3-12
勝利の余韻に浸る間もなく、モーリスと参謀たちは戦後処理に忙殺されていった。
ロベール卿の親族は全員地下室に幽閉した。
配下の兵士たちは、モーリス軍のいた野営陣地に集めて沙汰を待つよう伝えた。
シャブラン公国兵は、屋敷の兵舎に閉じ込めた。
民には、備蓄を解放して食料や衣類を配った。
これらの処置を進めつつ、反乱の背景や経緯についての調査も行った。
その結果分かったことは以下の通り。
税率変更命令のサインと御璽は、精巧な模造だったこと。
王宮を訪ねたロベール卿を追い返したのは、第二王子ユベールだったこと。
ロベール卿が反乱を決意したのは、アレットの死がきっかけだったこと。
民の怒りを煽るために、ロベール卿の判断で税率を五割から六割に引き上げたこと。
ほかに、ロベール卿がどこかの密使と会っていたという証言も得られたのだが、詳しいことは分からなかった。
以上を踏まえた上で、王都に報告が行われた。
その報告には、政権中枢に”企む者”がいることを考慮して、いくつかの嘘が混じることになった。
一つ目は、アルフォンスの存在を隠したこと。
反乱以降、アルフォンスは顔も見せなければ連絡も寄越さない。反乱鎮圧の貢献者でありながら、最初から最後まで裏方に徹している。
ならば、中央にその存在を明かさない方がよいと判断した。
従って、反乱鎮圧の立役者はセレスティーヌとなった。
二つ目は、第二王子の関与を伏せたこと。
随伴した者の証言から、王子がロベール卿を追い返したことは明らかだ。しかし、王子の意図が不明である以上、現時点では反乱と結び付けることはできない。
また、もし第二王子が”企む者”本人、あるいは協力者だった場合、間違いなく警戒されてしまう。王族が黒幕だなどという想像はしたくないが、可能性は否定できなかった。
第二王子の件は、王都に戻った後、慎重に調べるべきという結論となった。
そして三つ目は、アレットの件を曖昧にしたこと。
歴史を再現しようとする”企む者”にとって、セレスティーヌは世間知らずの我が儘姫でなくてはならない。ゆえに、セレスティーヌを貶める口実を与えるべきではないという判断である。
これには、セレスティーヌが強く難色を示した。
それをごまかすことは許されない。
自分の罪は明らかにしなければならない。
しかし、国のために忍んでほしいというモーリスの説得に、結局セレスティーヌは折れた。第二王女という立場が、個人としてのセレスティーヌを押さえ込んだのだ。
こうしてモーリスたちが多忙を極めている間、セレスティーヌは部屋からほとんど出ることをしなかった。食事もあまり取らないので、日に日に顔色が悪くなっていく。
事情を知らない二人のメイドが何かと気を遣うが、セレスティーヌは寂しそうに笑うだけ。
そのやり取りを、アンナが悲しそうに見つめていた。アンナは誰かから事情を聞いたようだ。
誰よりもセレスティーヌの扱いに長けているはずのアンナが、今回ばかりはどうしていいか分からないらしく、時折部屋を訪れては他愛もない話をするのみだった。
皆がセレスティーヌを心配した。
それはセレスティーヌにも分かっていた。
しかし、セレスティーヌはどうしても気持ちを前に向けることができなかった
本音を言えば、放っておいてほしかった。
とくに、二人のメイドとは顔を合わせたくなかった。
元同僚の死の原因がセレスティーヌにあると知ったら、二人はどう思うだろうか。それを考えるだけでも恐ろしい。
ロベール卿の屋敷にいることも苦痛だった。ロベール卿やアレットの魂が屋敷内を彷徨っている気がして、一瞬たりとも落ち着かない。
アンナの気遣いですら心に届かなかった。
アンナは、セレスティーヌがメイドにひどい仕打ちをしてきたことをよく知っている。それを厳しく指摘されたこともある。
優しい言葉の裏側で、じつは愚かな主人を冷ややかに見ているのではないかと疑ってしまう。
誰とも会いたくなかった。
何もしたくなかった。
それなのに、セレスティーヌは二人のメイドに笑顔を見せた。
屋敷を出たいとも言わなかった。
ありがとうと言ってアンナに髪を梳かしてもらった。
以前のセレスティーヌなら、自分を押し殺すことなどしなかっただろう。
だが、セレスティーヌは知ってしまったのだ。
自分の我が儘が、誰かを不幸にするかもしれないということを。
不幸になった誰かが、自分の敵になるかもしれないということを。
だから、セレスティーヌは何も言わなくなった。
セレスティーヌは、皆の言うことに従うようになった。
セレスティーヌは自信を無くしていた。
セレスティーヌは、とても臆病になっていた。
そんなある日、ふいにセドリックがやってきた。
「アルフォンスさんから手紙を預かってまいりました」
「アルフォンスから?」
驚きながらセレスティーヌが封筒を受け取る。
アルフォンスと最後に会ったのは反乱前夜だ。その日から今日で一週間になる。
「今まで一体何を」
セレスティーヌが封を開けて便箋を広げた。
初めて見るアルフォンスの文字は、普段の言動からは想像できないほどきれいだった。貴族からの手紙だと言われても気付かなかったに違いない。
セレスティーヌが文字を追う。
その目が大きく広がっていく。
読み終えたセレスティーヌが、顔を上げてセドリックに言った。
「メイド長とオレリアを呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
突然の言葉に、だがセドリックは慌てることなく一礼して部屋を出て行く。
扉が閉まるのを確認したセレスティーヌは、手紙を持ったまま窓辺へと向かった。そして、閉じていたカーテンを思い切り開放する。
外は晴天だった。太陽の光が眩しくて、思わずセレスティーヌが手をかざす。
「まったく、あの男は」
呟いて、セレスティーヌは小さく微笑んだ。
それは、無理矢理でもなく作ったものでもない。
それは、間違いなく本物の微笑みだった。




