6-1
「いらっしゃい、いらっしゃい!」
「覗いていっておくれよ、安くしとくからさ!」
露店の主人たちが威勢のいい声を張り上げている。
「そこのべっぴんさん、ちょっと見ていかないか? あんたに似合うアクセサリがたくさんあるぜ!」
突然真横から声を掛けられて、セレスティーヌは目を丸くした。
「い、いえ、結構ですわ」
慌てて答えてそこを離れると、前を行くアルフォンスに並んだ。
「市場というのは、こんなにも騒がしいものなのですか?」
「場所にもよるが、ここは賑わっているほうだな」
辺りを見渡しながらアルフォンスが答える。
「新体制が落ち着いて経済が回り始めたんだろう。聞いたところだと、建設ラッシュで木材や石材が引っ張りだこらしい。林業が盛んなこの町が賑わうのも当然かもな」
ここはクラルモ共和国の北にある町、コントロ。町の外には広大なフォグルの森があり、森を抜けたその先にはベルクール王国があった。
革命から一年。大陸初の民主主義国家を宣言したクラルモ共和国は、混乱を乗り越えて発展への道を歩み始めていた。
「市場見学は終わりにして、まずは住処を探そう」
「分かりました」
足を早めたアルフォンスに置いて行かれぬよう、セレスティーヌは歩くことに集中した。
セレスティーヌ・ド・ベルクールは死んだ。
そう偽装して追っ手から逃れた二人は、アルフォンスの判断で、西ではなく南を目指した。第三王子と合流できたとしても、そこから先の打つ手がないと考えたからだ。
それを聞いた時、セレスティーヌは色をなして反論した。
「モーリスと共に王都に行って、わたくしが父に訴えればよいではありませんか」
勢い込むセレスティーヌに、落ち着いた声でアルフォンスが質問をする。
「お前の話を聞いた王は、第二王子をどうすると思う?」
「どうするって……」
「重い罰を与えることはできない。なぜなら、お前は生きていたんだからな」
「そんな!」
気色ばむセレスティーヌを手で制してアルフォンスが続けた。
「そもそも、お前の証言以外に証拠がない。第二王子がシラを切った場合、どちらが正しいのか王には判断がつかないだろう」
セレスティーヌが絶句した。
「加えて、王は王族内の揉め事を表沙汰にしたくないと考えるはずだ。場合によっては、今回の事件はなかったことにされてしまうかもしれない。そうなれば、お前や第三王子の立場がなくなるだけじゃなく、今よりもっと不利な状況に追い込まれる可能性だってあるわけだ」
拳を振るわせるセレスティーヌをなだめるようにアルフォンスが言う。
「まずは情勢を見極めて、その上で対策を練るべきだ」
大いに不満ではあったが、セレスティーヌは反論できなかった。
こうして二人はクラルモ共和国へとやってきたのだった。
市場を離れて住宅街に入っても町には活気が溢れていた。井戸端で女たちが楽しそうに笑っているし、その回りでは子供が元気に走り回っている。
貴族を廃し、民が政治を行う。
セレスティーヌには受け入れがたい体制ではあるが、この町を見る限り、それはうまくいっているように見えた。
歩き回って探すことおよそ二時間。二人は完成したばかりの小綺麗なアパートを見付けた。
「家賃は少し高いが、まあ何とかなるだろう。さすがにお姫様をボロアパートに住まわすわけにいかないからな」
「当然です」
「だが、俺の手持ちもそうはない。お前にもしっかり働いてもらうぞ」
「それは……分かっています」
セレスティーヌが渋い顔で頷く。
ここに来る途中、セレスティーヌはアルフォンスからはっきり言われていた。
「当分の間、お前はただの一般人だ。ちょうどいいから、しばらく民と同じ生活をしてみろ」
「わたくしがですか!?」
「そうだ。自分のことは自分でする。働いて金を稼ぐ。そうやって民は生きているんだからな」
「それはそうかもしれませんが」
「民の幸せを願うというなら、民にとって幸せとは何かを知る必要があるだろう? それには民と同じ暮らしをするのが一番早い」
「……」
「どのみち金はすぐ尽きるし、俺じゃあお前の身の回りの世話はできないんだ。諦めろ」
恨めしそうなセレスティーヌを突き放すようにアルフォンスが言った。
見付けたアパートは三階建て。その二階に二人は部屋を借りた。
リビングが一つと寝室が二つ。
台所と風呂とトイレは一階にあって共用だ。不便ではあるが、水回りの設備が各階にあるのは貴族の屋敷でも珍しい。
だが、それを聞かされたセレスティーヌは信じられないという顔をした。
「お風呂が共用なのですか?」
「そうだ」
「その、お手洗いも?」
「文句を言うなよ。風呂もトイレもないアパートだってあるんだからな」
セレスティーヌの顔が不安でいっぱいになる。
「誰がお湯を沸かすのですか?」
「自分で湧かすんだ」
「誰が体を洗ってくれるのですか?」
「自分で洗うんだ」
「誰が着替えを用意してくれるのですか?」
