3-13
アルフォンスからの手紙は、挨拶も定型句もないシンプルなものだった。
二人のメイドと話をしたが、アレット嬢の件はお前が気に病むことではないと思われる
メイドたちから話を聞け。事実を知り、真実を見極めろ
なぜアルフォンスがメイドたちと話をしたのか。
どうやって二人と会うことができたのか。
疑問はあるが、それは一旦置いておくことにする。
今重要なのは、セレスティーヌが事実を知ることだ。
手紙を読み返し、それを封筒に戻した時、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
メイド長とオレリアが扉を開けて入ってきた。
「忙しいところごめんなさい。少しお話を聞かせてほしいと思って」
二人をソファに座らせると、その正面に腰掛けてセレスティーヌが微笑む。
二人は明らかに緊張していた。経験上、セレスティーヌに呼び出されて良い事などなかったからだ。
堅い表情の二人に、セレスティーヌが努めて優しく聞いた。
「最近二人は、赤い瞳の男と会ったと思うのだけれど」
「申し訳ありませんでした!」
途端にオレリアが立ち上がって頭を下げた。
「部外者に王宮内の出来事を話したのは軽率でした。本当に申し訳ございません!」
オレリアがさらに深く頭を下げる。
メイド長も立ち上がって頭を下げた。
「私も同罪です。どのような罰もお受け致します」
その光景に、セレスティーヌは肩を落とす。
どうしても自分は相手を責めている印象を与えてしまうようだ。
「勘違いさせてしまってごめんなさい。二人を責めるつもりはないのです」
驚いて二人が顔を上げた。
「あの男は、たしかに部外者ではありますが、わたくしの知り合いです。それから、伝承の悪魔とも関係ない普通の人間です。どうか心配しないでください」
二人の顔に安堵が浮かんだ。
揃って腰を落とす二人に、セレスティーヌが改めて聞く。
「あの男とあなた方を引き合わせたのは、セドリックですか?」
「そうです」
二人が揃って頷いた。
「あの男は、二人に何を言ったのですか?」
それにはメイド長が答えた。
「王国の未来のために、教えて欲しいことがある。決して悪いようにはしないから、出来る限り正確に答えてほしい。あの方はそうおっしゃいました」
「王国の未来のため?」
アルフォンスは、この件をそれほど重要な事案だと考えているのだろうか。
目を伏せて考えていたセレスティーヌが、顔を上げて二人を見る。
「あの男と同じ質問になると思うのですが、わたくしからも聞きたいことがあります」
心臓がチクチクと痛み始めたが、それを堪えてセレスティーヌが聞いた。
「あなた方と共に働いていた、アレットというメイドについてです。半年前、わたくしがアレットをひどく叱ったことがありました。その時の様子が聞きたいのです」
二人は顔を見合わせたが、今度もメイド長が答えた。
「その出来事は覚えております。アレットが側付きになって初めての給仕で、テーブルにソースをこぼして殿下の叱責を受けておりました」
固い表情でセレスティーヌが頷く。
「その後アレットは下がり、別の者が給仕を致しました」
「その時、わたくしがアレットにどのような事を言っていたか、覚えていますか?」
セレスティーヌの声が小さく震える。
それを怪訝に思いながらも、メイド長が答えた。
「細かく覚えてはおりませんが、注意力が足りないとか、側付きとしての意識が低いとか、そういう事をおっしゃっていたと思います」
セレスティーヌが慎重に頷いた。
本当にそれだけなのであれば、叱責の言葉として普通な気がする。
だが、メイド長が表現に気を遣っている可能性はあった。
思い切って、セレスティーヌが踏み込んだ。
「わたくしは、アレットの家族や故郷のことを、馬鹿にしたり罵ったりはしていなかったでしょうか」
今回の核心である。
頬が引き攣るほど緊張した顔で、セレスティーヌは答えを待った。
記憶を辿るようにメイド長が目を伏せ、その顔を上げ、セレスティーヌの目を見てはっきり答えた。
「そのような事はおっしゃっておりませんでした」
「そ、そうなのですか?」
セレスティーヌが食い入るようにメイド長を見つめる。
それに驚きながら、メイド長が続けた。
「あの時は、私がすぐにアレットを下がらせましたので、叱責は短い時間で終わりました。その後も殿下がアレットを呼び出したことは無かったと記憶しております」
「そう、ですか」
セレスティーヌが脱力した。
しかし、すぐに姿勢を戻して質問を続ける。
「ですが、アレットはその出来事がきっかけでクビになったはずです。それを指示したのはわたくしだったと聞いたのですが」
メイド長がまた目を伏せ、そして顔を上げた。
「アレットは、自ら王宮を去ったはずです。殿下がクビにしたという記憶はございません」
「自ら去った?」
セレスティーヌが目を丸くした。
「その件は、私よりオレリアの方が詳しいと思います。オレリア、お話を」
「はい」
今度はオレリアが話し始めた。
「私とアレットは同室でしたので、よく話をしました。殿下からお叱りを受けた日も、落ち込むアレットを慰めたことを覚えています」
セレスティーヌが頷く。
「次の日アレットは休みでしたので、殿下のお側には参りませんでした。ただ、私が仕事を終えて部屋に戻ると、アレットはベッドに顔を埋めて泣いていたのです」
「泣いていた?」
「はい。詳しく話してくれなかったのですが、自分は父の名誉を穢してしまったとか、故郷に顔向けができないとか、そんなことを言っていました」
ロベール卿が言っていた事と同じだ。
