仮面の涙
組織のために、そして自分自身のために、
ニゲルは光の女をこの手で始末した。
光の女は最後に「エミリア」という言葉を残す。
◯登場人物
ニゲル
24歳。闇属性。
中央都市リーウルスのC区画の雑貨屋で働く。裏の顔は暗殺稼業
「エミリア……!?」
彼女は、驚愕の表情をしながらそう言った。
そしてその場に崩折れた。
一瞬僕は考えた。エミリアさん本人が「エミリア」と言うだろうか?
ただ、暗闇とは言え、ひとまずこの場を離れなければ。
確認をする間もなく、僕はその場を去った。ひとまずB区画に遠回りをして、それからC区画の雑貨屋まで来た。
そして、店舗に入ってからコンタクトを鳴らす。
数秒数えてから相手が出る。
「ごめんね、夜遅くに。光の女、始末完了したよ」
『さすが、ニゲルさん。早いですね。でも……よかったんですか?』
何を聞こうと言うんだろう。
「まぁ……仕方ないよね。あ、でも念のために、騎士団関係に見つかる前に、死体の確認と、スパイだった場合、情報を所持しているかもしれないから、回収だけお願いできる? ごめんね、手間かけて」
『わかりました、すぐ回収班を手配しますね』
あの時間帯なら、ホントは僕自身がそれをしてもよかったんだ。
でも……できれば見たくなかった。
真実なんて知りたくなかった。
どっちにしろ、時間が経てばわかることであったとしても。
「あと、どうしようか。ひとまず僕は大人しくしておこうか。彼女と日中出歩いているのを見てる人は多いはず。なるべく気配は少ないようにはしてるけども、勘の鋭いのもたまにいるからね」
『わかりました。明日はひとまず外には出ずに、待機していてください。またこちらから連絡しますね』
コンタクトを切る。
なぜか今更、エミリアさんの言葉が次々と浮かんでくる。
——あっ! これです、これです。ありがとう!
ちょこまかちょこまかと、可愛らしく歩く人だったよな……
——えっ……あぁ、この香りはね、カモミールと言ってハーブの一種なの。そのエキスを使った香水を使ってるのよ
いい匂いだったな……今でも僕の鼻が覚えてる。
カモミール……そう、カモミールの香り。
今までエミリアさんと一緒に居るときは必ずしていたカモミールの香りが、さっきは一切しなかった。
スパイ任務の時は消しているのか……いや、そもそも近づくようなこともないよな。
どちらにしても、もう嗅ぐことはないだろう。もしかしたら、この街も出ていくことになるかもしれない。
「涙……」
涙と呼べるのかもわからないものが、頬を伝っていた。
僕は孤児院でずっと過ごしている時も、自分が周りに疎まれていることを常に意識していた。
なるべく目立たぬよう、出過ぎぬよう、大人に声をかけられても、愛想良くしているように、仮面を付けていた。
それは十二の時に組織のボスに拾われた時も同じだった。
闇属性としての能力を買われたのと、従順であることも良かったのだと思う。決して僕は逆らわなかったからね。
この街リーウルスで雑貨屋の店員として過ごすのも、平凡である仮面を付けていたのかもしれない。
自分としての感情を一番出せたのは、本を読んでいる時だったかな。本は素晴らしい。
本を読むことは誰にも危害を加えないし、誰にも邪魔されない。そして、本の世界に没頭できる。
もしかしたら、彼女に恋をしていたことでさえも。ある意味、恋愛の仮面を付けていたのかも。
心から。心から彼女を愛した気になっていただけなのかもしれない。
だから、この涙はきっと、僕の本物の涙ではなくて、仮面の涙に違いない。
あぁ、そうか。今になって気づいたけど、僕はエミリアさんに母性を求めていたのか。
親の愛情に飢え、優しさに飢え、母の温もりを求めていたのか。自分でもわからない。今一度エミリアさんと会うことができれば。そうすればその答えがわかるかもしれない。
また涙が。
仮面の涙が、止め処なく溢れてくる。
この涙がせめて、僕の心の中の漆黒を。誰にも照らすことのできない暗闇を少しでも洗い流すことができたなら。
「エミリア……」
光の女の処分が終わった後、
しばらく表に出ずに待機することになったニゲル。
自分の人生を振り返り、ニゲルは涙する。




