3-11
ロベール卿の死が伝わると、配下の兵士たちは全員がその矛を下ろした。
シャブラン公国の兵士たちもおとなしく降伏した。
モーリス軍と反乱軍が包囲と守備に徹した結果、敵も味方も死者は出ていない。この反乱における死者は、ロベール卿ただ一人だった。
「ロベール卿を捕らえられなかったのは残念ですが、結果としては上々ではないでしょうか」
モーリスが上機嫌でセレスティーヌに微笑む。
「これもすべて姉上のおかげです」
敬意を表してモーリスが頭を垂れた。
その言葉に、返事はない。
顔を上げたモーリスが、セレスティーヌと、後ろに控える騎士団長、レナルドの表情を見て首を傾げる。
「何かあったのですか?」
不思議そうに聞くモーリスに、騎士団長が歩み寄って小さな声で答えた。
「じつは……」
事情を聞いたモーリスが、悲しそうにセレスティーヌを見る。
ちょうどそこに兵士が一人やってきた。
「モーリス殿下、ロベール卿の屋敷の接収が終わりました。そちらに移って指揮をお執りください」
どうやらセレスティーヌを慰めている時間はなさそうだ。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、姉上も屋敷にお移りください」
それだけ言ってモーリスは馬で駆けていった。
騎士団長に促されて、セレスティーヌも力なくその後を追った。
ロベール卿の屋敷は、城と言っても過言ではないほど大きかった。西の防衛拠点でもある屋敷は、高い壁や堀こそないが、居館のほかに、物見櫓や狼煙台、厩に兵舎、食料庫に武器庫、訓練場に馬場まである。
その広い敷地の中を、人々が右往左往していた。空に黒い雲が広がってきたこともあって、皆が慌てて仕事をしている。
居館の前で馬を下りたレナルドが、セレスティーヌの下馬を手伝いながら言った。
「この様子では、殿下のお部屋の準備もまだでしょうね」
アンナと二人のメイドもこちらに向かっているはずだが、三人が到着して部屋を整えるまでは、屋敷のどこかで待つしかなさそうだ。
「そうですね」
答えたセレスティーヌがぼんやりと辺りを見渡す。その目が、兵士に連れられて歩く使用人たちを見つけた。
それに引き寄せられるように、セレスティーヌが歩き出す。
「殿下、どちらへ?」
声を掛けるレナルドを見向きもせず、セレスティーヌは真っ直ぐその集団へと向かっていった。それを慌ててレナルドと騎士団長が追っていく。
集団に近付いたセレスティーヌが、先導する兵士に聞いた。
「この者たちは、屋敷の使用人たちですか?」
「はっ、そうであります!」
驚きながら兵士が答えると、セレスティーヌは使用人たちに向き直った。
「わたくしは、王国第二王女、セレスティーヌです。どなたか、アレット嬢のお墓の場所をご存知ありませんか?」
目を丸くした使用人たちが、今度は一斉に目を伏せた。
黙ってしまった使用人たちに兵士が言う。
「殿下のお尋ねである。知っているなら答えよ」
促されて、庭師と思われる年配の男が顔を上げた。
「王女殿下は、墓の場所を知ってどうされるおつもりか」
その表情を見て、セレスティーヌが怯んだ。
答えないセレスティーヌに、低い声で庭師が言った。
「お嬢様は安らかに眠っておられる。その眠りを妨げるというのなら、わしらは絶対に墓の場所を教えることはせん」
「貴様、殿下に向かって無礼であろう!」
兵士が剣に手を掛けた。
それを、セレスティーヌが静かに止めた。
「いいのです。この者に非はありません」
兵士と、そして庭師が驚いた。
「わたくしは、決してアレット嬢の眠りを妨げるようなことは致しません。ですから、どうかお墓の場所を教えていただけないでしょうか」
真剣なセレスティーヌを見て庭師が黙った。
その顔をじっと見ていた庭師が、やがて言った。
「居館の裏に、小さな庭園がある。その奥が一族の墓所だ。アレットお嬢様の墓は、一番手前にある」
答え終わると、庭師は悲しそうにうつむいた。
「ありがとう」
礼を言って、セレスティーヌは兵士を見る。
「邪魔をしてすみませんでした」
「い、いえ」
戸惑う兵士にセレスティーヌが背を向けた。
その時、ふいに庭師の声がする。
「庭園の花壇から、マーガレットを摘んでいって下され。お嬢様の好きだった花ですじゃ」
驚いて振り向くが、庭師はすでに背を向けて歩き出していた。
「分かりました」
答えてセレスティーヌも歩き出す。
やり取りを見守っていたレナルドと騎士団長も、セレスティーヌに従って歩き出した。
居館を回り込むと、庭師の言う通り小さな庭園があった。
綺麗に整えられた庭園には、いくつもの花が咲き誇っている。その鮮やかな風景の中から、控え目に揺れる白い花を見付けると、セレスティーヌは丁寧にそれを摘んでいった。それを両手でそっと持って、庭園の奥へ進んでいく。
一族の墓所はすぐに分かった。
その一番手前、真新しい墓石の前にセレスティーヌが立つ。
アレット・ロベール
享年十五才
「十五才」
セレスティーヌが掠れた声で呟いた。
年齢を知った今も、その顔や声を思い出せない。入れ替わりの激しいメイドの顔など、セレスティーヌはほとんど覚えていなかった。
地面に両膝を突くと、セレスティーヌは白い花をそっと石の上に供えた。
そして、冷たい石に刻まれた名前を、細い指でなぞっていく。
この下にアレットが眠っている。
わずか十五でこの世を去った少女。
セレスティーヌの言葉によって命を絶った少女が眠っているのだ。
ふいに小さな声がした。
「ごめんなさい」
震える声がした。
「ごめんなさい」
墓石にポトリと雫が落ちる。
続いて一つ。
また、一つ。
「ごめんなさい」
騎士団長が目を閉じた。
「ごめんなさい」
レナルドが膝を折って頭を垂れた。
「ごめんなさい」
セレスティーヌの体が崩れ落ちる。
罪の重さに耐え切れず、墓石に額を押し当てる。
曇天の空も泣き出した。
雫が墓石を濡らしていく。
それでもセレスティーヌは動かなかった。
「ごめんなさい」
謝罪の言葉は続いた。
「ごめんなさい」
後悔の言葉は続いた。
雨がセレスティーヌを打ち続けた。
墓石に向かってセレスティーヌが謝り続けた。
世間知らずの我が儘姫は、この日、取り返しの付かないことがあるのだということを、心の底から思い知ったのだった。




