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世間知らずの我が儘姫は、強気を武器に生きていく  作者: まあく
第3章 我が儘姫、西へ行く
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21/48

3-9

「あんたは!」


 ジルの声に、深紅の瞳が答えた。


「約束通り、戻ってきたぜ」


 途端に店中から怒号が飛ぶ。


「ふざけるな!」

「部外者はひっこんでろ!」


 剥き出しの敵意を受けた男は、しかしそれをまったく意に介することなく歩き出した。

 一触即発。間違いなく誰かが殴り掛かっていくに違いない。

 そう思われたのだが、男の前に立ち塞がる者はいなかった。それどころか、道を空けるように全員が脇へと避けていく。

 まったく抵抗を受けることなく、男はセレスティーヌの前までやってきた。

 その目の前に、険しい顔でレナルドが立ち塞がる。


「止まれ!」


 短剣を突き付けながら、レナルドが男を睨み付けた。

 だが、それすら気に留めずに、男はセレスティーヌに笑いかける。

 その笑顔に向かってセレスティーヌは……。


「この役立たず!」


 思い切り怒りをぶつけた。


「今までどこに行っていたのですか!」


 顔を真っ赤にして怒る。

 その反応が予想外だったのか、男は慌てた。


「ちょ、ちょっと落ち着け」

「わたくしは落ち着いています!」


 とても落ち着いているとは思えない顔で、セレスティーヌが男に詰め寄った。

 全員が呆気にとられる中、ジルが遠慮がちに聞く。


「あんたたち、知り合いだったのか?」


 セレスティーヌがジルをキッと睨んだ。

 ジルが怯んで後ずさる。

 それを見て、さすがのセレスティーヌも気が付いた。今のは完全に八つ当たりだ。

 セレスティーヌの気勢が削がれたその機を逃さず、アルフォンスが言った。


「とりあえず、お前への説明は後だ。今は黙って見ていろ」


 相変わらずの不敬な態度に腹が立ったが、それを堪えてセレスティーヌは口を結ぶ。

 そんなセレスティーヌに小さく微笑むと、表情を引き締めて、アルフォンスは向きを変えた。


「俺とこいつの関係や、俺たちが何者なのかは後で説明する。まずは俺の話を聞いてくれ」


 こいつ呼ばわりされたセレスティーヌが不愉快そうに顔を歪めるが、声を上げることはしなかった。


「さっきまでのこいつの話を聞いて、みんなはどう思った? 何か矛盾はあったか? 嘘をついている様子はあったか?」


 どうやらアルフォンスは最初から話を聞いていたらしい。

 それを知って余計に腹が立ったが、ここもセレスティーヌは我慢した。


「俺が前に言った通り、今回の反乱には裏がある。その証拠を俺は掴んできた」

「証拠だと?」


 驚く男たちを見渡した後、ジルに向かってアルフォンスが言った。


「あんた、ロベール卿の使いと会ってたよな」

「あ、ああ」

「そいつを尾行してみたんだ。そいつが向かったのは、ここから西にある砦跡だった」

「砦跡?」


 首を傾げるジルに、アルフォンスが驚くべきことを言った。


「そこにいたのは、ロベール軍に偽装した、シャブラン公国の兵士だったんだよ」

「なにっ!」


 男たちが一斉に声を上げた。


「日の出と日の入りに合わせて、全員が跪いて太陽を崇めていた。あれは、シャブラン公国特有の太陽信仰だ」

「そんな」


 一人が呆然と呟く。


「数は約三百。ロベール卿の使いは、そこの隊長らしき男と打ち合わせをしていた。ロベール卿は、シャブラン公国と通じているんだよ」


 男たちが言葉を失う。


「ロベール卿の真意を確かめる必要がある。それをしないまま反乱を起こせば、馬鹿を見るのは領民たちだ」

「じ、じゃあ、今からご領主様の屋敷に行って」

「それはやめておけ」


 弱々しいジルの声をアルフォンスが遮った。


「向こうは反乱を起こす気満々なんだ。下手をすると、お前が殺されるぞ」


