3-14
翌日。
「アルフォンスさんから手紙を預かってまいりました」
「またですか?」
受け取った封筒をその場で開くと、セレスティーヌは便箋を広げた。
今回も内容はシンプルだった。シンプルすぎてがっかりしたほどだ。
「分かりました、と伝えなさい」
「かしこまりました」
セドリックが一礼して背を向ける。
その背中にセレスティーヌが声を掛けた。
「アレットのことをアルフォンスに伝えたのは、あなたですか?」
振り返ってセドリックが答えた。
「そうです。アンナさんから相談されたのですが、僕では何もできないと思って、アルフォンスさんに相談しました。差し出がましいことをしてしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、いいのです。反対に、あなたには感謝をしなければなりません」
セドリックが、にこりと笑って言った。
「そのお言葉は、僕よりもアンナさんに掛けるべきだと思います」
一礼して、今度こそセドリックは部屋を出て行った。
「本当にそうですわね」
セレスティーヌが立ち上がる。そしてアンナの部屋に出向くと、心から感謝の気持ちを伝えた。
涙を流すアンナを見て、セレスティーヌは改めてその愛情の深さを知る。
自分の知らないところで、自分のために動いてくれる人たちがいた。
アンナやセドリック、そしてアルフォンス。
今度ばかりは、あの男にも感謝を伝えなくては
暖かくて、ちょっとくすぐったい気持ちを感じながら、セレスティーヌは優しくアンナの肩を抱いた。
さらに翌日。
「本当に会いに行かれるのですか?」
レナルドが不満一杯の顔で言う。
「行きます」
セレスティーヌがきっぱり答える。
「かしこまりました」
仕方なく答えて、レナルドは荷馬車に繋がれた馬に鞭を入れた。
御者台に”兄”のレナルド、荷台に”妹”のセレスティーヌと、”ありふれた町の子供”セドリック。
セドリックはいなくても大丈夫だったのだが、道中で聞きたいことがあったので同行してもらった。
向かうのは、以前セドリックと待ち合わせをした南の寺院だ。ロベール邸からだと、ちょうど町を南北に縦断することになる。
町に出るのは十日ぶりだったが、その変わり様にセレスティーヌは驚いた。
たくさんの人が歩いていた。
ほとんどの店が開いていた。
道行く人たちが笑っていた。
身を乗り出すセレスティーヌに、セドリックが言う。
「差し押さえられていた家や店は、すべて持ち主に返却されたそうです。今年に限って税も免除されました。物不足はしばらく続くでしょうが、それもいずれは解消されると思います」
頷くセレスティーヌの耳に、ふと子供の声が飛び込んでくる。
「返して!」
ドキリとしてそちらを向いたセレスティーヌが、子供の一団を見付けた。
「それ私の!」
手を伸ばしていた女の子が、悲しそうに泣き出した。
「あー、泣かした!」
「泣ーかした、泣ーかした」
責め立てられた男の子が、頭を掻きながらオモチャを女の子に返す。
「ごめん」
受け取った女の子が、大きな声で言った。
「お兄ちゃんのばか!」
オモチャを抱えて女の子が駆けていく。
「待てよ!」
男の子がそれを追い掛ける。
荷台に座り直して、セレスティーヌは大きく息を吐き出した。
もう二度と子供が食べ物を奪い合う光景など見たくない。
兄妹の幸せを願いながら、セレスティーヌは晴れ渡る空を見上げた。
行き交う馬車や人を避けながら、南を目指して荷馬車は進む。
その途中、ふいにセレスティーヌが言った。
「レナルド兄様。形見の短剣はまだ持っていますか?」
「はい。あ、いや、持ってるぞ」
レナルドが慌てて答える。
形見の短剣。それは、ジルの家を探す途中で買った安物の短剣だ。変装用の鞄に入れっぱなしだったので、今日も持ってきていた。
