歩み始めていたこともあり、それを辞退した。
報告を聞き終えた私は、窓の外に広がる夕焼けを見つめた。
他の三名が再婚約や卒業資格という『再生』の道を歩み始めた一方で、この二名と行方不明のトーマスは、社会の表舞台から姿を消した形になる。
(一方を救えば、一方がこぼれ落ちる。……公平に判断した結果とはいえ、彼女たちが自分たちの非を棚に上げて、私、エスメラルダを逆恨みする可能性は極めて高いわね)
教師の経験則が、不穏な未来を告げている。
改心した生徒よりも、自分の非を認めず去っていった生徒の方が、往々にして大きなトラブルを連れて戻ってくるものだ。
「……ま、その時はその時よ。今度は公爵令嬢としてではなく、プロの教育者として『徹底した更生指導』を叩き込んであげるだけだわ」
私は、バレッタとコレット、そしてトーマスの名前を、要注意人物リストの最上段に書き込んだ。
◇
その頃、王宮のサンルームでは、午後の柔らかな光の中で王太子と側近たちがくつろいでいた。
学園の始業を前に、彼らにとっての懸案事項――すなわち「エスメラルダ」が目の前にいないという事実は、この上なく平和な時間を提供していた。
「……そういえば、婚約者殿は相変わらず現れないのか? 随分と静かじゃないか」
紅茶を口に運んだ側近のチャールズ公爵令息が、ふと思い出したように尋ねた。エドワードは書類から目を上げることなく、鼻で笑う。
「ああ。おかげで執務が邪魔されなくて快適だよ。いつもなら今頃、くだらない理由でここへ乗り込んできているはずなんだがな」
「噂では、ミッテラン公爵家が法曹界の重鎮を巻き込んで、何やら画策していると聞くぞ」
もう一人の側近、フレデリック侯爵令息が、少しだけ真面目な顔をして付け加えた。
重鎮たちの動きは王宮の諜報網にも断片的に届いている。だが、エドワードは興味なさげに肩をすくめた。
「へえ。どうせ、また誰かと揉め事でも起こしたんじゃないか? やらかし放題だからな、彼女は。その揉み消しに奔走しているんだろう」
「はあ。まったく、頭が痛いよ。アイツは揉め事を起こさないではいられないタチなのか」
側近たちは顔を見合わせ、呆れたようにため息をつく。
「ははは。そうかもな。傲慢で我儘、怠惰で残念な公爵令嬢として、王都中が知っているくらいだからな。……ところで、エドワード。王家は、ミッテラン公爵家との婚約破棄は考えていないのか?」
エドワードの表情が、わずかに苦々しく歪んだ。
「……ああ。何度も国王陛下には言っているんだが、なかなか受け入れてはもらえなくてね。ミッテラン公爵家の功績と権勢を考えれば、容易なことではないらしい」
「そうか、お前も大変だな。まあ、頑張れ。万が一にも、エスメラルダ嬢が改心するかもしれないしな」
冗談めかした友人の言葉に、エドワードは本日一番の冷笑を浮かべた。
「……まさか。彼女は《《死んでも変わらない》》よ」
「そうだな、ははは!」
笑い声が王宮の廊下に響き渡る。
彼らはまだ、自分たちの知る『傲慢なエスメラルダ』が、すでにこの世界のどこにも存在しないことを知らない。
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