「自分で用意するんだ」
泣きそうになりながら、セレスティーヌが最後に聞いた。
「では、お食事を作るのは……」
「それはこれから相談だ。ちなみに、俺は簡単な料理なら作れるが、お前はどうだ?」
「作れません」
「何も作れないのか?」
「当然ではないですか。わたくしは王女なのですよ? 料理などするはずがありません」
「じゃあ、一体何ができるんだ?」
「乗馬とダンスは得意です。ほかにも、刺繍はアンナに褒められたことが」
「分かった、もういい」
アルフォンスが大きくため息をつく。
「お前、ほんとに役立たずだな」
「うっ!」
世間知らずの我が儘姫は、この一言で、過去一番といっていいほど落ち込んだのだった。
アパートには備え付けの家具があったが、小物類は何もない。生活に必要なものを買い揃えると、アルフォンスが持っていたお金はほとんどなくなってしまった。
ここ数日で物の値段を知ったセレスティーヌは、アルフォンスがテーブルの上に広げた全財産を目にして衝撃を受ける。
「見ての通り、俺たちは貧乏だ。よって、明日から仕事探しを始める」
「どうやって探すのですか?」
「アパートを見付けた時と同じだ。歩き回って求人を探す」
「わたくし、家庭教師なら上手にできる自信があるのですが」
「素性の知れない人間がなれる職業じゃない。伝手がなければ無理だな」
セレスティーヌが肩を落とす。
「それと、明日からお前の名前はアンナだ。俺との関係は兄と妹。出身はこの国の南。両親が亡くなって家と土地を失ったから、故郷を捨ててこの町にやってきた。そういうことにする」
「分かりました」
「いろいろ聞かれても曖昧に答えておけ。それで大丈夫だ」
「そういうものでしょうか」
「お前の立ち居振る舞いは、どう見ても庶民とは違うからな。革命で土地を追われた元貴族だと向こうで勝手に判断してくれるさ」
「元貴族……」
セレスティーヌが顔を歪めた。
王族としてのプライドがそうさせたのだが、続くアルフォンスの言葉にセレスティーヌは顔を強張らせる。
「一年前の革命は、貴族の横暴が招いたものだ。革命後、憎悪の対象となった貴族はことごとく殺されている」
目を見開くセレスティーヌをアルフォンスが真顔で見つめた。
「今は法律で貴族狩りが禁止されているが、貴族への恨みが消えたわけではないだろう。つまり、お前に心ない言葉を浴びせたり、時には暴力を振るったりする奴がいてもおかしくないということだ」
「そんな!」
セレスティーヌの顔が青ざめていった。
「だから、なるべく大勢の人の中で働ける仕事が望ましいだろう。人の目というのは抑止力になるからな」
気休めにもならない事を言って、アルフォンスが立ち上がった。
「ということで、明日から仕事探しだ。今夜はよく眠っておけ」
パタリと閉まった部屋の扉をセレスティーヌが呆然と見つめる。
さすがの強気姫も、この夜ばかりはあまり眠ることができなかった。
翌日。
通りに出たアルフォンスが歩きながら言う。
「まずはお前の仕事を決める。俺はその後だ」
その一言で、セレスティーヌはここ数日気になっていたことを思い出した。
「そう言えば、この町の人は、あなたの瞳を見てもあまり驚きませんね」
深紅の瞳。それは、この世の終わりに現れるといわれる悪魔と同じ瞳の色。
広く伝わるこの伝承のせいで、アルフォンスも苦労してきたと聞いている。
少し考えてからアルフォンスが答えた。
「おそらく、この国が大陸の外と繋がっているからだろう」
「大陸の外?」
「この国の南には海があるからな。別の大陸の人間は、髪が赤かったり黒かったり、肌の色が黄色かったり黒かったりするらしい。瞳の色も、ブルーだけってことはないだろう」
セレスティーヌも別の大陸の人間は何度か見たことがあった。
頭に白い布を巻き、豊かな髭を蓄え、聞いたことのない言葉を話す人。
重そうな帽子を被り、やけにキラキラした服を着て、のっぺり顔で笑う人。
父や高官たちは通訳を交えて話をしていたが、セレスティーヌは何となく怖くて近付くことをしなかった。
「悪魔の伝承にしても、地域によって多少の違いがある。もしかすると、この国に伝わる悪魔の姿は違うのかもしれない」
「そうかもしれませんね」
自分の知っていることが全てではない。むしろ、自分の知らないことのほうが圧倒的に多い。
西の遠征や逃亡生活で、セレスティーヌはそれを思い知っていた。
「とは言え、この町はベルクール王国に近い。俺も気を付けることにするよ」
「それがいいですわ」
頷いたセレスティーヌが、ふいに真顔になった。
瞳の色が赤いというだけで生きづらい世界。以前はそれに疑問を抱いていなかったが、今は強い違和感を覚える。
アルフォンスが表舞台に立とうとしないのは、おそらく瞳の色が原因だ。それさえなければ、セレスティーヌが王都に戻った後も側にいてくれるのではないかと思う。
