3-8
セレスティーヌとレナルドは、宿に戻って軽い夕食をとった後、時間になるのを待って集会へと向かった。
夕食の代金は、レナルドが服の縫い目に隠しておいた銅貨で払うことができた。
「お金は分散して持つこと。本物の行商人から聞いた知恵です」
レナルドが得意げに笑ってみせる。
王女に対する態度としては不敬なのかもしれないが、レナルドとの距離が縮まった気がして、セレスティーヌは嬉しかった。
集会の場所は、ありふれた場末の酒場だった。ただし、入り口のランプの灯は落ちていて、すべての窓にカーテンが引かれている。扉にもクローズの看板が掛かっていた。
その前でジルと合流した二人は、緊張した面持ちで扉を開けた。
「待っていたぞ、ジル……って、誰だそいつらは?」
中にいた男が警戒心剥き出しで睨んできた。
同時に、三十人ほどの男たちが二人に視線を向ける。
「こちらは、アンナさんとレナルドさん。今日はこの人たちの話を聞いてほしくて来てもらった」
「話? 今さら何の話があるってんだ?」
最初に声を掛けた男が苛立ったように言った。
ジルがその男に体を向ける。
「明日の決起には、俺たちの未来がかかっている。だからこそ、間違っちゃいけないと俺は思う」
どうやら決起は明日のようだ。つまり、反乱を止めるチャンスは今夜一度きりということになる。
気を引き締めるセレスティーヌの前で、ジルが皆に向かって声を張り上げた。
「この人たちの話を聞いて、問題ないと思うならそれでいい。だが、考慮すべきだと思ったのなら、決起の前に考えるべきだ。いや、本当は”あの男”に言われた時点でちゃんと考えるべきだったんだ」
あの男?
セレスティーヌが首を傾げた瞬間、酒場中から声が上がった。
「あんな奴の事はどうでもいいだろ!」
「ロベール卿が信じられないっていうのか!?」
口々に男たちが叫び始めた。
決起を前に気が昂ぶっているのだろう。酒場の中はあっという間に興奮状態となった。
「みんな聞いてくれ!」
ジルが大声を上げるが、まるで鎮まる気配がない。皆が好き勝手に声を上げているので、何を言っているのかすら分からなかった。
騒ぐ男たちを眺めていたセレスティーヌの顔が、徐々に不機嫌になっていく。
ジルの言った通り、この決起には自分たちの未来がかかっているはずだ。ならば、最良の選択をするために様々な意見を聞くのは当然のことではないか。
男たちの声を、セレスティーヌは不満いっぱいの顔で聞いていた。必死に訴えるジルと聞く耳を持たない男たちを眺めながら、かなり頑張って黙っていた。
だが、ついに我慢の限界が訪れる。
騒ぎが一瞬途切れたまさにその時、セレスティーヌの怒りの声がこだました。
「おだまりなさい!」
ジルも男たちも、レナルドさえも目を丸くする。
口を閉ざした男たちに向かって、セレスティーヌの叱責が飛んだ。
「あなた方のリーダーが、必要だと思ってわたくしたちを連れてきたのです。それを真っ向から否定するということは、リーダー自体を否定するということと同義。そういうことでよろしいのですか?」
男たちが怯む。
「大事なことであればあるほど、様々な角度から検証をして最良の答えを導き出す。自分たちのリーダーが当然のことをしようとしているのに、それを受け入れないとはどういう了見ですか!」
サファイアの瞳が男たちを射抜く。
「真にこの町のことを考えるのなら、まずはわたくしの話を聞きなさい。その上で意見を言うのが筋というもの。それをいきなり騒ぎ立てるなど愚かの極みです!」
三十人の男たちが完全に気圧されていた。
服装は庶民のものだが、それを纏っているのは、威厳に満ちた美しい少女。
その少女が、顔を朱色に染めて怒っている。
「異議のある者は前に出なさい! そして、なぜ話を聞く必要がないのかわたくしに説明しなさい!」
室内が静まり返った。男たちは、セレスティーヌをまともに見ることができずにうつむいている。
すっかり大人しくなった男たちに向かって、ここぞとばかりにジルが言った。
「とりあえず、この人の話を聞いてくれないか」
今度は誰も口を開かなかった。
「じゃあアンナさん、お願いします」
「分かりました」
深呼吸をして怒りを静めると、セレスティーヌは男たちの前に進み出て話し始めた。
昼間ジルに話したことを、より丁寧に伝えていく。
六割もの税を取られているのがこの地域だけであること。
だからと言って、ロベール卿が不正を働いているとは考えにくいこと。
第三王子の軍に反乱軍が立ち向かっても勝てないこと。
そんなことは当然ロベール卿も分かっていること。
一通り話し終えたセレスティーヌが、男たちに問い掛ける。
「あなた方とロベール卿には密約がある。つまり、この反乱を持ち掛けたのは、ロベール卿ということでよろしいですか?」
躊躇いながらジルが答えた。
「そうだ」
すかさずセレスティーヌが問いを重ねる。
「なぜ第三王子が来ているこのタイミングなのですか?」
「王子を人質にして、王国と交渉するためだ」
セレスティーヌの推測は当たっていたらしい。
「ロベール卿は、王国と何について交渉するのでしょう」
「この地域の自治権を得るためだとおっしゃっていた」
頷いて、セレスティーヌがさらに問う。
「ということは、いずれこの地域が、隣国のシャブラン公国に編入されることを皆が承知したということですか?」
「編入!?」
ジルと男たちが声を上げた。