「ジルの家に寄って下さる? 少し話がしたいと思うので」
「ジルに短剣の修理を依頼するのか?」
「そのつもりです」
首を傾げながらレナルドが聞く。
「会いに行くだけなら、今さら修理の依頼なんてしなくていいんじゃないか?」
あの短剣はジルを訪ねる口実にするために買ったもので、今となっては意味がないように思える。
不思議そうなレナルドに、セレスティーヌが答えた。
「ジルには、何か報いてあげたいのです。ですが、反乱を主導した男に報奨金を出す訳にもいきませんし、わたくしから金品を渡すのも不自然です。でも、仕事の報酬を少し多めに払うくらいなら、問題ないと思うのです」
「なるほど」
感心したようにレナルドが頷いた。
以前のセレスティーヌにはなかった気遣いだ。ジルが報酬を受け取るかどうかは別にしても、その気持ちは伝わるのではないだろうか。
微笑んだレナルドが、手綱を引いて馬首を変える。フラヴィと出会った路地を横目に見ながら、荷馬車はジルの家へと向かっていった。
家の前に着くと、以前は閉ざされていた鍛冶場の大扉が開いていた。中からは金属を叩く小気味よい音が聞こえてくる。
「セドリックはここで待っていなさい」
「かしこまりました」
荷馬車を降りたセレスティーヌは、レナルドから短剣を受け取ると扉の内側を覗き込んだ。
鍛冶場には、ハンマーを振るう短髪の男と、それを楽しそうに見ている女の子がいた。
「ごきげんよう」
セレスティーヌの声に、男が手を止めて顔を上げる。
「おぉっ!」
男が立ち上がって笑顔を浮かべた。
「お姉ちゃん!」
女の子が椅子から飛び降りて元気に駆けてくる。
「お久し振りね、フラヴィ」
膝をつき、両手を広げてセレスティーヌはフラヴィを抱き留めた。
ナイフの刃を眺めながらジルが言う。
「ひどく欠けてるな。石に擦りつけでもしたのか?」
「い、いえ、そんなことはしていないのですが」
図星を指されてセレスティーヌが狼狽えた。
「まあ、これくらいなら直せるだろう。修理は引き受けるよ」
笑うジルに、ホッとしながらセレスティーヌが言う。
「助かります。それで、報酬なのですが」
「そんなのいらないさ」
ジルが即座に答えた。
「あんたたちには世話になったんだ。せめてこれくらいのことはさせてくれ」
これにはセレスティーヌが困ってしまった。
「そういう訳にはいきません。報酬はきちんと払わなくては」
「いや、もらう訳にはいかないよ」
ジルは引き下がらないが、セレスティーヌも引き下がれない。
「仕事をする以上、きちんと報酬は受け取るべきです」
「それはできない相談だ。あんたから金はもらえない」
やり取りを眺めていたレナルドが、助け船を出した。
「では、正規の料金から少し割り引いた金額をお支払いする、ということではどうでしょうか」
ジルが渋々頷いた。
「まあ、そうだな」
セレスティーヌも渋々頷いた。
「仕方ありません」
無事に料金交渉は終わった。
ちょうどその時、フラヴィがお茶を載せたトレーを運んでくる。
「どうぞ」
「ありがとう」
皆にお茶が行き渡ったところで、セレスティーヌが聞いた。
「フラヴィ。足のケガはもう大丈夫なのですか?」
「うん、大丈夫!」
ニコニコしながらフラヴィが答えた。
フラヴィは、以前会った時とは比べものにならないほど健康そうに見えた。小柄なのは変わらないが、顔色はいいし、手足には元気が溢れている。
セレスティーヌが、今度はジルに聞く。
「町のみんなの暮らしはどうですか?」
「それなりに苦労しているが、前に比べたら天国みたいなもんだ」
ジルが笑って答えた。
「物は不足してるし物価も高いが、みんなやる気に満ちている。あんたたちを襲ったあの三人組も、道具を買い揃えて仕事を始めようとしてるよ」
「それはよかったです」
