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二度目の会談はとても和やかに行われた。
話し合いはスムーズに進み、以下の内容で合意がなされる。
反乱鎮圧に協力した三百の兵士に報償を与え、その功績を知らしめること。
セレスティーヌの帰路の護衛もその兵士たちが行うこと。
シャブラン公国から返礼の使者を送ること。
通商条約締結に向けて実務レベルの協議を開始すること。
セレスティーヌの茶番にシャブラン公国が乗った形だ。
「ベルクール王国に、これ以上の騒乱がないことを祈っております」
「努力いたしますわ」
含みのある言葉にセレスティーヌが笑って答える。
「すべてが落ち着いたらまたお越し下さい。その時は、殿下を正式な国賓としてお迎えいたします」
「ありがとうございます」
差し出された手をセレスティーヌが握った。
ギュレーロ卿が嬉しそうに笑った。ほかの出席者も笑った。だが、エスター卿だけは笑わなかった。
それにセレスティーヌは気付いたが、今となってはどうすることも出来なかった。
会談を終えて部屋に戻ったセレスティーヌは、お茶を飲みながらぼんやりと外を眺めていた。
そこに、セドリックがレナルドと共にやってくる。
「殿下。アルフォンスさんからの伝言をお伝えしてもよろしいでしょうか」
「またですか?」
「はい。歓迎レセプションの前に殿下にお伝えするよう言われておりました」
あの男は一体いくつの伝言を預けたのだろうか
セレスティーヌが呆れ顔でセドリックを見つめる。
「申し上げます」
セドリックが話し始めた。
「シャブラン公国では勢力同士の離合集散が日常茶飯事だ。よって、レセプションの参加者も曲者が揃っている。相手の言葉を信じるな。余計なことは言うな。絶対に約束はするな。これが一つ目です」
「なるほど」
これはいいアドバイスに思える。
会談を終えて気が緩んでいたセレスティーヌは表情を引き締めた。
「次です。会話において、太陽や月、星の運行に関する話題は避けろ。天候についても避ける方が無難だ」
「そうなのですか?」
「はい。この国で盛んな太陽信仰は、自然界の出来事を神の意向と捉えることが多いそうです。気付かぬうちに相手の機嫌を損ねてしまうかもしれないから、気を付けるようにとのことでした」
「分かりました」
セレスティーヌが頷いた。
ベルクール王国は、東西南北から様々な文化が流れ込むこともあって、国教と呼ぶべき決まった宗教がない。文化や宗教に寛容であることが王国の文化だ。
だが、寛容であることは無頓着にもつながる。会話には注意しなければならないだろう。
「次で最後です」
そう言うと、セドリックはなぜか目を伏せた。
「どうしたのですか?」
不思議そうなセレスティーヌをチラリと見たセドリックが、小さな声で言った。
「レセプションには、セドリックを連れて行け。これで伝言は終わりです」
うつむくセドリックにセレスティーヌが聞く。
「何か役割を与えられているのですか?」
セドリックが、ますます下を向いて答えた。
「いえ、何も言われてはおりません。ただ、僕はもっといろいろな経験を積むべきだとアルフォンスさんが言っていたので、その一環ではないかと」
何とも歯切れの悪い答えだが、セドリックが何かを隠している様子はない。
「分かりました。では一緒に来なさい。それからアンナ、あなたもです」
「私もですか!?」
驚くアンナにセレスティーヌが真顔で言う。
「セドリックには貴族のパーティーの経験がありません。会場での振る舞いを教えてあげてほしいのです」
「そういうことでしたら」
納得という顔でアンナが答えた。
「レナルド。あなたもわたくしの護衛として来て下さい」
「承知いたしました」
当然だとばかりにレナルドが頷く。
服装を整えるために動き出したアンナとセドリックを眺めながら、セレスティーヌは考えた。
アルフォンスは、やはりセドリックを高く評価しているらしい。
それは理解できるし、セレスティーヌもセドリックの働きを認めている。
だけど。
どうしてセドリックばかり……
モヤモヤした気持ちをごまかすように、カップのお茶を一息に飲み干して、セレスティーヌは窓の外の雲を眺めた。
急な開催だったはずなのだが、レセプションには意外なほど多くの参加者がいた。
会場に入ったセレスティーヌに、ギュレーロ卿が近付いてきて耳元で囁く。
「参加者には面倒な者もおります。何を言われても気になさいますな」
「分かりました。ありがとうございます」
短い言葉を交わしただけでギュレーロ卿は去って行った。
どうやらセレスティーヌはギュレーロ卿に気に入られたようだ。少し離れた場所からそれとなく見守ってくれている。
ほかの参加者たちは、遠巻きにこちらを見ているだけだった。
これなら何事もなく終わるかもしれない、とセレスティーヌは思ったのだが、すぐにそれが甘い考えだったことを知る。
セレスティーヌの紹介と挨拶が終わり、美しい女性たちの伝統舞踊が披露された後、レセプションは立食形式の歓談へと移った。
その途端、セレスティーヌは多くの人に囲まれることになったのだ。
「セレスティーヌ殿下、お初にお目に掛かります。私は……」
「この度はようこそシャブラン公国へ」
返事を終えた瞬間には別の人物が挨拶を始める。さすがのセレスティーヌも相手の名前を覚えることすらできない。
怒濤の連続挨拶が終わると、今度は怒濤の質問攻めが始まった。
「ベルクール王国では、女性が外交を務めることもあるのですか?」
