第2話「最適化された絶望」
借金、バイト、削られる未来。
直樹の人生は、AIに“正しく”管理されるほど、息苦しくなっていきます。
第一章:駒込の停滞
東京都豊島区、駒込。
桜の染井吉野発祥の地として知られるこの街も、春の盛りなら六義園のライトアップでそれなりに賑わう。だが今日は、冷たい雨のせいで、梅雨を思わせる湿った空気に沈んでいた。
築四十年の木造アパート、その四畳半の一室にも、同じような重苦しい澱が沈んでいる。
部屋の隅には、特売で買い溜めたカップ麺が地層のように積み上がっており、足元には、食べ終えた空容器が無造作に転がっていた。換気の悪い室内には、酸化した油の饐えた匂いと、部屋干しのタオルが放つ生乾きの臭いが澱んでいる。かつてなら顔をしかめたはずのそれにも、直樹はもう何も感じなくなっていた。
直樹は真っ暗な部屋でパイプベッドに横たわり、スマホの青白い光だけに顔を照らされていた。
最近、AIエージェントに勧められて入れた無料の家計簿アプリを起動する。
いつものように、最初に三十秒の広告が流れる。普段はスマホゲームか、効くとはとても思えない痩せ薬ばかりなのだが今日、画面に現れたのは、直樹にもなんとなく見覚えのある有名YouTuberの顔だった。
『誰でも成功できる!』
さわやかな笑顔で、無責任に言い切る。
画面には、高級タワマン、シャンパン、夜景。港区の成功者らしい景色が、これみよがしに並んでいく。
『これであなたも成功者!』
(これで成功するなら苦労しないよ。……くだらない)
直樹は、見せつけられた安っぽい輝きに小さく舌打ちし、ポップアップを閉じた。
画面には、掛け持ちバイトのシフト、バイト代の合計、そして返してもほとんど元本が減らない返済予定表が、隙間なく並んでいた。タイトルは『今後の返済計画』。冷たい現実を、逃げ場なく可視化した一覧だった。
「……今月のシフト、まだ160時間もあるのか。」
『正しくは159時間45分です。返済額と生活費を踏まえると、理論上その稼働時間が必要になります。なお、臨時収入の見込みはありますか』
「いや、そんなものはないよ。」
『承知致しました。臨時収入に関する情報と受信したバイオフィードバックを元に明日のスケジュールを更新しました。』
画面には、一分刻みで埋め尽くされた【明日の最適スケジュール】が再表示された。
『現在のボディバッテリー値と、23時からの仕分けバイトの予測負荷を踏まえると、明日は出席にまだ余裕のある一時限目の哲学Ⅱを欠席し、睡眠を5時間確保するのが最も合理的です』
その予定表を見ているだけで息が詰まりそうになっていると、沈黙を不満と判断したのか、エージェントが続けた。
『あるいは、自己破産の法的効力と、現在の返済を免れる手段について、あらためてメリットとデメリットを検討しますか?』
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
合理的には正しい。けれど、人間にはどうしても飲み込めない答えがある。
そして追い詰められた直樹は、このあと唯一の逃げ場へ手を伸ばします。
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