微笑んだセレスティーヌが、ふいに表情を引き締める。
「ところで」
声を落とし、言葉を選ぶように尋ねた。
「ロベール卿について、町の人たちは何と言っているでしょうか」
目を伏せるジルを見て、セレスティーヌはカップをギュッと握った。
反乱の後、第三王子モーリスの名で、領民たちに向けていくつか発表がされていた。
反乱の首謀者はロベール卿であったこと。
動機は調査中であること。
反乱に加わった領民の罪は問わないこと。
ロベール卿に対する領民の信頼は厚かった。素直に発表を受け入れられない者も相当いたに違いない。
何より、セレスティーヌがロベール卿に対して憐れみを覚えている。
領民たちに、ロベール卿を憎む気持ちを持って欲しくない。
セレスティーヌはそう思っていた。
硬い表情のセレスティーヌに、目を伏せたままジルが答えた。
「人によっていろいろだろうけど、あんまり触れたくないっていう奴が多いんじゃないかな」
「そうですか」
複雑な思いを感じ取って、セレスティーヌも視線を落とす。
「俺もいまだに信じられないし、信じたくはない。だが、ロベール卿が亡くなったことで町が元に戻ったのも事実だ。結局はそれがすべてなんだろう」
そう言うと、ジルが顔を上げた。
「何にせよ、モーリス王子には感謝だよ。それと、第二王女のセレスティーヌ様にもな」
「え?」
驚いてセレスティーヌが顔を上げた。
まん丸なその目に向かってジルが言う。
「俺たちの罪を問わないよう、第二王女が進言してくれたって聞いたぜ。それと、一年間の租税免除もな」
これは、半分本当だが、半分は嘘だ。
反乱軍の罪を問わないよう進言したことはあったが、一年間の租税免除という話はしたことがない。
「おまけに、女の身でロベール卿に立ち向かっていったんだろう? まったく大したもんだよ」
「立ち向かった!?」
これも嘘ではないが、だいぶ盛られている気がする。
こんな話が領民に伝わっているなど想像もしていなかった。
「第二王女は世間知らずの我が儘姫って話だったが、噂ってのはいい加減なもんなんだな。もし会う機会があったら、俺は心の底から謝りたいよ」
本人が目の前にいると知ったら、ジルは一体どんな顔をするだろうか。
セレスティーヌの動揺に気付くことなく、ジルは何度も感じ入ったように頷いていた。
「それはそうと、あんたたち、第三王子の関係者なんだよな」
「ど、どうなのでしょうか」
セレスティーヌがしどろもどろで答える。
「育ちは良さそうだが、さすがに貴族のお嬢様ってことはないだろう。王子御用達の商人の娘が、依頼を受けてやってきたってところか?」
残念ながら、ジルの見立てはほとんど合っていない。
セレスティーヌは王子の関係者どころの話ではなく、さらには貴族のお嬢様どころの話でもないのだから。
「いえ、わたくしはただの行商人で」
「まあ、そういうことにしておくよ」
ジルが笑う。
「何にしても、あんたたちには感謝してる。それと、あの赤い瞳の男にもな」
そう言うと、ジルが背筋を伸ばした。
「この町が救われたのは、あんたたちのおかげだ。本当にありがとう」
ジルが深く頭を下げた。
「いえ、わたくしたちは何も」
セレスティーヌが狼狽える。
それを見てレナルドが微笑んだ。
顔を上げたジルも、セレスティーヌを見て微笑んだ。
慌てているのが自分だけだと知ったセレスティーヌが、顔を真っ赤にして立ち上がる。
「では、わたくしは急いでおりますので」
「短剣は三日もあれば直るから、それ以降に来てくれ」
「分かりました」
セレスティーヌが早足で歩き出した。
レナルドが、ジルに頭を下げてそれを追った。
「あの男にもよろしく伝えてくれよな!」
「お姉ちゃん、またね!」
二人に答えることもせず、なぜか強く唇を結びながら、セレスティーヌはそそくさとジルの家を出て行った。




