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ジルの家を出たセレスティーヌとレナルドは、その足で町の南にある寺院へと向かった。そこでセドリックと情報交換をすることになっていたからだ。
セレスティーヌは上機嫌。たった一日で反乱の中心人物に接触することに成功し、しかも集会に来てくれとまで言わしめた。
集会の場所は、ジルの家からほど近い空き家だった。今夜、そこでジルと待ち合わせの約束をしている。
上々ですわね
セレスティーヌの口元が緩んだ。
今夜の集会で参加者たちを説得することができれば、当面の危機は去るだろう。その上で、じっくりとロベール卿の思惑や背後関係を調べればよい。
隣国のシャブラン公国が絡んでいた場合は厄介だが、反乱が起きる前であれば、大ごとにしない方法を見つけることは可能だと思われる。
待っていなさい、アルフォンス!
勝利の瞬間を思い描きながら、セレスティーヌは足取りも軽く南へと向かっていった。
道を尋ねた老人に近道を教えてもらった二人は、細い路地へと足を踏み入れた。
しばらく進むと、鼻を突く異臭がし始める。
「変な匂いがしますわね」
「もしかすると、スラムが近いのかもしれません」
「兄様、言葉が丁寧過ぎます」
「あ、ごめん」
意識しないとつい主従に戻ってしまう。
気を引き締めるレナルドに、セレスティーヌが聞いた。
「スラムが近いと匂うのですか?」
「まあ、そうだな」
周囲を気にしながらレナルドが答えた。
「水道も下水道もない空き地や道路に人が住みつくから、生活排水も糞尿も垂れ流しになる。匂いがひどいのはもちろんだが、そういう場所では病気も蔓延しやすい。それが分かっているから為政者も何らかの手を打つことが多いけど、この町ではそれが追い付いていないんだろう」
「そうなのですね」
王都にもスラム街はあった。セドリックもそこで暮らしていたのだ。
だが、王のお膝元だけあって定期的に清掃は行われていたし、上下水道もある程度は整備されていた。セレスティーヌにとって、スラムとは貧しい人々が住む場所という程度の認識しかなかった。
「後学のために、スラムというものを見ておくのも」
「下がって!」
突然レナルドが声を上げた。
驚くセレスティーヌの目の前に、三人の男が現れる。
「そこの二人、有り金全部置いていけ!」
白昼堂々、町中での強盗である。
だが、怒鳴る男たちの顔には余裕がなかった。手にしている武器は、ボロボロの手斧やただの木の棒。職業的な盗賊とは明らかに違う、どう見ても素人だ。その証拠に、レナルドがチョッキの下から短剣を抜き出すと、全員が一斉に後ずさった。
「ぶ、武器を捨てろ!」
「痛い目にあいたいのか!」
威勢のいいことを言うが、完全に腰が引けている。
その様子を見て、セレスティーヌが前に出た。
「兄様、短剣をしまって」
「しかし」
「いいから」
強い言葉にレナルドが短剣を収める。
それを確認すると、セレスティーヌはさらに前に出た。
瞬間。
男の一人が、セレスティーヌの腕を掴んでその体を引き寄せた。
咄嗟の出来事に抗うこともできないまま、セレスティーヌは後ろから男に抱きすくめられてしまう。
即座に別の男がセレスティーヌに手斧を突き付けて怒鳴った。
「この女を助けたければ武器を捨てろ!」
「くそっ!」
レナルドの顔が後悔で歪む。
完全に素人と侮っていた。
「早く捨てろ!」
追い詰められた人間は何をするか分からない。下手に刺激してはセレスティーヌの身が危なかった。
青ざめているセレスティーヌを見て、レナルドは観念する。
「分かった」
レナルドが、男たちの足下に短剣を放り投げた。
「金と鞄もよこせ!」
悔しさを滲ませながら、財布替わりの革袋と、背負っていた鞄をレナルドが差し出す。
それを男の一人が奪うように持っていった。
相手を刺激しないよう、静かにレナルドが言う。
「全部渡したぞ。さあ、妹を解放しろ」
言われた男たちは、しかし、何も答えずに黙り込んだ。
男たちはレナルドを見ていない。その目はセレスティーヌをじっと見ている。
男たちの顔に浮かぶのは、先ほどとはまるで違うギラギラした欲望。
引き寄せた時に帽子が落ちて、娘の素顔が露わになった。
絹のようなブロンドの髪と人形のように整った顔立ち。肌は驚くほどきめ細やかで、シミ一つない。
その美しさは、まるで教会の壁画に描かれている天使のようだった。
セレスティーヌを掴んでいる男が、ゴクリとつばを飲み込んだ。
手斧を持った男が、掠れた声で言った。
「こ、こいつは、俺たちが連れて帰る」
「ふざけるな!」
レナルドが叫ぶが、男たちはセレスティーヌから目を離さなかった。
さすがのセレスティーヌも、目を見開いて唇を震わせるのみだ。必死に打開策を考えるが、今度ばかりは何一つ考えが浮かんでこない。
男の力強さが怖かった。
鈍く光る刃が怖かった。
思考が空回る。
考えることすらできなくなっていく。
真っ白になりかけた思考の片隅に、ふと一人の男の顔が浮かんできた。
その顔を、セレスティーヌが思い切り睨み付ける。
この嘘つき!
護衛は俺がすると言っておきながら、結局何もしないではないか。
無責任にもほどがある。王国第二王女をどれほど軽んじれば気が済むというのか。
セレスティーヌの心にふつふつと怒りが湧いてきた。
湧き出た怒りが膨れ上がっていった。
それが、ついに言葉となって溢れ出す。
「大口叩いておいて、何ですかこれは」
突然の低い声に、男たちの肩がビクンと跳ねた。
「本当に役に立たない男ですわね」
レナルドもビクンと体を震わせた。
よく分からないが、セレスティーヌが怒っていることだけは分かる。
美しい顔に浮かぶ憤怒の表情は、そこにいる全員を怯ませた。
「何がやることがあるですか。何が合流するまで頑張れですか。ふざけるのもいい加減にしなさい」
畏れで手斧が離れていく。
抱きすくめる力が緩んでいく。
それに気付くこともなく、感情のままにセレスティーヌが叫んだ。
「何とかしなさいよ、アル……」
「貴様ら、やめろ!」
突然大きな声がした。
全員が驚いてその方向を向く。
その方向に向かって、セレスティーヌがまた叫んだ。
「あなたではありません!」
「……え?」
声の主も、レナルドも、男たちも固まった。




