3-10
藪から飛び出した騎士団は、こちらも二手に分かれて動いた。
騎兵が素早くロベール卿を包囲する。
歩兵が橋を閉鎖して敵の合流を防ぐ。
包囲と分断に成功したことを確認すると、騎士団長が兵士に命じた。
「狼煙を上げよ!」
「はっ!」
上り始めた煙を背にして、騎士団長が大きな声で名乗りを上げる。
「我が名はマクシム・ドーヴェルニュ。ロベール卿、主命により貴殿を連行しに参った。おとなしく馬を下りて縄に掛かり給え!」
王国騎士団長、マクシム・ドーヴェルニュ。その名は国内にあまねく知れ渡っている。
ひるがえる騎士団の旗を見て、敵の兵士が動揺した。
そこに、凄みのある太い声がする。
「わしを捕らえるというのなら、まずはその罪状を述べよ!」
建国以来、西の国境を守り続けてきた実力と誇り。王国きっての勇猛な戦士が、真正面から騎士団長を睨みつけた。
その声と姿が、兵士たちの動揺を瞬時に鎮めてしまう。
武器を構え直して、兵士たちも騎士団長を睨み付けた。
強烈な覇気を意地で押し返しながら、騎士団長が答える。
「貴殿には、此度の反乱を扇動した疑いが持たれている。身に覚えがないというのなら、裁きの場でそれを証明されるがよい!」
こちらも堂々とした返答だ。
一歩も引かないその姿勢に、騎士団の士気も上がっていった。
勇猛な戦士と騎士団長が睨み合う。
互いの部下が武器を握り締める。
緊迫した空気の中、ふいにロベール卿が聞いた。
「先ほど貴様は、”主命により”と申したが、一体誰から命を受けたのだ?」
不意打ちのような質問に、騎士団長は即答できなかった。
やや間を空けて、騎士団長が答える。
「王国第二王女、セレスティーヌ殿下だ」
すると。
「セレスティーヌだと?」
ロベール卿が吐き捨てるように言った。
騎士団の前で王族を呼び捨てにするなど、正気の沙汰ではない。それだけで十分罪に値する。
「ロベール卿、今の発言は王族に対する」
言い掛けた騎士団長が、思わず途中で言葉を止めた。
ロベール卿の顔が豹変していたのだ。
「あの我が儘姫が、一体何を知っているというのだ?」
得体の知れない負の感情を纏ったロベール卿が、騎士団長を鋭く見る。
「騎士団というのは、あんな小娘の一言で動くのか? あの世間知らずのために、その力を振るうというのか?」
不敬罪どころではない。下手をすれば首が飛びかねない言葉を平然と口にする。
「あの小娘は、何を根拠に命を下したのだ?」
低い声が問うた。
「さあ答えよ。あの小娘は、一体何を根拠にわしを捕らえよと言ったのか!」
鬼のような形相でロベール卿が叫んだ。
その問いに答える準備が、騎士団長にはなかった。仮にあったとしても、今のロベール卿を前にして、冷静に答えられる者などいないだろう。
「どうした? なぜ答えない」
ロベール卿があざ笑う。
「どうせ根拠などないのであろう?」
冷ややかな視線を騎士団長に向ける。
「あの小娘はいつもそうだ。自分の気分次第で、人の誇りまで」
見下すようにロベール卿が言った、その時。
「ずいぶんと侮られたものですわね」
突然女の声がした。
驚くロベール卿の目の前に、騎乗の美しい姫が現れる。
「根拠がない? では、わたくしがこの目で見て、この耳で聞いたことはすべて幻だったというのでしょうか」
ブロンドの髪が風に揺れる。
サファイアの瞳が正面を見据える。
ロベール卿が、思わず呟いた。
「セレスティーヌ、殿下」
生まれながらに持つ威厳。それがロベール卿の猛りさえも削いでいく。
セレスティーヌが、馬を進めて騎士団長の隣に並んだ。
ロベール卿が、馬を一歩下がらせた。
怯むロベール卿に向かって、セレスティーヌが聞いた。
「貴公は、ジルという鍛冶師をご存知ありませんか? 筋肉質の逞しい男で、フラヴィという可愛い女の子の父親です。反乱軍のリーダーであるこの男と、貴公の使いが頻繁に会っていたはずですが」
