3-15
「何かあったのですか?」
「いいえ、何もありません」
セドリックに聞かれたセレスティーヌが素っ気なく答える。
ジルの家を出てからというもの、セレスティーヌの頬は上気したままだった。それなのに無表情を装うものだから、その顔は不自然極まりない。
荷馬車に揺られながら、セレスティーヌは自分の気持ちを持て余していた。
この町が救われたのは、あんたたちのおかげだ。本当にありがとう
これまでも人から礼を言われたことはあったが、今回ほど嬉しいと思ったことはなかった。
この違いは何だろうか。苦労の度合いなのだろうか。
考えていると益々頬が緩みそうなので、セレスティーヌは無理矢理思考を切り替える。
寺院で待っているアルフォンスと何を話すべきか。
まずはお礼ですわね
本人が表舞台に出てこない以上、表彰などはできない。だから、せめてセレスティーヌから感謝の気持ちを伝えたい。
だが、それだけでいいのだろうか。
何か報酬を与えるべきでは?
与えるとしたら、どんなものを喜ぶだろう。
アルフォンスが爵位や領地を欲しがるとは思えない。
やっぱりお金?
それも違う気がする。
考えてみると、セレスティーヌはアルフォンスのことをほとんど知らなかった。
あの男のことをもっと知らなければ。
そう思ったセレスティーヌは、向かいに座るセドリックに声を掛けた。
「セドリック。あなたは、王都を出てからずっとアルフォンスと一緒だったのですよね?」
セドリックに同行してもらったのは、アルフォンスのことを聞くためだ。
突然の問いに驚きながらも、セドリックはきちんと答えた。
「はい。反乱が収まって殿下の元に戻るまで一緒でした」
「その間、どのような話をしたのですか?」
「道中では、旅で見聞きした話や各地に伝わる神話などを聞かせてくれました。この町に着いてからは、見知らぬ土地での振る舞い方や情報の集め方などを丁寧に教えてくれました」
「なるほど」
セレスティーヌがさらに聞く。
「故郷の話などはしませんでしたか?」
「しませんでした。その話題にならないよう、アルフォンスさんが気を付けていたように思います」
相変わらず出自は分からないようだ。
「どこで知識を得たとか、誰から武術を学んだとか、そんなことも話していませんでしたか?」
「それもありません。ただ、以前も申し上げた通り、アルフォンスさんは平民の出ではないと思います。もしかすると、軍人出身なのかもしれません」
「軍人?」
「はい。今回の反乱で死者が出なかったのは、アルフォンスさんが反乱軍を指揮してシャブラン公国軍を一手に引き受けたからなのです」
「そうなのですか!?」
セレスティーヌは驚いた。反乱軍の指揮はモーリスの参謀がしたと勝手に思い込んでいたのだ。
「囮を使って敵を誘い込むと、大量の石礫で動きを止め、並べた荷車で敵を押し込んで窪地に追い落としたのです。そして、油の入った壺を投げ込んだ後、松明で回りを囲みました」
セレスティーヌが目を丸くする。
「これでシャブラン兵は戦意を失って降伏しました。一般市民しかいない反乱軍を率いてそれを成し遂げた手腕は、軍事に疎い僕でも凄いということが分かります」
普段は物静かなセドリックが興奮したように語る。
「早々にシャブラン兵を片付けた反乱軍は、モーリス殿下の軍と協力してロベール軍を包囲しました。さすがのロベール軍も一般市民には手を出しにくかったらしく、互いに牽制し合っているうちに、ロベール卿の死が伝わって戦いは終わったのです」
目を輝かせるセドリックを見ながら、セレスティーヌは考えた。
アルフォンスは本当に優秀な男のようだ。しかも、その行動は常に王国のためにある。癪ではあるが、これからもその力を借りる必要があるだろう。
「アルフォンスには、何か褒美を与える必要がありそうですね。どんな物なら喜ぶと思いますか?」
問われたセドリックが、急に難しい顔をする。
「たぶん、物やお金は受け取らないと思いますが」
しばらく考えたセドリックが、諦めたように答えた。
「申し訳ありません、分かりません」
「そうですか」
セレスティーヌが肩を落とした。
セドリックでも分からないとなると、あとは本人に聞くしかない。
そうこうしているうちに、荷馬車は寺院に到着した。
セドリックを馬車に残して、セレスティーヌはレナルドと裏の墓地へ向かう。
歩きながら、セレスティーヌは報奨のことを考え続けた。
欲しいものを聞いても、アルフォンスは答えない気がする。
物や金を欲しがらない人間というのはこういう時厄介だ。
そう言えば、子供の頃に読んだ物語にもそんな男がいた。
魔王を倒した勇者が望んだものは、土地でも爵位でも金でもなく……。
突然、セレスティーヌの頬が真っ赤に染まった。
無理です!