 目を見開くジルに、アルフォンスが言う。


「ロベール卿は、この反乱に強い意志を持って臨んでいる。そんな相手に真意を語らせるには、それなりの工夫が必要だ」

「それは、どうやって?」

「第三王子に頼むのさ」

「そんなこと出来るのか!?」

「出来る。俺たちは、第三王子から依頼されてこの地の調査をしていたんだからな」


 男たちが目を見開いた。

 セレスティーヌも目を丸くした。

 何かを言いたげなセレスティーヌを目で押さえ、アルフォンスがジルに向き直る。


「明日の反乱計画を具体的に教えてくれ。それをもとに作戦を考える」


 アルフォンスが真剣にジルを見た。

 ジルが躊躇い、みんなを見回し、そしてアルフォンスを見る。


「分かった」


 覚悟を決めて、ジルが明日の計画を語った。


 すべてを聞き終えたアルフォンスが、しばらく考えてから言う。


「やはり、ロベール卿を捕らえて第三王子のもとに連れて行くのが一番手っ取り早いな」


 とんでもなく不遜な事を言っているが、それを指摘する者はいなかった。


「なるべく犠牲を出さず、さらにシャブラン公国との間に禍根を残さないためには……」


 アルフォンスが作戦を伝えた。

 聞き終えた男たちが、互いに顔を見合わせた。


「時間がない。やるかやらないか、今のこの場で決めてくれ」


 決断を迫られて、男たちが視線を落とす。

 急転直下の展開に全員が戸惑っていた。だが、予定通り反乱を起こすべきだと言う者は、一人もいなかった。


「やろう」


 一人が言った。


「そうだな、やるしかないな」


 別の男が言った。

 全員が顔を上げたことを確認すると、アルフォンスがジルに言う。


「住民たちに状況が変わったことを伝える必要があるが、今夜中にできるか?」

「何とかするさ」


 ジルが答え、続いて男たちに指示を出し始める。

 男たちが動き出した。一人また一人と、夜の町へ駆け出していく。

 皆が出て行くと、アルフォンスは、くるりと向きを変えてセレスティーヌを見た。


「お前にも役割がある。失敗の許されない重要な役割だ。覚悟しとけ」

「わ、わたくしも何かするのですか?」

「当然だ」


 狼狽えるセレスティーヌに向かって、アルフォンスがにやりと笑った。




 翌日。


「不正を許すな!」

「仕事と家を返せ!」


 この日、王国の西で反乱が起きた。

 その数およそ一万人。スラムを中心に町のあちこちで声を上げた人々は、徐々にロベール卿の屋敷の周りに集結していった。

 本来なら、領主であるロベール卿がこの反乱を鎮めるべきところだ。それなのに、ロベール軍はまったく屋敷から出てこなかった。

 理由は、兵士のほとんどが不在だったためだ。

 この日の早朝、シャブラン公国軍が領内に現れたという急報を受けて、ロベール卿自ら軍を率いて国境へと向かっていた。突然の反乱に慌てた留守居役は、第三王子モーリスに救援を求める。

 要請を受けて、即座にモーリス軍は動いた。

 それを知った反乱軍は、屋敷の前から移動を開始する。

 モーリス軍一千と、反乱軍一万が町の外で対峙することになった。


 ちょうどその頃。


「本当にロベール卿は来るのでしょうか?」

「来ます」


 騎士団長に聞かれたセレスティーヌがきっぱりと答えた。

 隣に立つレナルドも、渋い顔で言う。


「あの男のことは気に入りませんが、あの男の作戦は、残念ながら理にかなっています」


 悔しそうなレナルドを見て、騎士団長が笑った。


「私もアルフォンスという男に会ってみたいものですな」

「それはお勧めしませんわ。間違いなく気分が悪くなりますから」


 セレスティーヌの言葉を聞いて、騎士団長がまた笑った。


 アルフォンスの立てた作戦は、昨夜のうちにモーリス軍と騎士団にも共有された。

 セドリックがもたらした第一報ですら驚きだったのに、さらなる驚きの事実と大胆な作戦を聞いて、モーリスも騎士団長も戸惑った。だが、セレスティーヌの”わたくしを信じてください”という言葉に、最後は二人も頷いた。