大公にもされた質問だ。
ここでも聞かれるだろうと思っていたので、答えは用意してある。
「王族の使命は、国と民を守ること。性別など関係ありませんわ」
「それは素晴らしいお考えです」
感心する貴族の隣から、不機嫌な声がした。
「女が政治に関わるというのはどうかと思いますがな」
心の中で舌打ちしながら、セレスティーヌが笑顔を向ける。
「なぜそう思われるのですか?」
「昔から、女は男に従うものと決まっております。女が男より前に出るべきではありません」
「その決まりを作ったのはどなたなのでしょう? そして、昔というのはいつからなのでしょうか」
「それは」
言い淀む男にもう一度微笑んで、セレスティーヌが言った。
「四百年前、大陸で最大の版図を誇ったロマリオ帝国には、女帝が統治をしていた時代がありました。何かを成すために最も適した人物がたまたま女だった。そういうこともあるのではないでしょうか」
「ま、まあ、そうですな」
勢いを無くした男が目線をそらすと、今度は横から声がする。
「貴国は大陸でも有数の豊かな国。それなのに、どうして民が反乱を起こしたのでしょうか」
意地の悪い目がセレスティーヌを見つめている。
それを見つめ返したセレスティーヌが、表情を曇らせた。
「この度の反乱は、民に不当な税を課したことが発端でした。しかし、そのようなことを中央政府は指示しておりません。遺憾ながら、どこかで大きな齟齬が生じたものと思われます」
ごまかしのない正直な説明に意地悪い目が驚く。
「我が国の統治に問題があることが明らかになりました。ゆえに、第二王女のわたくしと、第三王子のモーリスが全力で対応しております」
セレスティーヌが表情を引き締める。
「二度とこのようなことのないよう、国を挙げて取り組むことを誓いますわ」
「そ、そうですか」
強い言葉に、意地悪な目も下を向いた。
これ以降も面倒な質問が続いたが、セレスティーヌは毅然と、あるいはにこやかに答えていく。
アルフォンスに言われた通り、余計なことは言わず、天候や星の話題を避けながら次々と質問を捌いていった。
やがてそれが落ち着いた頃、この日最後の、そして最悪の質問者が現れた。
「我が国の兵士に護衛をさせて、一人で呑気にここまでやってくるとは、あなたは噂通りの世間知らずな姫君なのですな」
周りにいた貴族が目を丸くするほど悪意ある言葉だ。後ろに控えていたレナルドの顔もさすがに強張る。
声の主を見れば、その目は明らかに据わっていた。顔は赤いし、何より吐く息が酒臭い。相当なペースで飲んでいたのではないだろうか。
もしかすると、今回の件で利益を逃した、あるいは損害を被った貴族なのかもしれない。
そうだとしても、あまりに非常識で理不尽過ぎる。以前のセレスティーヌなら完膚なきまで叩きのめしたところだ。
しかし、セレスティーヌは失敗したばかり。同じ轍は絶対に踏んではならない。
睨み付けたくなる衝動を堪え、辛辣な言葉をぐっと飲み込んで、セレスティーヌは見事なまでの笑顔を作った。
「シャブラン公国の民は穏やかで争いを好まないと伺っておりましたが、道中でお会いした皆さんも、護衛をしてくださった兵士の皆さんも、本当に親切な方ばかりでした。貴国は、女性が単身で訪れても危険を感じることのない素晴らしい国ですね」
敵意を好意で返されて、男が目を見開く。
「特に、女性に対する男性の態度には感銘を受けるばかりです。とても誠実で紳士的。我が国の男性も見習うべきだと思いますわ」
「な、何を」
酔った頭が混乱し始めた。
口を半開きにする男に、セレスティーヌが一歩近付く。
「ところで、内陸育ちのわたくしは驚いたのですが、この国では、お魚を生のまま食することがあると聞きました。それは本当なのですか?」
「まあ、そうですな」
「やはりそうなのですね!」
セレスティーヌが感嘆の声を上げた。
「お勧めのお料理はありますでしょうか。わたくし、ぜひ食してみたいと思うのですが」
「ど、どうしてわしが」
「教えて下さらないのですか?」
「いや、そういうことでは」
困惑する男を、セレスティーヌが間近で見つめる。
「この中にも、生のお魚を使った料理があるのでしょう? よろしければ、わたくしに教えて下さいませ」
会場を見渡したセレスティーヌが、男の隣にするりと立った。
そして、可愛らしい顔で男を見上げる。
「エスコート、していただけますか?」
透き通るサファイアの瞳が男を見つめた。
「いや、わしは」
「お願いできませんか?」
「その」
セレスティーヌが体を寄せる。
「ぜひ、お願いいたします」
「で、では」
「ありがとうございます!」
セレスティーヌが男の右腕に手を添えた。
慌てて背筋を伸ばした男が、セレスティーヌの半歩先を歩き出す。そして料理の一つを手で示した。
「生の魚が初めてであれば、最初にお勧めするのは」
男の説明を聞きながら、セレスティーヌは背後の会話に注意を向ける。
「誰だ、あれを世間知らずの我が儘姫とか言ってた奴は」
「まったくだ。あれほどしたたかな姫は見たことがないぞ」
「あの美しさであの賢さ。王国はとんでもない切り札を隠していたな」
「悪いが、私は和平派に回らせてもらうよ」
「エスター卿も終わりだな」
料理の説明をする男に頷きながら、胸のうちでセレスティーヌはほくそ笑む。
セレスティーヌは、この後も全力で笑顔を振りまき続けた。
その様子をギュレーロ卿が満足そうに見つめていた。
こうしてセレスティーヌは、曲者揃いの歓迎レセプションを無事乗り越えたのだった。




