4-3
セレスティーヌたちはシャブラン公国の首都を目指して行軍を続けていった。
町や村では住民たちと交流し、出迎える貴族に対しては、大勢の前で礼を述べて煙に巻いた。
時折統治者への不満を漏らす住民とも出会ったが、穏やかに笑って受け流した。
ボロボロの服を着た子供たちを見掛けた時も、見て見ぬ振りをして通り過ぎた。
ここが我が国であったなら
悔しい思いを押し殺してセレスティーヌは進んで行く。
アルフォンスの伝言がなければ、セレスティーヌはあちらこちらで施しをしていただろう。民の喜ぶ顔を見て、自分の行いに満足していたに違いない。
しかし、それは統治者の不興を買うことになる。友好関係を結ぶための旅で、反感の種を蒔いて歩くなど愚かの極みだ。
あの男は一体どこまで読んでいるのか
癪に障るが、アルフォンスの言葉は今後も蔑ろにしない方がよさそうだ。
笑顔の下に腹立たしさを隠しながら、セレスティーヌは民衆に向かって手を振り続けた。
道中、王国が派遣した使者が首都から戻ってくるところに出会った。
使者によると、大公や重臣たちは非常に困惑していたらしい。歓迎はされなかったが、さりとて冷遇された訳でもなく、セレスティーヌの到着をお待ちするという返答をもらって首都をあとにしていた。
公国はまだ答えを出していない。
つまり、それは公国と”企む者”との間に強い結び付きがある訳ではないことを示している。
セレスティーヌが公国を説得することができれば、”企む者”のシナリオを完全にひっくり返すことができるだろう。
使者を労い、それを見送りながら、セレスティーヌは改めて気を引き締めた。
一行は、首都を目指して西へと進む。
セレスティーヌの努力と随行する皆の協力もあって、一行の評判は上々だった。
噂が街道を駆け抜けた。セレスティーヌたちは行く先々で歓迎を受けた。
そうして一行は、ついにシャブラン公国の首都へと辿り着いた。
出迎えた使者に導かれて、セレスティーヌは宮殿の門をくぐる。
護衛をしてきてくれた三百の兵士たちとは、残念ながらここでお別れだ。
「無事に辿り着くことができました。本当にありがとう」
「とんでもないことでございます」
隊長が表情を引き締める。
「我々がこうして生きていられるのは、殿下のご慈悲あればこそ。お礼を申し上げなければならないのは我々でございます」
頭を下げた隊長が、続けて言う。
「よろしければ、帰路の護衛もさせていただきます」
「それは、大公のご意思次第ですけれど」
セレスティーヌが微笑んだ。
「お許しが出たら、ぜひお願いします」
「はっ!」
隊長と共に、三百の兵が揃って敬礼した。
名残惜しそうな兵士たちに背を向けて、セレスティーヌは開かれた扉をくぐっていった。
扉の内側には、驚くことに大公自身が待っていた。だが、簡単な挨拶を交わしたのみで、一行はすぐ部屋へと案内される。
隣国の王族を迎えるにしてはあまりに簡素だったが、現状を考えれば当然かもしれない。場合によっては敵同士になる可能性もある中、大公自らの出迎えは、どちらに転んでもよいようにという保険の意味合いが強いのだろう。
通された部屋で着替えを済ませると、セレスティーヌはアンナに髪を整えてもらった。
「お疲れではありませんか?」
「大丈夫です」
答えるセレスティーヌの声は、心なしか強張っている。
それにアンナが気付かぬはずがない。
「大公との会談は、明日に延期された方がよろしいのではないでしょうか」
到着したばかりだというのに、この後すぐに大公との会談が行われることになっていた。それを望んだのはセレスティーヌだ。
鏡の中の自分を見つめながらセレスティーヌが答える。
「その必要はありません。茶番の第二幕、ここが山場なのです。これを乗り越えなければ、ここまで来た意味がありません」
決意の言葉は、しかしどこか頼りない。
セレスティーヌはこれが外交デビュー。外国の要人と会ったことはあるし、舞踏会で踊ったこともあるが、それを外交経験と呼ぶには無理がある。
そもそも、ベルクール王国では王女が政治に関わることがない。セレスティーヌにとって、外交は完全に未知の領域なのだ。
会談には、大公だけでなく複数の有力貴族が同席するだろう。
百戦錬磨の男たちに、政治経験なしのセレスティーヌが一人で立ち向かわなければならないのだ。
こちらが茶番を仕掛けても、向こうが乗ってこなければそれで終わりだ。
強硬派に主導権を握られてしまったら、下手をするとその場で拘束されてしまうかもしれない。
強烈な不安と恐れ。