まるでその目で見てきたかのような言葉に、ロベール卿が目を丸くする。
「少し前から、西の砦跡に三百ほどの兵がいたことはご存知ありませんか? その兵士たちは、日の出と日の入りに合わせて太陽を崇めておりました。これは、シャブラン公国に広く伝わる太陽信仰の礼拝方式です。貴公の使いは、その兵士たちともよく話をしていたようですね」
またもや詳細な説明に、ロベール卿の口が半開きのまま閉じなくなる。
「それらについて貴公に詳しく聞いてみたいところですが、そもそも貴公は、なぜこのような場所にいるのですか? 国境に現れたシャブラン公国軍を迎え撃つため、西に向かったと聞いたのですが」
「それは」
言い淀むロベール卿に、セレスティーヌが畳み掛けた。
「貴公の描いたシナリオはこうです。反乱軍と対峙するモーリス軍を、貴公の軍とシャブラン公国軍が両側から挟撃する。三方から一斉に攻めれば、モーリス軍は無理をせずに撤退を始めるだろう。この時、最初にモーリスを逃がすはず。数騎か、多くても十騎程度の兵とともに、モーリスはこの街道へとやってくる。それを待ち伏せして、この橋を渡った直後に護衛を分断してモーリスを捕らえる」
おそらく図星だったのだろう。
ロベール卿の唇がわなわなと震え出した。
「先ほど上げた狼煙は、貴公がここに現れたという信号です。今頃は、反乱軍とモーリス軍が協力して貴公配下の兵士を退けつつ、シャブラン公国兵を包囲、捕縛に掛かっていることでしょう」
「反乱軍とモーリス軍が、協力?」
声を震わせるロベール卿に、セレスティーヌが答えた。
「わたくしが反乱軍を説得しました。民衆は、あなたより王国を選んだのです」
「!?」
予想だにしない答えを聞いて、ロベール卿が絶句した。
「彼らも馬鹿ではないのです。貴公の言動の矛盾を指摘し、反乱を起こすことの危険性を説明したら、わたくしに協力することを申し出てくれました」
ロベール卿が、信じられないという目でセレスティーヌを見た。
完全に言葉を失ったロベール卿に、セレスティーヌが聞く。
「なぜ貴公はこのような暴挙に出たのですか? 政権に不満があるのなら、わたくしがこの場でお話を」
その、直後。
「ふざけるな!」
とんでもなく大きな声でロベール卿が叫んだ。
「この国は腐っている! その中心にいるのがセレスティーヌ、貴様だろうが!」
驚くセレスティーヌにロベール卿が吠えた。
「税率を五割に引き上げておいて、さらに賄賂を要求する。王族と官僚が私腹を肥やすために、一体どれほどの民が苦しんでいるか分かっているのか!」
「な、何を言っているのですか。税率を五割にしろなどという王命は」
言い掛けたセレスティーヌをロベール卿が睨みつけた。
「財務省の役人が、正式な書類を持ってやって来たのだぞ? 書類には国王のサインがあった。御璽も押されていた。あれが偽物だというのなら、国王自身が偽物ということになるのではないのか?」
今度はセレスティーヌが目を丸くした。
「わしは、窮状を訴えるために王都に出向いたのだ。だが、王はおろか、宰相にすら会えなかった。王宮に入ることも出来ず、手紙を預けることさえ出来なかったのだ」
驚きと混乱の中で、セレスティーヌは必死に考えた。
ロベール卿は国にとっても重要な人物だ。そのロベール卿が王宮に入ることすら出来なかった。そんなことを指示できる者は、王国内でも限られている。
「一体誰が」
小さなつぶやきは、しかしロベール卿の声で掻き消された。
「この国は腐っているのだ。その象徴がセレスティーヌ、貴様だ!」
理不尽な言葉に、セレスティーヌが強く反論した。
「何を根拠にそのようなことを申されるのか!」
負けず嫌いが頭をもたげる。
鬼の形相のロベール卿を、負けじとセレスティーヌが睨み返した。
その耳に、思ってもみなかった言葉が飛び込んでくる。