絶対に無理!
顔を大きく左右に振りながら、セレスティーヌが心で叫ぶ。
勇者が望んだもの。それは、姫の口づけと、姫自身。
物語は、勇者と姫が結婚するというハッピーエンドで締めくくられていた。
たしかにアルフォンスの功績は大きい。
その知恵や行動力は刮目に値するし、容貌もセレスティーヌの好みと一致する。
だが、さすがに結婚はない。
では、口づけだけなら?
そんなことを考えた自分にセレスティーヌは悶絶する。
気が付くと、セレスティーヌの歩みが遅くなっていた。
今はアルフォンスの顔を見ることができそうもない。
そんなセレスティーヌに気付くはずもなく、レナルドはどんどん歩いて行く。そして、あっという間に墓地に着いてしまった。
手紙にあった物置小屋。その前にアルフォンスがいた。
レナルドが敵意剥き出しで睨む。
その後ろでセレスティーヌがうつむく。
不思議な静寂の中、最初に声を上げたのはアルフォンスだった。
「前にも言っただろう? 人の言葉の裏は取れって」
「……はい?」
意味が分からなくて、呆けた表情でセレスティーヌが顔を上げた。
「貴様、殿下に対してその物言いは失礼であろう!」
レナルドが怒りの声を上げるが、そんなものをアルフォンスが気にするはずがない。
「覚えていないのか? 王都の宿で、一人の男の言葉を信じて行動するなんて愚かの極みだぞと言ったはずだが」
確かにそれは聞いたが、それが一体何だというのか。
「アレット嬢の件、お前は身に覚えがなかったんだろう? それなら、同僚だった二人のメイドに話を聞けば、すぐに事実かどうか分かったはずだ。お前が引きこもっていた期間がどれほど無駄だったか、お前は分かっているのか?」
責め立てられて、セレスティーヌが拳をギュッと握った。
「状況から考えて、ロベール卿は誰かにそそのかされて反乱を起こした可能性が高かった。ロベール卿に翻心を起こさせるために、アレット嬢が利用された可能性だってあったわけだ」
セレスティーヌの拳がふるふると震え出す。
「お前は、一般人じゃなくて王族なんだ。感情に流されて判断を誤るようでは、この先も」
「お黙りなさい!!!」
墓地に絶叫がこだました。
「黙って聞いていれば、好き放題言ってくれますわね! そんなに言うなら、あなたがとっとと真実を明らかにしてくれてもよかったのではなくて!?」
顔を真っ赤にしてセレスティーヌが叫んだ。
鬼気迫るその顔に向かって、アルフォンスが平然と答える。
「それは無理だろ。俺は、アレット嬢の件をセドリックから聞いて知ったんだから」
「くっ!」
これは言い返せない。
悔しそうにセレスティーヌがアルフォンスを睨んだ。
「とは言え」
ふいに、アルフォンスが真顔になった。
「俺の読みが甘かったっていうのもあるからな。そこは悪かったと思ってる」
「な、何ですか急に」
拳を下ろしたセレスティーヌに、アルフォンスが言った。
「ロベール卿の捕縛にお前を向かわせたのは、お前ならロベール卿の心を挫くことができると思ったからだ」
「心を挫く?」
「お前はジルと会っていた。密約の内容も知っていた。それはロベール卿にとって想定外のはずだ。お前の話を聞いたロベール卿は、必ず狼狽える。その隙を突けば、武勇の士であっても捕縛は可能だろう。そういう計算だった」