 作戦会議を終え、軽い食事と仮眠を取ったセレスティーヌは、夜明けと共に騎士団に守られて移動を開始した。

 身に纏うのは、女性用に作られた乗馬服。貴族のたしなみとして、セレスティーヌも乗馬は教わっていた。

 馬の背に揺られながら、セレスティーヌがぼそっと呟く。


「あの男、本当に腹が立つ」


 周囲に気取られないよう気を付けてはいるが、セレスティーヌは昨夜からずっと不機嫌だった。




 昨夜、ジルとの話を終えて酒場を出たセレスティーヌは、曲がり角を曲がった途端、アルフォンスの腕を乱暴に掴んだ。


「あなた、一体今まで何をしていたのですか?」


 小声ではあるが、そこには十分すぎるほどの怒りが込められている。


「だから言っただろ、ロベール卿の使いの行く先を」

「嘘をついても無駄です」


 セレスティーヌが鋭く睨む。


「あなたが言っていた西の砦跡というのは、リトランチェ砦の跡地のことですよね? ならば、徒歩でも往復で一日以内のはずです」

「よく知ってるな」

「ロベール領付近の地理は頭に入っていますから」


 当然だという顔でセレスティーヌが言う。


「ジル殿が最後にロベール卿の使いと会ったのは五日前。その時に決起日と作戦が伝えられたと聞きました。つまり、あなたには日数的に余裕があったはずです。なぜ最初からわたくしと行動を共にしなかったのですか」


 アルフォンスの目が驚きで広がった。

 そのままセレスティーヌをじっと見つめ、そして微笑む。


「お前、本当に頭がいいんだな」


 褒められてもセレスティーヌは全然嬉しそうではない。

 仏頂面のセレスティーヌに向かって、アルフォンスが驚くような事を言った。


「じつはな、お前たちが陣を出てから、ずっとお前たちを見張ってた」

「何ですって!?」


 大声を上げたセレスティーヌが、慌てて自分の口を押さえる。

 なぜ、とセレスティーヌが聞く前に、アルフォンスが答えた。


「お前たちが監視されていないか、確認するためだよ」


 セレスティーヌが目を丸くした。

 同じく驚いているレナルドをチラリと見た後、アルフォンスが説明する。


「騎士団か、あるいは第三王子の配下の中に、”企む者”の手先がいてもおかしくないからな。尾行がいたら、そいつを捕まえて吐かせるつもりだったんだが、残念ながらいなかったよ」

「わたくしを囮にしたのですか?」

「そうだ」


 セレスティーヌが絶句した。

 ずっと見張っていたということは、セレスティーヌが三人の男に襲われた時も近くいたということだ。

 アルフォンスの名を叫ぼうとしたことも、ジルに嘘の集会場所を教えられていたことも、すべて知られていたということだろうか。

 憎らしいやら恥ずかしいやらで、セレスティーヌの顔が真っ赤に染まった。

 そんなセレスティーヌを気にすることなくアルフォンスが言う。


「まあ、これで”企む者”がお前を過小評価していることが分かった。大きな成果だと思うぞ」

「過小評価?」


 よく分からないという顔も無視してアルフォンスが続ける。


「ちなみに、ジルの仲間の中に手先がいる可能性も低い。そっちも確認済みだ」


 十日ほど前、反乱軍の会合場所を突き止めたアルフォンスは、そこに殴り込みをかけたらしい。

 向かってくる男たちをすべて叩き伏せた後、この騒動の矛盾を指摘し、また来ると言って酒場を出た。その後男たちの動きを監視して、”企む者”と繋がっている者がいないか確認したようだ。


「意外と”企む者”も抜けてるな。俺なら絶対に内通者を作っておくんだが」


 小さく呟いて、アルフォンスが顔を上げる。


「とにかく、これで俺たちの作戦が事前に洩れる可能性は低くなった。あとはそれぞれが全力を尽くすだけだ」


 そう言うと、アルフォンスはセレスティーヌに強い眼差しを向けた。


「今からお前の役割を伝える」


 身構えるセレスティーヌに、アルフォンスが言った。


「ロベール卿の計画では、反乱軍がモーリス軍の注意を引き付けている間に、ロベール軍が側面を突いてモーリス王子を捕らえることになっている。でも、これは半分嘘だと俺は思う」

