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世間知らずの我が儘姫は、強気を武器に生きていく  作者: まあく
第4章 我が儘姫、茶番を演じる
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37/48

4-8

 ギュレーロ卿が護衛に加わったこともあって、一行は何事もなくモンチェスト山脈の麓に辿り着くことができた。


「ここまでありがとうございました」

「残りの旅も、どうぞお気を付けて」


 握手を交わしてギュレーロ卿と別れると、セレスティーヌたちは山越えの道を進み始めた。

 一行は斥候を出しながら慎重に登っていく。それもあって時間は掛かったが、セレスティーヌたちは無事にモンチェスト山脈を越えることができた。

 一面緑の緩やかな下り坂を過ぎ、林の道を抜けて平地に出れば、そこはもうベルクール王国の領内だ。明日にはモーリスのいる町に到着できるだろう。

 すでに先触れは出してある。モーリスたちもセレスティーヌの帰還を待っているに違いない。


 夕食後、焚き火を囲んでお茶を飲んでいる時にレナルドが言った。


「ここまでくればもう安心です。長旅お疲れ様でした」


 それを聞いてアンナが言う。


「早くベッドで眠りたいものですわ」


 普段は無口なセドリックまでがそれに続いた。


「僕はお風呂に入りたいです」


 皆が穏やかな笑顔を浮かべている。

 その中で、セレスティーヌだけに笑みがなかった。

 アンナが心配そうに声を掛ける。


「どうかなさいましたか?」


 エスター卿の襲撃以来、セレスティーヌは考え込むことが多くなっていた。それにアンナは気付いていたが、襲撃の恐怖が残っているのだろうと、何も聞かずにここまで来た。

 だが、今のセレスティーヌの顔に浮かんでいるのは、恐怖ではない別の何かだ。


「何か心配なことでも」


 聞かれたセレスティーヌが、焚き火を見つめながら言った。


「わたくしは、我が国の民に歓迎されるでしょうか」

「それは、どういう……?」


 意味が分からずアンナが首を傾げる。

 セレスティーヌがうつむきながら答えた。


「シャブラン公国には、セレスティーヌ・ド・ベルクールとして訪問しました。そこで民と交流し、歓迎されるまでになりました。ですが、わたくしは、王女として我が国の民と交流したことがないのです」


 ハッとしたようにアンナが目を開く。

 薪をくべようとしていたレナルドの手も止まった。


 焚き火がパチンと音を立てる。

 揺れるオレンジの炎が、セレスティーヌの泣きそうな顔を映し出した。


「王国の民にとって、わたくしは世間知らずで我が儘な姫のままなのです。それは誰かが意図して流した噂なのかもしれません。ですが、少なからず、わたくしはそう噂されるだけのことをした覚えもあるのです」


 苦しそうな告白を聞いて、アンナが思わずセレスティーヌの手を握った。

 その手は驚くほど冷たかった。


「贅沢な生活をしてきました。人を罵り追い詰めました。それを改めたつもりだったのに、今回の訪問でも過ちを犯しました。そのために、多くの兵士が命を落とすことになったのです」


 そこにいる全員が目を伏せた。


「明日、町に着いた時、民はわたくしを見て何を思うでしょうか。わたくしにどんな言葉を掛けてくれるでしょうか。いいえ、言葉など掛けてはくれないかもしれません。それどころか、石を投げられてしまうかも」