しかし、それをアレットに言ったのはセレスティーヌではない。
「どんな言葉を掛けても泣き止まないので、いっそファビウス卿に相談してみたらどうかと言ったのです」
「ファビウス卿に?」
思わずセレスティーヌが顔をしかめ、慌ててそれを戻す。
ファビウス卿とは、今の財務大臣だ。
風船のような体と脂ぎった顔。そして回りくどい物言い。セレスティーヌは、この人物が生理的に嫌いだった。
「なぜファビウス卿なのですか?」
「アレットが、ファビウス卿の推薦で殿下の側付きになったからです」
驚くセレスティーヌに、オレリアがさらに思い掛けない事を言った。
「でも、アレットはすでにファビウス卿に相談した後だったらしいのです」
目を見開くセレスティーヌの前で、オレリアが残念そうに目を伏せた。
「恩を仇で返してしまった。もうファビウス卿の顔を見ることができない。そう言って、アレットはさらに激しく泣きました」
オレリアの目に涙が浮かぶ。
「一晩中泣き続けたアレットは、次の日私に言いました。側付きを辞める。王宮も出る。故郷に帰って、父や家族に謝らなければならないと」
涙を拭いて呼吸を整えると、オレリアは拳を握り締めて言った。
「アレットが病で亡くなったと聞いた時、すごく悲しい気持ちになりました。あのまま王宮に残っていれば、今でも元気でいられたんじゃないかって。私がもっと上手に話せていれば、アレットは死なずに済んだんじゃないかって」
そこまで言って、オレリアはハッとしたように顔を上げた。
「申し訳ありません、今のは余計な事でした。私の話は以上です」
前のめりだった体を元に戻して、オレリアはうつむいた。
聞き終えたセレスティーヌも、そっと体の力を抜く。
アレットに対して、セレスティーヌは家族や故郷を侮辱する言葉を言っていなかった。アレットも、落ち込んではいたものの、思い詰めるというほどではなかった。
ところが、アレットがファビウス卿に相談したことで状況が変わった。自ら王宮を去り、命を絶つほど追い詰められることになった。
ロベール卿は、セレスティーヌがアレットを追い詰めたと言っていたが、実際はそうではなかったのだ。
それが分かったところで、アレットが生き返る訳でもないしロベール卿が救われる訳でもない。
それでも、セレスティーヌの心が軽くなったのは事実だった。
よかった……
胸の内で呟いて、だがセレスティーヌはすぐに自分を戒める。
自分の言動が騒動の発端であることに違いはないのだ。
気を引き締めるセレスティーヌの耳に、ソファの軋む音が聞こえた。
見ると、二人が姿勢を正して次の質問を待っている。
思考を中断し、笑顔を浮かべてセレスティーヌが言った。
「話はよく分かりました。オレリア、ありがとう。メイド長にも手間を取らせてすみませんでした」
「いえ!」
「とんでもないことでございます」
二人も小さく笑顔を浮かべる。
「ほかにお聞きになりたいことはございますか?」
「いいえ、大丈夫です」
「かしこまりました」
礼をして二人が立ち上がる、かと思われた時、メイド長がふと言った。
「不躾な質問で恐縮なのですが」
首を傾げるセレスティーヌに、メイド長が聞いた。
「あの赤い瞳の男性は、貴族の方なのでしょうか?」
「はい?」
セレスティーヌから間抜けな声が洩れる。
意外な反応に慌てたメイド長が、言い訳のように言った。
「申し訳ありません。服装は質素だったのですが、振る舞いが非常に紳士的で、とても平民とは思えなかったものですから」
セレスティーヌが本気で驚いた。
目を丸くするセレスティーヌを見て、メイド長がますます慌てる。
「殿下の事を大変気遣っていらっしゃったので、もしかすると、王族にゆかりのある方なのかと」
「あの男が、わたくしを気遣っていた!?」
セレスティーヌの口があんぐりと開いた。
「はい。殿下は我が儘なところもあるが、その目は常に王国の未来を見据えている。困難に立ち向かう勇気と、何があっても挫けない心は尊敬に値すると思う。誤解されやすい行動を取ることもあるが、そこに悪意はない。だから、どうか皆で殿下を支えてあげてほしいと」
あまりのことに、セレスティーヌの思考は完全に止まった。
「申し訳ございません! 今申し上げたことはお忘れください。では、私たちはこれで」
隣のオレリアを無理矢理立たせ、ガバッと頭を下げると、メイド長はそそくさと歩き出した。
オレリアも急いでそれに続く。
二人が出て行った扉を、セレスティーヌはたっぷり三分は見つめていた。
やがて。
「あの男は、一体何を言って……」
呟きながらセレスティーヌが立ち上がる。
そのままスタスタと歩き出して、セレスティーヌは寝室の扉を開けた。
「いつもひどいことしか言わないくせに」
ベッドの横に立ったセレスティーヌが、衝動的に枕を取り上げる。
「いつもあんなに馬鹿にしているくせに」
両手で枕を強く抱き締めて、そのままベッドに倒れ込む。
「あの男は、一体何なのですか」
ベッドに頬を押し付けながら、セレスティーヌはぶつぶつと文句を言い続けた。
しかし、その顔は、紡ぐ言葉とはまるで逆。
「何ですか、何なのですか」
セレスティーヌの口元が緩んでいく。
だんだんと顔が溶けていく。
「今度会ったら絶対に」
そう言うと、セレスティーヌは思い切りベッドに顔を埋めた。
そのまま息が苦しくなるまで埋め続けた。
この日、セレスティーヌは、夕食を取りながらずっと微笑んでいた。
二人のメイドが驚くほどたくさん食べた。
微笑みの理由を聞かれても、やっぱり微笑むのみだった。
世間知らずの我が儘姫は、この日、褒められると嬉しいということを知ったのだった。