「貴様は、我が娘を殺したではないか!」
「わたくしが、いつ貴公のご息女を」
身に覚えなどあるはずがない。
しかし、ロベール卿の憎しみに満ちた顔はとても演技とは思えなかった。
弱々しいセレスティーヌの声に、怒りの声が答える。
「半年前まで、貴様の側付メイドに、アレットという娘がいたはずだ」
「アレット?」
思い出そうとするが、まったく思い出せない。というより、最近までセレスティーヌはメイドの名前を知ろうとしたことがなかった。
「その娘を、貴様は罵倒した。ソースをテーブルにこぼしたというただそれだけの事で、長時間にわたって罵詈雑言を浴びせた上、その娘をクビにしたのだ!」
セレスティーヌの心臓がドクンと強く脈打った。
たしかに以前、ソースをこぼしたメイドを叱り付けた覚えがあったからだ。
その日、セレスティーヌは朝から機嫌が悪かった。だから、昼食の給仕がうまくできなかったメイドに怒りをぶつけた。
詳しいことは覚えていない。だが、おそらく散々罵った上で、最後にクビを宣告したのだろう。
半年前まで、それはセレスティーヌにとって日常茶飯事だった。
「わたくしは」
動揺するセレスティーヌにロベール卿が迫る。
「王都から戻ったアレットは、泣きながらわしに謝った。自分は父の名誉を穢してしまった。ロベールの名を地に落としてしまったと」
「どうしてそこまで」
「貴様が言ったのであろう! 給仕もろくにできない娘を育てた親など大した人間ではないと! そんな娘が育った土地など、賤しくて愚かな者しかおらぬのであろうと!」
絶叫がこだました。
「娘は泣いていた。娘は謝っていた。そして娘は、自ら命を絶ったのだ」
ロベール卿の目に涙が溢れる。
「遺書には詫びの言葉しかなかった。それを見て、わしは泣いた。妻はその日から床に伏せるようになった」
セレスティーヌの体が震え始める。
「アレットを王都に行かせたのは、花嫁修業のつもりだった。だが、王都に行かせたわしが間違っていたのだ。あんなところに娘を行かせなければよかった。貴様の元になど、娘を行かせなければよかったのだ!」
悲痛な叫びが響き渡った。
強烈な怒りと悲しみに、周囲の空気が震えた。
「貴様が悪の元凶なのだ」
どす黒い感情が膨れ上がっていく。
「貴様さえいなければ、娘は死なずに済んだのだ!」
激情に支配されたロベール卿が、剣を抜いた。
「貴様など、この世からいなくなればよいのだ!」
ロベール卿が馬の腹を蹴った。
「死ねぇぇ!」
馬が突進する。
鬼が剣を振り上げる。
自分を殺しに来るロベール卿を、セレスティーヌはただ呆然と眺めていた。
怖いとか逃げなければとか、そんな思いはまったくない。
ロベール卿には、自分を殺す権利がある
セレスティーヌが目を閉じた。
セレスティーヌが、覚悟を決めた。
その時。
「殿下!」
ロベール卿の大剣を、一人の騎士が剣で受け止めた。
驚いて目を開けたセレスティーヌの目の前に、レナルドがいた。
馬ごとぶつかってロベール卿を退けたレナルドが、振り返ってセレスティーヌを怒鳴りつける。
「あなたは、こんなところで死んでいい人ではない!」
直後、騎士団長がセレスティーヌの馬の手綱を握った。
「殿下、下がって下さい!」
騎士団長に引かれてセレスティーヌが下がっていく。
「殿下をお守りしろ!」
騎兵が一斉に壁を作った。
「逃がさん、逃がさんぞ、セレスティーーーヌ!!!」
怒りの雄叫びは、しかしセレスティーヌを傷付けることはなかった。
鬼の前に、精鋭騎兵が立ち塞がる。
がむしゃらな突進を、鍛え抜かれた馬術が防いでいく。
怒鳴り声と剣戟の音が響き渡った。
馬と人が目を血走らせてぶつかり合った。
やがて音が止んだ。
この日、西の国境を守り続けてきた武人が、セレスティーヌの名を叫びながら、その生涯を閉じた。




