5-4
軍議の翌朝、セレスティーヌは騒がしい物音で目を覚ました。
「おはようございます」
声を掛けてきたオレリアにセレスティーヌが聞く。
「何かあったのですか?」
「ユベール殿下が出陣なさるそうです」
「出陣!?」
セレスティーヌが飛び起きた。
「農民が攻め寄せて来たのですか?」
「そうではないようですが、私も詳しいことは」
オレリアもよく分からないらしい。
急いで着替えを済ませると、セレスティーヌは天幕を出る。そこにちょうどセドリックがいた。
「何があったのですか?」
「レナルドさんが確認中です。少しお待ちください」
その言葉が終わらぬうちにレナルドがやってきた。
「申し上げます。ユベール殿下が出陣なさいました」
「なぜ兄様が?」
「農民の拠点を叩きに行くとのことです」
「拠点を叩く!?」
昨夜の軍議では何も決まっていなかったはずだ。
それなのにどうして?
「騎士団は何をしているのですか?」
「副団長がユベール殿下を止めたようですが、聞き入れられなかったようです」
恐ろしく嫌な予感がした。
絶対に良くないことが起きる。
そう直感したセレスティーヌは、強い声で言った。
「わたくしも出ます。騎士団も準備をしてください」
「危険です!」
レナルドが声を上げるが、セレスティーヌは遠く領主の屋敷を睨んで動かない。
「セドリック、馬の準備を」
「はい」
「オレリア、乗馬服に着替えます。急ぎなさい」
「はい!」
セドリックが走り出し、オレリアが天幕に駆け込んでいく。
こうなるとセレスティーヌは止められない。レナルドも副団長の元へと走った。
周囲が慌ただしく動く中、セレスティーヌは丘を下っていく軍勢を目で追った。
風にはためく軍旗の中に、ひときわ大きな赤い旗がある。そこに狂気を見た気がして、セレスティーヌはブルリと体を震わせた。
セレスティーヌに急かされて、騎士団は転がるように丘を駆け下りた。そしてユベール軍の最後尾に追い付くと、先頭の副団長が叫ぶ。
「セレスティーヌ殿下が火急の用でユベール殿下に会いにゆかれる。道を空けよ!」
振り返った兵士たちは、しかし、驚くことに道を譲ることをしなかった。それどころか、横隊を組んで完全に道を塞ぎにかかる。
「何をするか!」
副団長の声に、隊長らしき兵士が断固とした声で答えた。
「ユベール殿下のご命令です。セレスティーヌ殿下は陣にお戻りください」
兵士の首には赤い布が巻かれている。それは、ユベール直属の親衛隊の証。ユベールのみに従う、王国内でも特異な部隊だ。
第二王子と第二王女の相反する命令に挟まれて、副団長は黙ってしまった。
やり取りを聞いていたセレスティーヌが、苛立ちながら馬を進める。
「兄と至急話がしたいのです。道を空けなさい」
「なりません」
兵士はまったく動じない。
「どきなさい!」
「どきません!」
セレスティーヌの大きな声に、鬼のような形相で兵士が答えた。ほかの兵士たちも、決死の覚悟でセレスティーヌを睨んでいる。
見上げた忠誠心だが、今は厄介以外の何物でもない。
唇を噛んだセレスティーヌが、ふと真顔になって問う。
「仮に、わたくしが強引に通ろうとした場合、そなたたちはわたくしを傷付けてもよいと言われたのですか?」
「い、いえ、そこまでは」
さすがの兵士も言葉を濁した。
次の瞬間。
「ならば、押し通ります!」
セレスティーヌが馬に強く鞭を入れた。
驚いた馬が、いななきと共に走り出す。
「殿下!」
それは誰の叫びだったのか。
慌てて飛び退く兵士の間をセレスティーヌが駆け抜ける。そのまま単騎で走り続けたセレスティーヌは、ついに領主の屋敷を視界に捉えた。
しかし。
「どうして!?」
今朝丘の上から見た時には、たしかにそこに屋敷があった。
だが、今見えているのは、轟轟と燃えさかる炎の柱だ。
「何ということを!」
再び鞭を入れたセレスティーヌは、赤い軍旗目掛けて全力で駆けた。そして旗の袂で馬を飛び降りると、炎を見つめる背中に叫ぶ。
「兄様!」
鋭い声にユベールが振り向いた。
「役に立たん奴らだ。女一人止めることもできないとはな」
ユベールが苦々しげに顔を歪める。
それに構うことなくセレスティーヌが詰め寄った。
「兄様、一体何を」
震える声に、ユベールが答えた。
「見れば分かるだろう。屋敷に油を投げ込んで、火をつけたのだ」
「なぜそのようなことを」
「奴らは反乱の徒だぞ。生かしておく意味がどこにあるというのだ?」
セレスティーヌの顔から血の気が引いていく。
「ですが、伯爵のご家族が」
「領主を殺すような奴らが、その家族を生かしておくはずがない。皆とっくに死んでいるさ」
あまりの答えにセレスティーヌが息を呑んだ。
その時、風に乗って悲痛な声が聞こえてくる。
「助けてくれ!」
炎の中から人々が転がり出てきた。
それを見たユベールが、すらりとサーベルを抜き放つ。
「構え!」
「兄様!」
セレスティーヌの声を掻き消すように、ユベールの声が響いた。
「放て!」
何百という矢が一斉に放たれた。
農民たちが、次々と倒れていった。
「やめて!」
セレスティーヌがユベールの腕に縋り付く。
ユベールがまた振り向いた。
その顔を見て、セレスティーヌは思わず腕を放して後ずさる。
オレンジ色に揺れる兄の顔。
そこに浮かぶ、悪魔のようなおぞましい笑み。
巨大な火柱の近くにいるというのに、セレスティーヌの体が凍えるように震え出した。
「第二射、用意!」
それを止める勇気は、セレスティーヌになかった。
「放て!」
農民たちに矢の雨が降り注ぐ。
あまりの凄惨さに、セレスティーヌの胃が拒絶反応を起こした。
「裏門から一匹出てきたぞ。逃がすなよ」
この時のセレスティーヌは、体の奥からせり上がってくるものを堪えることだけで精一杯だった。