そんなことを考えていたセレスティーヌは、立ち止まったアルフォンスに気付かずぶつかってしまった。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
顔を赤くするセレスティーヌを不思議そうに見た後、アルフォンスが指をさす。
「このパン屋に求人看板が出ている。入ってみようか」
「え?」
セレスティーヌの返事も聞かずにアルフォンスが店に入っていった。心の準備ができていないセレスティーヌは、それに続くことができない。
すると、一分もしないうちにアルフォンスが出てきた。
「ちょうど客がいないから、面接をしてくれるそうだ。来い」
「今ですか!?」
「こういうのは勢いが大切なんだ。いいから来い」
「……分かりました」
こうしてセレスティーヌは、人生初の面接を受けることになった。
ところが。
「あんた、元貴族だろ。うちじゃあ働かせられないな」
顔を見た途端店主が言う。
セレスティーヌは驚くが、逆にこの言葉が闘志に火を点けた。
「それはなぜですか?」
強く店主を見つめ返す。
だが、その視線をまったく恐れずに店主が言った。
「否定しないってことは、やっぱりそうなんだな」
「そ、それは」
セレスティーヌが慌てるが、もう遅い。
「俺は貴族が嫌いだし、うちの客にも貴族嫌いは多い。あんたがいたら商売の邪魔になる。帰ってくれ」
完全なる拒否である。
悔しさで唇を震わせるセレスティーヌの横で、アルフォンスが言った。
「失礼しました。すぐに出ます」
「ちょっと!」
「いいから来い」
不満一杯のセレスティーヌの手を引いて、アルフォンスは店を出た。
「横暴です。ただ貴族だというだけで」
「その貴族が横暴の限りを尽くしたから革命が起きたんだ。昨日も言っただろ」
ぐうの音も出なかった。
肩を落とすセレスティーヌにアルフォンスが言う。
「これからは、あんなことが日常茶飯事になる。慣れるようにするんだ」
「わたくしは」
「あそこにも求人が出てる。行くぞ」
何かを言い掛けたセレスティーヌを無視して、アルフォンスはさっさと歩き出した。
仕方なくセレスティーヌもついていく。
続いて入ったのは、古着屋だった。
「あんた、元貴族のお嬢様だね」
一言も話していないのに女店主が言い当てた。
ただし、セレスティーヌは”元”ではないのだが。
先ほどで少し耐性がついたセレスティーヌは、今度は冷静に答える。
「事情があって、南の地方からこの町にやってきました。仕事を探しているのですが、このお店で働くことはできるかしら」
多少偉そうではあるが、受け答えとしては悪くない。
「あんた、働いたことはあるのかい?」
「ありませんわ」
セレスティーヌは即答。
苦笑いの店主に向かって、セレスティーヌがアピールを始める。
「ですが、問題ありません。ここにある服を売ればよいだけなのでしょう? 一日もかからずに仕事を覚えて、すぐあなたのお役に立ってみせますわ」
自信満々の言葉を聞いて、女店主が大きなため息をついた。
「やっぱり貴族のお嬢様だね。悪いけど帰っておくれ」
「え?」
驚くセレスティーヌの腕をアルフォンスが引っ張って立ち上がらせる。そして、セレスティーヌの頭をぐいっと押して無理矢理下げさせると、自身も頭を下げて言った。
「すみませんでした。あとで叱っておきますので」
「ちょっと!」
「行くぞ」
強引に店の外に連れ出されたセレスティーヌが、アルフォンスに向かって頬を膨らませる。
「一体何ですの?」
不満一杯の顔を、呆れながらアルフォンスが見た。
「ちょっとは成長したかと思ったが、根っこは世間知らずの我が儘姫のまんまだな」
「なっ!」
目を見開くセレスティーヌに、アルフォンスが諭すように言った。
「お前に王族としてのプライドがあるように、あの店主にも、古着屋としてのプライドがあるんだ」
途端、ハッとしたようにセレスティーヌが口をつぐんだ。
「たとえば、あの店主がお前に向かって”王女なんて、きれいな服を着てニコニコ笑っているだけでいいのでしょう? 私でもすぐにできます”なんて言ったらどう思う?」
セレスティーヌは馬鹿ではない。アルフォンスの言葉を聞いて、すぐ自分の過ちに気が付いた。
「わたくしは、あの店主を怒らせてしまったのですね」
「怒ったのか呆れたのかは分からんが、いずれにしても、お前と一緒に働きたいと思わなかったのは確かだな」
うつむいて拳を握るセレスティーヌの頭を、アルフォンスがポンと叩く。
「王女だろうと民だろうと関係ない。相手を尊敬できない奴は、相手からも尊敬されない。覚えておけ」
セレスティーヌが小さく頷いた。
それを見て、アルフォンスが微笑んだ。
「落ち込んでいる場合じゃないぞ。さあ、次だ」
歩き出したアルフォンスをセレスティーヌが力なく追う。
世間知らずの我が儘姫の就職活動は、ほろ苦いスタートとなったのだった。




