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世間知らずの我が儘姫は、強気を武器に生きていく  作者: まあく
第3章 我が儘姫、西へ行く
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3-5

「わたくしはアンナと言います。あなたのお名前は何というのですか?」

「フラヴィ」

「フラヴィ。いいお名前ね」


 レナルドの背中で女の子がはにかんだ。


「お年は?」

「八才」


 周りに同年代の子供がいないので分からないのだが、八才にしては体が小さい気がする。

 顔色も悪いし手足も細い。病気ではないかと疑いたくなるほどだ。


「いつもあなたがパンを買いに行くのですか?」


 女の子が緩く首を振った。


「お父さんが夜遅くまで仕事してて、朝起きるのが大変そうだったから、今日は私が行くって言ったの」

「そうだったのですね」

「うちはお母さんがいないから、私がお父さんのお手伝いをしないといけないの」


 寂しそうな声にセレスティーヌの顔も曇る。


「家に食べ物はあるのですか?」

「ちょっとだけなら」


 セレスティーヌが眉根を寄せた。

 周りを見ても、食料品を売っていそうな店はない。パン屋と同じく開店直後に売り切れてしまうのだろう。

 うつむくセレスティーヌに、今度は女の子が聞いた。


「お姉ちゃんたちは、どこから来たの?」


 レナルドの横顔が緊張したのが分かったが、セレスティーヌは躊躇いなく答える。


「わたくしたちは、行商人なのです」

「行商人?」

「旅をしながら商いをする人のことですわ」

「ふーん」


 行商人なら、たまたまこの町に立ち寄ったと言っても疑われにくい。

 問題は、二人が商人に見えるかどうかだが。


「ところで、フラヴィ」


 セレスティーヌが女の子を覗き込む。


「じつは、旅の途中で父の形見の短剣を傷付けてしまったのです。それを直したくて、腕のいい鍛治師を探していたのだけれど、この辺りに誰かいないかしら?」


 すでに二人はフォルロン通りの近くまで来ていた。近所に鍛冶師がいるとすれば、それがジルである可能性は高い。

 聞かれた女の子が、急に嬉しそうに笑った。


「それなら案内してあげる!」


 元気に言うと、右手の人差し指をまっすぐ伸ばした。


「私のお父さん、鍛治師なの」

「そうなの?」


 セレスティーヌが驚く。


「お父様のお名前は何とおっしゃるの?」

「ジル!」


 またも驚いたセレスティーヌは、同じく驚くレナルドを見て、得意げに笑った。


「では、案内をお願いしますわ」

「うん!」


 こうして二人は、偶然に導かれてジルの家へと向かったのだった。




「ただいま!」


 レナルドの背中から下りたフラヴィが玄関扉を開ける。

 途端、短髪で筋肉質の男が駆け寄ってきた。


「フラヴィ! 遅いから心配したぞ」


 我が子の前に膝を突く男の腕は、鍛え抜かれたレナルドの腕と同じくらい太かった。


「ケガをしてるじゃないか。一体何が」


 そこまで言って、男はセレスティーヌたちに気付く。


「あんたたちは?」


 戸惑う男に向かってセレスティーヌが微笑んだ。


「わたくしたちは、旅の行商人です。わたくしはアンナ、こちらは兄のレナルドと申します」


 レナルドが軽く頭を下げる。