「セレスティーヌ様!」


 震える肩をアンナが抱き締める。


「そのようなことはありません。大丈夫です、民はセレスティーヌ様を歓迎してくれます」


 強い声に、だがセレスティーヌは顔を上げない。


「本当に?」

「大丈夫です!」


 アンナが腕に力を込める。

 叫ぶような声を聞いて、ようやくセレスティーヌは顔を上げた。


「ごめんなさい、変なことを言ってしまいました。心配させて悪かったわ」


 自分を抱く腕にそっと手を添えて、セレスティーヌが淋しそうに微笑んだ。


「さあ、もう寝ましょう。寝不足はお肌の大敵ですわよ」


 精一杯の虚勢を張ってセレスティーヌが立ち上がる。

 誰とも目を合わせることなく天幕に向かうその姿を、三人が悔しそうに見つめていた。




 翌日。


「間もなく町に入ります。念のためキャビンの窓は閉めておかれますように」

「分かりました」


 レナルドの声でアンナが窓を閉める。昨日のセレスティーヌの話を聞いて、レナルドもアンナも慎重になっていた。

 両側の窓を閉めたアンナが、うつむくセレスティーヌに聞く。


「カーテンも閉めてよろしいですか?」

「そう、ですわね」


 力ない答えに胸を痛めながら、アンナはそっとカーテンを引いた。


 ほどなくして馬車が速度を落とす。どうやら町に入ったらしい。

 外から人の声が聞こえてきたが、何を言っているかまでは分からなかった。王室専用の馬車は、その防御力ゆえに遮音性能も高い。


 馬車は進む。不安と恐れを乗せてゆっくり進んでいく。

 ガタガタと揺れる床を見つめながら、セレスティーヌは思った。


 いっそ誰も出迎えていなければいい


 不満も憎しみも、言葉や表情に出さなければ分かることはない。誰とも顔を合わせず屋敷に入ってしまえば、何も知らずに済む。


 セレスティーヌが拳を握った。

 強く目を閉じ、一刻も早く屋敷に着けと願った。


 ふいにガタンと大きく馬車が揺れた。

 御者台のセドリックが、慌てたように背中の小窓を開けて言う。


「申し訳ありません、石を踏んでしまいました。進行には支障ありませんので、このまま……」


 説明するセドリックの声を、だがセレスティーヌは聞いていなかった。

 小窓から飛び込んできた音に反応して、セレスティーヌがカーテンをめくる。


 その目が大きく広がった。

 その目にじわりと暖かいものが溢れていった。

 慌ててそれを拭い、改めて外を見たセレスティーヌが、突然大きな声を上げる。


「馬車を止めて!」


 驚いてセドリックが手綱を引いた。

 悲鳴を上げるアンナにごめんなさいと謝ると、セレスティーヌは扉を開けて外へ飛び出していく。


 ドレスを翻してセレスティーヌは走った。

 その先にいるのは、一人の少女。


 駆け寄ってきたセレスティーヌを見て少女が驚いた。


「お姉ちゃん?」


 目を丸くする少女の前に、セレスティーヌが膝を付く。

 そして、少女を強く抱き締めながら、大きな声で言った。


「ただいま、フラビィ!」


 びっくりしたフラビィが、次の瞬間、無邪気に答えた。


「お帰りなさい、お姉ちゃん!」


 笑うフラビィの隣でジルが腰を抜かす。


「あ、あんたは!?」


 それを見たセレスティーヌが、楽しそうに笑った。


「ごめんなさい。わたくしの名前、アンナではございませんの」


 ジルの口があんぐりと開いた。

 周りの人たちが呆然とした。

 静まり返った群衆が、やがて声を上げ始める。


「セレスティーヌ殿下、万歳」


 波が周囲に広がっていく。


「王国万歳」

「セレスティーヌ殿下万歳!」


 立ち上がったセレスティーヌがフラビィを抱き上げた。

 フラヴィを抱いたまま、大きく手を振って歓声に応えた。


「みんな、ただいま!」

「お帰りなさい!」


 町中の人が出迎えていた。

 町中の人が手を振っていた。

 町中の人が、笑っていた。


 セレスティーヌの視界が霞んでいく。

 嬉しくて嬉しくて、笑いながら涙をこぼす。


 世間知らずの我が儘姫は、この日初めて、民に愛されることの喜びを知ったのだった。




 第四章 了

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です(^^) セレスティーヌ様が民に受け入れてもらえるかを気にするのは、改めて民がそれぞれの心を持つ人間だという認識を強くしたからですよね。 以前だったら、もっと民という存在の認識はぼん…
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