「嘘?」

「そうだ。第三王子直属の兵士と精鋭揃いの騎士団が、反乱軍ごときに手こずるはずがない。下手をすると、五分と持たずに反乱軍は蹴散らされてしまうだろう。そんな状況で側面から攻撃しても、一気に雌雄を決することは難しい。戦上手のロベール卿なら、そんなこと百も承知のはずだ」

「たしかに」


 レナルドが頷く。


「ロベール軍はおよそ二千。数の上では優位だが、まともにぶつかれば相当な被害が出るし、乱戦にでもなれば、モーリス王子を取り逃がす可能性だってある」


 セレスティーヌも頷く。


「力押しは愚策だ。だから、俺がロベール卿なら、シャブラン公国軍という隠し球を使って」


 アルフォンスが、予想されるロベール卿の作戦を語った。


「ということで、お前は、騎士団と一緒に東の街道に行ってもらう。そこでロベール卿を待ち伏せするんだ」

「なぜわたくしが行かなければならないのですか?」

「ロベール卿は武勇の士だ。精鋭揃いの騎士団でも手を焼く可能性はあるし、下手をすれば逃げられてしまう。そこで、お前の出番だ」

「わたくしの?」

「ロベール卿に、抵抗しても無駄だと思わせるんだよ」

「そ、それはどうやって?」

「そこは自分で考えろ」

「……」


 セレスティーヌが唖然とする。


「いちおう言っておくが、お前が狙われることはないから安心しとけ。お前は、”企む者”が王都を陥落させた後、民衆の前で殺されることになっているだろうからな」

「なっ!」


 絶句するセレスティーヌに、アルフォンスが平然と言う。


「ロベール卿を捕らえてこそ作戦は成功といえる。つまり、お前が失敗すれば、この作戦は失敗だ。気合いを入れろよ」


 セレスティーヌの顔から血の気が引いていった。


「あ、あなたはどうするのですか?」


 蒼白な顔のセレスティーヌに向かって、アルフォンスがあっさり言った。


「俺はやることがある。お前はお前で頑張れ」

「またそれですか!?」


 夜の町に、セレスティーヌの怒りの叫びが響き渡った。




 不機嫌を表に出さないよう、無表情でセレスティーヌは馬を進めた。やがて、一団は予定の作戦地点に到着する。

 そこは東の街道。ロベール領に来る時に通って来た道で、東に進めば王都に至る。

 そこに架かる小さな橋の、王都側にある藪の中で、セレスティーヌたちは斥候の帰りを待っていた。

 共にいるのは騎士団長率いる精鋭五十名。アルフォンスの見立てでは、ロベール卿はこの数でじゅうぶん対応できる程度の兵しか率いていないだろうとのことだった。


 騎士団で対応できるのなら、わたくしなどいなくても……


 胸の内でセレスティーヌが文句を言った、その時。


「来ました!」


 セレスティーヌの肩がピクリと跳ねた。


「およそ三十、うち騎兵が十。森の中を北からこちらに向かってきます」

「よし。敵は橋の両側に隊を分けるはずだ。片方の隊が橋を渡りきった直後に作戦を開始する」

「はっ!」


 歩兵が槍を握り締めた。

 騎兵が馬の首を撫でた。

 セレスティーヌが、そっと深呼吸をした。


 斥候の報告からほどなくして、木立の間からロベール卿の兵士たちが姿を現した。街道に出た兵士たちは、予想通り二手に分かれると、その一方が橋を渡ってこちらにやってくる。その先頭にいるのは、間違いなくロベール卿だ。


 ロベール卿の隊が橋を渡り切った。

 そして周囲を見渡し、馬首を町へと向ける。

 その瞬間。


「ロベール卿を捕らえよ!」


 騎士団長の声が響き渡った。

 鬨の声とともに、騎士団が一斉に藪から飛び出していった。


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― 新着の感想 ―
お疲れ様です(^^) アルフォンスさん、やっと合流と思ったらまた自分で考えろと……。 本当は別のことに時間を使っていたのを見破られた辺り、アルフォンスさんもセレスティーヌ様のことを過小評価しがちなん…
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