5-3
「ゆっくり休ませてあげられなくてごめんなさいね」
「いいえ! お供に選んでいただいた事を光栄に思っています!」
馬車の向かいから真剣に答えるのは、メイドのオレリアだ。
西の遠征に続いての同行で、今回唯一の女性従者となる。
「ありがとう。よろしくお願いするわね」
「はい!」
熱のこもった返事を聞いて、セレスティーヌは微笑んだ。
二人を乗せた馬車は、第二王子率いる軍とともに南進していた。
三千の国軍に加えて第二王子の親衛隊が五百。セレスティーヌの護衛として騎士団が五十。セレスティーヌの従者として、オレリアとセドリック。
レナルドも同行していたが、今は騎士団の一人として隊列に加わっている。
騎士団長は、”企む者”から王族を守るため王都に残ることになった。今回は副団長が騎士の指揮を執っている。
アンナとメイド長も残してきた。二人とも年寄り扱いするような年齢ではないが、さすがに連続しての遠征は厳しい。共に行くと言い張る二人を、セレスティーヌが無理矢理説き伏せて置いてきた。
背筋を伸ばしたままのオレリアに力を抜くよう言って、セレスティーヌは窓の外に目をやった。のどかな田園風景を眺めながら、頭の中で事前に得た情報を整理していく。
過去二回と同じく、今回の反乱も農民たちによるものだ。その主張は、税を下げろというもの。
その対応を検討している最中に、とんでもない続報が王都にもたらされたのだ。
農民によって、領主が殺された
建国以来、民が領主を殺す事件は起きていない。しかも、第一報の時より反乱の規模が拡大していた。王やカリエール卿がこの反乱の対応を優先したのも頷けるというものだ。
セレスティーヌの遠征同行が決まった時、兄のユベールがセレスティーヌに言った。
「父の命だから連れて行くが、今回お前の出番はないぞ。俺が全部片付けてやるからな」
その時の兄の顔を思い出しながら、セレスティーヌが考える。
どうしたら兄様を止められるだろうか
モーリスと違って、兄は自分の言葉に耳を傾けることなどしないだろう。説得ができない以上、何とかして兄が強攻手段を取れない状況を作り出すしかない。
だが、今回はセレスティーヌの味方が少なすぎた。
何より、今回はあの男がいない。
「アルフォンス」
無意識にセレスティーヌが呟いた。
考えれば考えるほど、アルフォンスの存在の大きさを実感する。
我が儘だったセレスティーヌに味方ができたのも、西の反乱を抑えることができたのも、シャブラン公国との関係改善ができたのも、すべてアルフォンスがシナリオを示してくれたからにほかならない。
アルフォンスから無理難題が飛んで来ない。
それがとても不安だった。
アルフォンスはセレスティーヌが南に行くことを知らない。セドリックも、出発時点でアルフォンスと連絡が取れていないと言っていた。
アルフォンスを頼ることができない以上、セドリックを連れてくる意味はないのだが、それでも同行させたのは、いざという時アルフォンスと連絡が取れるかもしれないという淡い期待があったからだ。
そのセドリックとは、アルフォンスと気まずい別れ方をして以来関係がぎくしゃくしている。出発前にセドリックは十二歳になったのだが、その時も目を見ずにおめでとうと言ったのみだ。
セドリックが悪いのではない。セレスティーヌが一方的にわだかまりを抱いているだけだ。
「我ながら、情けないですわね」
小さく言って、セレスティーヌが緩く首を振る。
今は落ち込んでいる場合ではない。兄を止める方法を考えなければならないのだ。
風に揺れる小麦畑を眺めながら、セレスティーヌは表情を引き締めた。
反乱が起きたのは王国最南部、クラルモ共和国にほど近い地域だ。
クラルモ共和国は一年前の市民革命によって誕生した民主主義国家で、旧国名をボドワン王国という。ボドワン王家は、セレスティーヌの母の生家でもあった。
国境線には、フォグルの森と呼ばれる森林地帯がある。一日で抜けることが難しいほど広大な森だが、道や宿が整備されていて昔から人の行き来は盛んだ。
ゆえに、南部の民は隣国の影響を受けやすい。今回の反乱も、南の革命に刺激を受けた可能性があった。
王都を出発して十日目、遠征軍はついに反乱の起きた地域に到着した。
遠くに領主の屋敷が見える丘の上に陣を張った遠征軍は、早速その夜軍議を開く。セレスティーヌも、兄に頼み込んでそれに参加した。
斥候の報告によると、反乱軍は領主の屋敷を占領して立て籠もっているという。その数はおよそ五百だが、屋敷を襲った時の暴徒の数は一万に近かったらしい。
つまり、暴徒のほとんどは、今この瞬間、村で普通に生活をしているということになる。
出会った民が敵か味方か分からない。その中を進まなければならないという訳だ。
「この地の領主はビゼー伯爵だったな」
「そうです」
ユベールの声に参謀が答える。
伯爵の名だけは聞いたことがあったが、セレスティーヌは面識がなかった。
「ビゼー伯爵は、王国南部を束ねる盟主的存在だったはず。周辺の領主は助けに来なかったのか?」
この問いには斥候が答えた。