当然のことのようにセレスティーヌが続ける。
「ここは隣国との国境です。たとえ自治権を獲得できたとしても、大国に挟まれた状態で領地経営ができるとは思えません。とすれば、シャブラン公国に編入されるか、公国の属領となってその命に従う以外に生き残る道はないでしょう」
男たちの顔が青ざめる。
「仮にそうなったとしても、この地域に平和が訪れる可能性は低いと言わざるを得ません」
「そ、それはどうしてだ?」
狼狽えるジルをセレスティーヌが見据えた。
「王国がその状況を放っておかないからです。第三王子奪還を名目に軍を向けてくるのは目に見えています」
「でも、それじゃあ人質の命が」
弱々しい声を、セレスティーヌが一蹴した。
「人質を殺せば王国が全力で攻めてくる。つまり、第三王子は絶対に殺せない。それが分っているから、王国は全力で攻めてくる。その混乱に乗じて救出部隊を送り込んでもいいし、ある程度戦果を得たところで交渉を持ち掛けてもいい。いずれにしても、この地域は戦火に飲まれ、民は苦しみを味わうことになるでしょう」
「その時は、シャブラン公国が助けてくれるんじゃないのか」
別の男が縋るように聞いてきたが、それを突き放すようにセレスティーヌが答える。
「シャブラン公国が本気で王国と事を構えるとは思えません。隣国から見た場合、この地域は山脈の向こう側。兵を送るにも物資を運ぶにも手間が掛かります。それを承知で援助をする理由が見つかりません」
黙ってしまった男たちをセレスティーヌが見渡す。
「その上、シャブラン公国は歴史的に見ても内戦の多い国です。地域の貴族の力が強いので、意見をまとめることが難しい。国内のことで手一杯の国が、隣国と戦争をすることなど考えるでしょうか」
もはや誰も何も言わなかった。
セレスティーヌの声だけが部屋に響く。
「長年国境を守ってきたロベール卿であれば、そんなことは百も承知のはず。たとえ自治権を獲得できたとしても、王国と敵対すればどうなるかなど、考えなくても分かるはずなのです。それなのに、ロベール卿は皆に反乱を促した。確実に領民が不幸になると分かっていて反旗を翻そうとしている」
瞬きも忘れて聞き入る男たちに向かって、セレスティーヌが言った。
「どう考えてもおかしいのです。何もかも辻褄が合わないのです。こんな状況で反乱を起こせばどうなるか、あなた方にも分かるのではありませんか?」
そこまで言って、セレスティーヌは口を閉ざした。
酒場の中が静まり返る。
蒼白になってうつむく者。
何かを言い掛けて黙る者。
腕を組んで考える者。
息苦しい時間が流れる中、セレスティーヌはあえて口を開こうとしない。
騎士団長を説得した時と同じだ。
相手が考えている時には口を挟まない
アルフォンスの助言に従うのは癪だったが、有効な手段だと分かった以上使わない手はなかった。
沈黙に負けそうなレナルドを目で抑えながら、セレスティーヌは男たちの表情を観察し続ける。
やがて、男の一人が顔を上げた。
「あんたの言うことは正しいように聞こえる。で、あんたは俺たちにどうしろと言うんだ?」
待っていたとばかりにセレスティーヌが答えた。
「状況がはっきりするまで動かないことです。真実が明らかになるまで待つ。それが最善の方法と言えます」
これで反乱は防ぐことができたはず。
あとは、掴んだ証拠をもとにロベール卿を問い詰めて……。
説得の成功を確信したセレスティーヌが、こっそり右手の拳を握った。
そこに、思い掛けない問いが飛んできた。
「どうやって真実を明らかにするんだ?」
「それは」
セレスティーヌが言い淀んだ。
モーリスと連携してロベール卿を尋問する、とは言えなかった。
ここで身分を明かすのはさすがに危険だ。ロベール卿の協力者がいるかもしれないし、自分が第二王女であると告げても信じてもらえるかは疑わしい。
そして何より、この地域における第二王女の評判は最悪だ。この場の感情が一気に悪化する可能性もあった。
答えに詰まったセレスティーヌを見て、別の男も聞いてくる。
「そもそもあんた、何者なんだ?」
「わたくしは、旅の行商人です」
「嘘をつけ。あんたみたいな行商人がいる訳ないだろ」
セレスティーヌがますます困る。
「あんた、じつは王国の回し者なんじゃないのか?」
「そんなことは」
この疑問にもうまく答えられない。
回し者と言われるのは心外だが、さりとて王国と無関係と言い切るには抵抗があった。
「大体、待つって、いつまで待ってりゃいいんだよ」
「俺たちはずっと我慢してきたんだぞ!」
「あんたみたいな金持ちに、俺たちの気持ちが分かってたまるか!」
場の空気が変わった。
完全に最初の状態に戻ってしまった。
男たちが殺気立つ。数人の男がセレスティーヌに詰め寄ってきた。
それを見たレナルドが、間に入って短剣を抜く。
「てめぇ!」
「やっぱりこいつら敵の回し者だ!」
全員が立ち上がった。
ジルが天を仰いだ。
セレスティーヌが、目を見開いて立ち尽くした。
その時。
「敵襲!」
突然大きな声がした。
「なにっ!?」
予期しない事態に全員が驚いて声の方向を見る。
そこに一人の男がいた。
いつの間に入り口にいた男が、注目を浴びながら平然と言う。
「あー、悪い。”こんばんは”と”敵襲”を間違えちまった」
薄暗いランプの光でもはっきり分かる深紅の瞳が、とぼけた顔で笑っていた。




