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会談の会場はとても小さな部屋だった。家具や装飾品は質の良いものが揃っているので、普段は応接間として使われているのかもしれない。中央に据えられた無骨なテーブルと椅子が見るからに不釣り合いだ。
セレスティーヌをどう扱うべきか迷っている。
公国の戸惑いがこの部屋に表れているかのようだった。
セレスティーヌが部屋に入ると、テーブルを囲んでいた五人の男が立ち上がった。
一番奥に大公、その両側に二人ずつ。
セレスティーヌが挨拶をし、それに大公が答えた後、大公が出席者の紹介を始めた。
順に紹介されていく中で、セレスティーヌは白髪の痩せた老人に注目する。大公の外戚で、公国東部に領地を持つ有力貴族。隊長の言っていた、大陸進出を主張している厄介な人物、エスター卿である。
ほかの出席者が少なくとも表面上は穏やかな表情を浮かべている中で、エスター卿だけは明らかに不機嫌な顔をしていた。
まるで子供ですわね
心の中で呟きながら、セレスティーヌはエスター卿に微笑んでみせた。
紹介が終わると、大公が正面の椅子を手で示す。
「まずはお掛け下さい」
示された椅子をレナルドが引いた。
セレスティーヌがそれに座ると、レナルドは言い付け通り無表情で後ろに立つ。
男たちもそれぞれ腰を落した。
その瞬間、機先を制するようにセレスティーヌが話し出した。
「先般使者がお伝えした通り、わたくしは貴国に謝意を伝えるために参りました」
出席者たちが曖昧に頷く。
「過日の反乱を最小限の犠牲で抑えることができたのは、まさに貴国の兵士のおかげです。隣国の事だと傍観せず、そこに住まう民のために行動を起こしてくれた兵士の皆さんに、心からの敬意を表したいと思います」
道中で演説してきた内容と同じだ。
それは大公たちにも伝わっていたが、だからこそ公国側は当惑している。
「貴国の兵士と貴国に対し、我が国を代表してお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
セレスティーヌが丁寧に頭を下げた。
「いや」
「あの」
男たちの口から中途半端な言葉が漏れるが、きちんとした返答はない。
顔を上げたセレスティーヌが、混迷を深める面々をもう一度見回す。
「民の幸せを第一とするという貴国の方針が、あのように立派な者たちを育てたのでしょう。我が国も見習わなくてはなりません」
セレスティーヌが微笑んだ。
男たちも無理矢理笑ったが、その顔はどう見ても引き攣っている。
セレスティーヌが褒め称えている兵士たちは、ロベール卿と協力して第三王子を捕らえるために派遣したのだ。
ところが、その兵士たちが反乱鎮圧の協力者になっていて、セレスティーヌを護衛しながら堂々と首都に戻ってきた。
兵士が公国を裏切ったのか?
それとも、王国に脅されて協力者を演じているだけなのか?
セレスティーヌの行動も意味不明だった。
王族自らの訪問だというのに、連れてきたのはたったの三人。うち護衛と呼べるのは一人だけだ。
他国の兵士三百に囲まれて、ほとんど単身とも言える状態で、敵かもしれない国を訪れる。
じつは、本当に勘違いをしているのではないか。
じつは、国に不満があって亡命を希望しているのではないか。
じつは、密命を受けてやって来たのではないか。
様々な可能性が話し合われたが、今日まで結論は出ていない。
五人の男が見つめる先で、セレスティーヌは何も言わずに微笑んでいる。
無言という訳にもいかないので、大公がとりあえず返事をした。
「丁寧なご挨拶、痛み入ります」
軽く頭を下げ、核心を避けるよう慎重に聞いた。
「ところで、我が国では女性が使節を務めることがあまりないのですが、殿下は過去にも外交使節としてのご経験がおありなのですか?」
目的を探るための導入の問いだ。
これにセレスティーヌは即答した。
「いいえ、ございません」
「そ、そうなのですね」
大公がますます困惑する。
外交経験のない、しかも王子ではなく姫を送ってきた王国の意図がまったく分からない。
百歩譲って、王国では姫も政治に関わることがあったとしても、セレスティーヌを使者に選ぶことは絶対しないと思う。
公国に伝わっているセレスティーヌの風聞は、それはもうひどいものだった。
王族の権威を笠に着て、誰彼構わず怒鳴りつける。
苛烈な言葉で使用人を責め立て、それでも気が済まなければクビにする。ひどい場合は自死に追い込む。
金に糸目を付けず服飾品を買いまくり、贅沢三昧の生活をしている。
貴族からも民からも恨みを買っている、世間知らずの我が儘姫である。
そんな姫が一体何をしに来るのか。
堂々巡りの議論がもう何日も続いていた。
しかし。
初めてセレスティーヌを目にした男たちは、心の内で思っていた。
この姫は、もしかすると、風聞とは違うのかもしれぬ。
セレスティーヌは相変わらず微笑むのみ。
得体の知れない相手を前に、男たちは戸惑うばかりだった。