「配下の者の裏切りがあったようです。屋敷は一時間ともたずに陥落したと聞きました」
「裏切りとは卑劣な!」
武官の一人が吐き捨てるように言った。
「伯爵の家族はどうなった?」
「不明ですが、おそらく屋敷内に囚われているのではないかと」
「それは厄介だな」
出席者たちが顔を歪める。
「他国の兵士の姿はあったか?」
「周辺にそれらしい者はおりませんでした」
西の反乱の裏にはシャブラン公国がいた。ゆえに、今回も隣国の関与の可能性を考えておく必要はあるだろう。
ただ、建国したばかりのクラルモ共和国にそんな余裕があるのか疑問ではあるが。
斥候の報告が終わると、参加者による議論が始まった。
強硬論が大勢を占める中で、騎士団だけは対話重視の慎重論を唱える。セレスティーヌもそれに同意したかったが、まずは兄の出方を見ようと発言を控えた。兄が暴走した時、それを止められるのはセレスティーヌだけだからだ。
ところが、意外なことに、ユベールは議論の行方を大人しく見守っていた。そして最後にこう告げる。
「皆の意見は分かった。俺もよく考えてみるから、今日のところは終わりにしよう」
これで軍議はお開きとなり、参加者はそれぞれの宿営場所へ帰って行った。セレスティーヌも、レナルドと共に自分の天幕へと向かう。
前を行くレナルドが、周囲を伺いながら小声で言った。
「ユベール殿下も、ずいぶん丸くなられましたね」
どうやらセレスティーヌと同じ感想を抱いていたらしい。
「そうですわね」
セレスティーヌが答えると、レナルドが軽く首を後ろに向ける。
「人は変わるものだということを、改めて思いました」
「それは」
どういう意味かと聞こうとして、セレスティーヌは気が付いた。
わたくしのことを言っているのね
世間知らずの我が儘姫。
王国の西側を除けば、今でもセレスティーヌはそう呼ばれているに違いない。
思えば、レナルドと初めて会った時もひどいことを言ってしまったのだった。
あの時のことを、セレスティーヌはまだ謝っていない。もうずいぶん前のことではあるが、それがずっと心に引っ掛かっていた。
謝るなら、今がその時
決意を込めて拳を握った時、レナルドが足を止めて振り返る。
「私は近くの天幕におります。何かあればいつでもお呼びください」
気付くと、セレスティーヌはすでに自分の天幕の前にいた。
また機会を失ってしまった。
ため息をつき掛けたセレスティーヌは、しかし、そこで気持ちを奮い立たせる。
この先何があるか分からないのだ。
今言わないでどうするのか。
「レナルド」
セレスティーヌがレナルドを正面から見た。
「西の遠征に行く前、町にお忍びで視察に出た時、御者をしていたあなたに、わたくしはひどいことを言ってしまったことがあります」
レナルドが目を見開く。
「わたくしは、そのことをずっと謝らなければと思っていたのです。それなのに、機会を逃して今日まできてしまいました」
そう言うと、セレスティーヌは両手を前で揃えた。
「あの時、わたくしはあなたの忠義を踏みにじるようなことをしてしまいました。本当にごめんなさい」
セレスティーヌが、深く頭を下げた。
そのままレナルドの答えを待ったが、レナルドは何も言わず、動く気配すらない。
不安になって、セレスティーヌが顔を上げた。
と、同時にレナルドが膝を突いて頭を垂れた。
「殿下」
やけに重々しい声だ。
セレスティーヌの顔に緊張が走る。
そんなことは気にしないでいいとか、ありがとうございますとか、そんな言葉を予想していたのに、この反応は予想外だ。
謝罪が遅いとなじられるのだろうか。
それとも、王族が軽々しく頭を下げるなと叱られるのか。
ゴクリと唾を飲み込むセレスティーヌに、レナルドが言った。
「私は騎士です。国のため、王族のために働くことがその役目。ですが、人である以上、時に私情を抱くこともございます」
「それは、仕方ないことだと思いますが」
ますますセレスティーヌが不安になる。
「殿下のお言葉を伺って、私は、騎士にあるまじき想いを抱いてしまいました」
「あるまじき想い?」
何を言い出すのかとセレスティーヌが身構える。
その目の前で、レナルドがゆっくりと顔を上げた。
「私は、殿下のためだけにこの命を使いたい。そう思ってしまったのです」
戸惑うセレスティーヌを見上げて、レナルドが笑った。
「申し訳ありません。つまらないことを申し上げました」
笑ったまま立ち上がり、静かに敬礼をする。
「私はこれで。おやすみなさいませ」
去って行く背中を見ながら、セレスティーヌは大きく息を吐き出した。
そして、その顔に穏やかな笑みを浮かべる。
「おやすみ、レナルド」
小さく言うと、セレスティーヌは自分の天幕に入っていった。
「お帰りなさいませ」
「ただいま、オレリア」
軽やかにセレスティーヌが答える。
「何か良いことがあったのですか?」
「そうね。少しホッとしたかしら」
「?」
首を傾げるオレリアに、セレスティーヌが笑って見せた。
遠征中にセレスティーヌが見せた笑みは、これが最後となる。
世間知らずの我が儘姫は、この後、過酷な試練と向き合うことになるのだった。