「お嬢さんがケガをしたところに偶然居合わせましたので、ご自宅までお送りいたしました」

「そうでしたか」


 立ち上がって男が深く頭を下げた。


「俺はジルといいます。娘を送って下さってありがとうございました」


 もう一度頭を下げて、女の子の膝を見る。


「ちょっと腫れてるな。フラヴィ、どこでケガをしたんだ?」

「あのね」


 女の子が、うつむきながら事情を話した。


「パン、取られちゃった。ごめんなさい」


 悲しそうな女の子を、ジルが抱き締めた。


「そんなの気にするな。悪いのは、お前を一人で行かせたお父さんなんだから」


 女の子以上に悲しそうな顔でジルが言った。

 抱き合う親子を見て、セレスティーヌが寂しげにうつむく。

 セレスティーヌには、親に抱き締められた経験がなかった。両親と一緒に遊んだことも、一緒に眠ったこともない。


「あれが、親子というものなのでしょうか」


 小さな呟きに、レナルドの目が広がった。

 その目はしばらくセレスティーヌを見つめていたが、やがてゆっくり親子へと向かう。


「よろしければ、私にお嬢さんの手当をさせていただけないでしょうか」

「え?」


 ジルが顔を上げた。


「旅にケガは付き物なんです。手当は慣れていますので」

「それはありがたい」


 立ち上がったジルに、レナルドが頷いた。

 その顔を見て、セレスティーヌが目を見開く。

 今度はセレスティーヌにも分かった。レナルドの顔には、はっきりと笑顔が浮かんでいた。




 水で傷を洗って薬を塗る。

 包帯を巻いて固定する。


「傷はすぐ治ると思うけど、打撲の痛みはしばらく続くと思う。あんまり無理はしないように」

「うん」


 頷く女の子の頭を撫でて、レナルドがまた笑った。


「本当に慣れてるんだな」


 ジルが感心する。


「レナルド兄様、凄いわね」


 セレスティーヌも感心していた。

 一般兵と違って、騎士団では応急処置の訓練も日常的に行っている。精鋭とは、ただ強いだけではないのだ。


「こんなの、大したことないです」


 薬を鞄にしまうレナルドの顔は、ちょっと恥ずかしそうだった。

 それを可笑しそうに見ていたセレスティーヌが、笑みを納めてジルを見る。


「それはそうと、ジル殿」

「ジル殿!?」


 ジルが驚いた。

 レナルドが慌てて声を掛ける。


「アンナ。そこは”ジルさん”でいいと思うぞ」

「そうなのですか?」


 セレスティーヌも慌てた。


「では、ジルさん」


 言い直して質問を続ける。


「この町では、パンを買うにもこれほど苦労をするのですか?」

「まあ、そうだな」


 曖昧に答えるジルに、セレスティーヌがさらに聞く。


「お店はほとんど閉まっていましたし、荷馬車もあまり見掛けませんでした。この町は、王国の西側でも有数の大きな町だったはずです。一体何があったのでしょうか」


 さりげない質問だが、これは本題への入り口だ。

 先ほどと違って、ジルは明瞭に答えた。


「二年前に四割に上がった税金が、一年前に五割に増えたんだ」

「五割ですか?」

「そうだ。そして、先月からそれが六割になった」

「六割!?」


 アルフォンスの話にもモーリスの調査結果にもなかった高い税率だ。


「税が払えない連中は、家を捨ててスラムに移った。残ったみんなも苦しい生活を強いられている。物がない上に値段も上がっていて、日々を生きるのが精一杯だ。俺たちに残された道は、もう……」