一方、セレスティーヌは冷静だった。
余計なことは言わず、相手の出方を見て、それに合わせて回答する。この数ヶ月で学んだ会話術をセレスティーヌはここでも実践していた。
ここからは各個撃破だ。一人ずつ納得させ、あるいは諦めさせて茶番に巻き込まなければならない。
沈黙に耐えかねて、ついに右手前の男が口を開いた。
「ときに、国王陛下はご壮健でいらっしゃいますでしょうか。何年か前にお目に掛かった時には、少しお風邪を召しているとおっしゃっておられましたが」
この男は王国に来たことがあるようだ。
そう言えば、挨拶の時に外務大臣をしていると言っていた。
「これは失礼いたしました。我が国にお越し頂いたことがおありなのですね」
「ええ。大公就任の折り、ご報告のために一度」
穏やかに頷いてセレスティーヌが答える。
「おかげさまで、今は健康そのものです。つい先日も、長兄に剣を突き付けて、鍛錬の成果を見せてみろと声を張り上げておりました」
外務大臣が目を丸くしたが、これはまったくの嘘である。長兄はともかく、父が剣を持つところなど見たことがない。
だが、王の健在を示すことは重要だ。公国側は、王国に反乱分子がいることを知っているのだから。
軽く笑いながら、セレスティーヌが続けて言った。
「一族揃って病気とは無縁です。それどころか、覇気がありすぎて困るくらいですわ。その影響で、わたくしも単身で他国を訪れることができるほどには逞しくなってしまいました」
「それはそれは」
中途半端な返事をして大臣が黙った。そして、そのまま背もたれに体を預ける。
次の問いはないようだ。
まずは一人
気付かれないようセレスティーヌが息を吐き出すと、今度は左手前の男が身を乗り出した。
「ベルクール王国といえば豊かで平和な国という印象がありましたが、やはり民の反乱は起きるのですな」
いよいよ揺さぶりにきたようだ。
気を引き締めながら、セレスティーヌが目を伏せる。
「恥ずかしながら、その通りです」
胸を痛めるように顔を曇らせる。
「わたくし共の未熟さ故に、忠臣だったロベール卿との間に齟齬を生じさせてしまいました。結果反乱を招き、ロベール卿まで失ってしまった。本当に情けない限りです」
悲痛な声を聞いて、男が慌てた。
「国の統治とは難しいものです。特に地方ともなれば」
取り繕うように言う男を、セレスティーヌが強く見つめる。
「国に地方も中央もございません。すべての民の幸せを願う。国を預かる者にはその心構えがなければならないと、わたくしはそう思っております」
「そ、そうですな。その通りです」
毅然とした言葉に男がまたも慌てた。
「二度と今回のような事態を起こさぬよう、現在国内すべての地域において調査が行われております。その結果を踏まえて、体制の変更や法整備が行われることになるでしょう」
これも嘘だ。そんな調査は行っていないし、たとえ行ったとしても、今の王国では結果を信用することができない。
しかし、このハッタリは利いたらしい。
「調査、ですか?」
男の目が不安に揺れた。
王国内の反乱分子があぶり出されれば、シャブラン公国の立場は一気に危うくなる。王国の政権が安定してしまったら、手が出せないどころか、逆に反撃を食らってしまうかもしれないのだ。
心配そうな顔に向かって、セレスティーヌが穏やかに言った。
「我が国の問題が片付いたら、改めて使者をお送りいたします。貴国とは末永く友好関係を結びたいと思っておりますので」
「それはありがたい……」
「コホン!」
大公が咳払いをした。
男がハッとして口を閉ざす。
失態をごまかすように奇妙な笑みを浮かべて、その男も椅子に体を預けた。
これで二人
セレスティーヌが気を引き締め直して前を向く。
残るは、大公とその両隣の二人。
大公は、咳払いをしただけでそれ以上動く気配がない。おそらく最後まで何も言わないつもりだろう。
兵士から話を聞く限り、大公は調整型の統治者なのだと思われる。武力ではなく、話術や政治力で国をまとめていく。口調や態度は穏やかだが、油断ならない人物だ。
左奥のいかつい貴族は、先ほどから太い腕を組んでセレスティーヌをじっと睨んでいる。いかにも武人というその姿はロベール卿を彷彿とさせるが、年齢はロベール卿よりだいぶ上だろう。
隣国の姫に対する態度としては無礼だが、今はそれを咎める時ではない。
この貴族も、すぐに口を開く様子はなかった。
観察を終えたセレスティーヌが右を向く。まさにそのタイミングで、そこにいた貴族が話し出した。
「先ほど殿下は国内の調査をしているとおっしゃいましたが、その結果に信憑性はあるのでしょうか」
鋭い指摘にセレスティーヌの眉がピクリと跳ねる。
「不安定な政権が発する命令にどこまで実効性があるのか、私は疑問を抱かざるを得ません。それについて、殿下はどうお考えになりますかな?」
白髪の痩せた老人。大陸進出を主張する厄介な人物、エスター卿その人が、挑むようにセレスティーヌを睨んでいた。