それを、セレスティーヌのプライドが必死に押さえ込んでいた。
そこに、セドリックがレナルドと共にやってくる。
「殿下。アルフォンスさんからの伝言をお伝えしてもよろしいでしょうか」
「まだ伝言があったのですか?」
「はい。大公との会談前に殿下にお伝えするよう言われておりました」
一度に伝えればいいものを、なぜわざわざ手間の掛かることをするのか。
気が立っていることもあって、セレスティーヌは途端に不機嫌になった。
その不機嫌な顔を怯むことなく見つめながら、セドリックが話し始めた。
「シャブラン公国は貴族の力が強い。よって、会談に出席するすべての貴族を納得させなければならない。全体に話をするのではなく、各個撃破のつもりで臨むように」
セレスティーヌが眉をひそめる。
出席者が何人いるのか分からないが、その全員と話をしなければならないということか。
「ただし、決して相手を叩きのめさないこと。人前で恥を掻かされた貴族がどういう感情を持つか、よく考えるように」
「そんなこと分かっています!」
セレスティーヌが大きな声を上げた。
ピリピリした神経を逆撫でされて、一気に感情が高ぶる。
だが、セドリックは一歩も引かなかった。
「お前はやり過ぎるところがある。ここは重要だから、胸に刻んで会談に臨むように、とのことでした」
「くっ!」
怒りをぐっと飲み込んでセレスティーヌは黙った。
少し前まで、セレスティーヌは日常的に相手を叩きのめしていた。弱いところを突き、反論の余地さえ与えず一方的に詰めていくことが当たり前だった。
結果、誰もセレスティーヌに笑顔を見せなくなった。誰も目を見てくれなくなった。
それと同じ事を他国の貴族にしたらどうなるか、今のセレスティーヌには容易に想像がついた。
「分かりました。気を付けましょう」
絞り出すようにセレスティーヌが言う。
一礼して、セドリックが次の伝言へと移った。
「今回の訪問の目的は、公国の反乱への干渉をなかったことにすること。可能なら、両国の友好条約締結に道筋をつけること。よって、公国が王国内の誰とつながっているのか探るのはやめるように」
「それは分かっています」
これには素直に頷いた。
両国に友好関係が結ばれてしまえば”企む者”は何もできなくなる。公国内で犯人捜しをして波風を立てる必要はない。
「次で最後です」
一呼吸置いたセドリックが、少し強い調子で言った。
「この会談が失敗したら、お前のことを鼻で笑ってやる」
「何ですって!?」
「ただし!」
憤怒の声に負けじと、セドリックが大きな声を上げた。
「もし成功させることができたなら、何でも一つ、お前の言うことを聞いてやる。伝言は以上です」
「な、何でも?」
予想外の言葉に、セレスティーヌの動きが止まった。
「何でも、一つ?」
目を見開いたセレスティーヌの顔に、ふと不敵な笑みが浮かんだ。
「アルフォンスは、本当に何でも言うことを聞くと言ったのですね?」
「そう言っていました」
「わたくしの言うことを、何でも一つ……」
呟いたセレスティーヌが、突然跳ねるように立ち上がった。
「いいでしょう!」
もの凄く嬉しそう声が部屋に響き渡る。
「これはチャンスですわ!」
セレスティーヌの目が爛々と輝く。
「見ていなさい、アルフォンス。その言葉、必ずや後悔させてみせますわ!」
これまでアルフォンスにはやりたい放題やられていた。馬鹿にされ、子供扱いされ続けてきた。
言葉や理屈では敵わない。もちろん腕力でも敵わない。
そのアルフォンスに、何でも言うことを聞かせることができるのだ。
これは千載一遇の好機なのではないだろうか。
全身に力が漲っていく。
背筋が自然と伸びていく。
先ほどまでの不安は完全消失。
セレスティーヌの頭脳は、会談を成功させるためにフル回転を始めた。
ストンと椅子に腰を落としたセレスティーヌが、威厳ある声で命じる。
「アンナ、髪をきつく結い直してちょうだい」
「は、はい」
「レナルド。あなたは、わたくしと共に来て、わたくしの後ろで控えていなさい。会談中、何があっても表情を変えてはなりません」
「はっ!」
「セドリック。あなたは、アンナと一緒にわたくしが戻るのを待ちなさい。何かあれば、あなたがアンナを守るのです」
「かしこまりました」
テキパキと指示を出して、セレスティーヌは鏡の中の自分を見つめる。
「これは楽しくなってきましたわ!」
おそらく本人に自覚はない。
しかし、鏡に映るその顔は、まさに悪いことを考えるいたずらっ子のそれだった。