 苦渋に満ちた顔に向かって、セレスティーヌが切り込んだ。


「だから反乱を起こすというのですか?」


 ジルの肩がピクリと跳ねる。


「な、何を言ってるんだ?」


 動揺するジルにセレスティーヌが言った。


「わたくしたちのようなよそ者にさえ、不満を漏らす者がいるのです。それほどこの町に不満が溜まっているということではないでしょうか」


 セレスティーヌを黙って見つめていたジルが、観念したように肩を落とした。


「フラヴィ。隣の部屋で遊んできなさい」

「うん」


 寂しそうに頷いてフラヴィが部屋を出て行く。その聞き分けのよさが切なさを誘うが、今はそれを気にしている時ではなかった。

 閉じた扉に鍵を掛けたジルが、二人に向き直る。


「二人に確認したいんだが」


 ジルが低い声で聞いた。


「俺の話を聞いて、二人はどうするつもりなんだ?」


 先ほどまでの優しい父親の顔ではない。レナルドが思わず服の下で短剣を握ってしまうほど、その体からは気迫が溢れている。

 鬼気迫るジルを前にして、だがセレスティーヌが怯むことはなかった。


「もし反乱を考えているのでしたら、少し待った方がよいと思います」

「それはなぜ?」


 ジルが睨む。


「いろいろと辻褄が合わないからです」

「辻褄が合わない?」


 ジルが首を傾げた。


「まず、六割もの税を徴収しているのがこの地域だけだということです」

「そうなのか?」


 ジルの目が広がる。


「わたくしたちは商売をしながらこの国を巡っていますが、六割という税率は聞いたことがありません」


 驚きでジルの口が半開きになった。


「ただ、この地を治めるロベール卿が不正を働いているかというと、それも考えにくいのです」

「当たり前だ。ご領主様は、いつだって俺たちのことを考えて下さっている。スラムでは毎日炊き出しをしてくれるし、毛布や古着を配ってくれることもあるんだからな」

「そうですね。ロベール卿はとても実直な方だと聞いています」


 セレスティーヌが頷く。


「では、どうしてこの地域だけ税率が上がっているのでしょうか」

「それは」


 ジルが視線を落として床を見つめる。

 考え始めたジルに、セレスティーヌが言った。


「辻褄が合わないのです。何かがおかしいのです。その状況で反乱を起こしたとして、期待する結果が得られるものでしょうか」


 ジルは答えない。


「折しも、王国の第三王子が兵を率いてこの地に駐屯しています。その数はおよそ一千。仮に一万の民が反乱を起こしたとしても、訓練された兵士を相手に勝つことは至難の業です」

「十倍でも勝てないのか?」

「武器が違います。練度が違います。何より、兵士たちは戦う事に慣れています。おそらく、最初の衝突で勝負は決まってしまうでしょう」


 ジルが青ざめる。


「そもそも、王子の軍と当たる前に、ロベール卿が民の前に立ち塞がるでしょう。反乱軍の相手は、王子の軍ではなくロベール卿に」

「それはない」


 突然ジルが言った。


「それはないんだ」

「なぜですか?」


 セレスティーヌが鋭く聞いた。


「それは」


 ジルがしまったという顔をする。


「もしや、ロベール卿と密約があるのですか?」


 セレスティーヌに問われて、ジルは黙ってしまった。

 驚愕の事実だ。レナルドは目を見開いて固まってしまっている。

 だが、セレスティーヌの頭脳は動きを止めなかった。


「ロベール卿は反乱軍に手を出さない。逆に共闘しようとしている?」


 独り言のように呟く。


「とすると、狙いは王子の軍を奇襲で破ることかしら」

「ロベール卿自身が反乱を!?」


 レナルドが驚くが、セレスティーヌはそれに反応しなかった。


「でも、たとえ王子の軍に勝ったとしても、それは一時的な勝利に過ぎないはず。一領主の反乱など、あっという間に鎮圧されるのが落ちです」


 セレスティーヌの呟きは続く。


「そうさせないために、モーリスを人質にすることくらいは考えていそうですね」


 集中しているセレスティーヌは、第三王子を呼び捨てにしていることに気付かない。

 だが、ほかの二人もそれを気にする状態ではなかった。


「そうだとしても、やはり無理がありますわよね。王国を敵に回したまま領地経営ができるとは思えません。とすると、隣国のシャブラン公国とも密約を交わしている可能性が」

「アンナさん!」


 突然ジルが声を上げた。

 驚いてセレスティーヌが顔を上げる。


「今夜、俺たちの集会がある。それに二人も参加してくれないだろうか」


 レナルドの目がまん丸くなる。

 それを横目に、セレスティーヌが即答した。


「ええ、もちろんです」


 セレスティーヌの顔には会心の笑み。

 陣を離れてまだ一日しか経っていないというのに、セレスティーヌは早くも核心へと近付くことができたのだった。


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― 新着の感想 ―
お邪魔します(^^) セレスティーヌ様、上手く妹役をやっていたと思ったら、「殿」とか王子を呼び捨てにしたりとか、ちょっと出ちゃってますね(笑) それどころではないジルさんが気づくかどうかですが。 集…
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