アルフォンスが自嘲気味に笑う。
「だが、ロベール卿はお前の話を聞いて怒り狂った。猛獣と化したロベール卿を、生きたまま捕らえることは難しかっただろう。そういう意味では、ロベール卿の命を奪ったのは俺だということも出来るわけだ」
「それはさすがに」
違うと言い掛けて、セレスティーヌは言葉を飲み込んだ。
アルフォンスの顔が驚くほど険しかったのだ。
「決断する立場にある者は、常にその結果に責任を負わなければならない。だが、どんなに覚悟していたつもりでも、結果を目の当たりにすると恐ろしさで足が震えることがある。それに耐えられないのなら、その立場を捨てなければならない。それが上に立つ者の宿命だ」
その言葉は、一体誰に向けられたものなのだろうか。
「アルフォンス」
セレスティーヌが歩み寄ろうとした、その時。
「さてと、姫様。これからの話をしようか」
いきなりアルフォンスが言った。
「これからの?」
「そうだ」
アルフォンスの顔は、いつものそれに戻っていた。
「反乱は収束したが、問題は山積みだ。その中でも早急に解決すべき問題は、隣国シャブラン公国との関係改善だろう」
「それは、たしかに」
アルフォンスが近付いてきた。
「おそらく、シャブラン公国もそそのかされて反乱に手を貸したに違いない。ところが、その反乱が失敗してしまった。今頃シャブラン公国は慌てているはずだ」
「そうでしょうね」
答えるセレスティーヌの目の前に、アルフォンスが立った。
「そこで、お前の出番だ」
「わたくしですか?」
怯むセレスティーヌにアルフォンスが言う。
「シャブラン公国を敵に回すのは愚策だ。だから、今回の件を糾弾してはいけない」
「そんなことが」
「できる。シャブラン公国が、今回の反乱鎮圧に力を貸してくれたことにしてしまえばいい」
「……は?」
セレスティーヌの口がぽっかりと開いた。
「反乱の兆しに気付いたシャブラン公国が、兵を送ってくれた。その兵と第三王子の軍が協力して反乱を鎮圧した。そういう事だ」
「そういう事だって」
疑問符だらけのセレスティーヌにお構いなくアルフォンスが説明を続ける。
「捕らえてあるシャブラン公国の兵士たちに、そういう事にするから協力してくれと頼むんだ。そして、その兵士たちと一緒に、お前がシャブラン公国に行って茶番を演じてこい」
「茶番?」
「反乱鎮圧に協力いただき感謝する。今後も両国の友好を深めていきたい。そう言ってくるんだよ」
セレスティーヌの顔から血の気が引いていった。
「わ、わたくしは外交の経験など」
「丁度いいじゃないか。いい経験だと思って頑張ってこい」
震え始めたセレスティーヌに向かって、アルフォンスがダメ押しの言葉を放つ。
「本当はお前一人で行くのが一番効果的なんだが、さすがにそれは心細いだろう。だから、護衛一人と小間使い一人、それとメイドを一人か二人連れて行くといい」
「たったそれだけですか!?」
セレスティーヌは泣きそうだ。
「あなたは一緒に来ないのですか?」
「俺はやることがあるからな」
またこのパターン!
セレスティーヌが天を仰いだ。
「こちらが先に動かなければ意味がない。すぐ先方に使いを出して……」
細かく作戦を伝えるアルフォンスを、セレスティーヌは呆然と見つめていた。




