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竹取クロニクル【月のAIと逆転のWeb3】借金を背負った大学生は、かぐやの名を継ぐAIと人生を再起動する  作者: 山本正樹


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第19話「歓迎されない客」

扉の向こうにあったのは、きらびやかな成功者の世界。

……少なくとも、見た目のうえでは。


 広大な最高級スイートルームは、眩いシャンデリアの光の下、大勢の人々でごった返していた。だが、よく見ると会場の空気はどこか異様だった。露出度の高いドレスをまとった若い女性たちが圧倒的多数を占め、数少ない男性ゲスト一人を、何人もの女性が取り囲むように輪を作っていた。

 だが、直樹の意識は別の場所へ向いていた。

 部屋の奥、まばゆい銀色のトレイが並ぶビュッフェカウンターだ。専属シェフがその場で極厚のローストビーフを切り分け、職人が寿司を握り、窯焼きのミニピザが湯気を立てて配られていた。

 『……ふふ。まさに、花より団子ですね。実に直樹らしくて安心いたしました』

 イヤホンから、柔竹の呆れたようでいて愛おしげな囁きが聞こえた。

 「うるさいな。美味そうなんだから仕方ないだろ」


 直樹が小さくつぶやきながら歩を進めた、その時だった。

 会場の中心、ひときわ目立つソファエリアで、眩しいほど白い歯を輝かせている男がいた。

 「これからの若者はね、既存の労働集約型モデルから抜け出さなきゃ駄目なんだよ……」

 周囲の女性たちにシャンパングラスを掲げ、得意げに持論を語るその横顔。

 直樹の脳裏に、あの四畳半で何度もスマートフォンに強制表示された自伝CMの映像がよみがえった。

 (あ……。神宮寺、翔……!)


 直樹が足を止めた瞬間、周囲に視線を走らせていた神宮寺と真正面から目が合った。神宮寺は話していた言葉をぴたりと止め、品定めするような目で直樹の体つきをひととおり眺めると、大袈裟な笑顔を浮かべて近づいてきた。

 「君、もしかして佐々本君?」

 「えっ、あっ、はい。そうですけど……」

 「へぇー! 聞いてたよりずっといい体してるね。」

 「聞いてた?」

 その何気ない一言に、直樹の背筋を細い冷たさが走った。誰が、何を、どこまで聞いているのか――その輪郭のない気味悪さだけが、じわりと残った。

 「いや、なんでもない、こっちのこと。それより何かスポーツやってるの?」

 「あっ、いえ、スポーツは特にしてないですが……。先日、富士山に登りまして」

 「そうなんだ! 富士山に登ったんだ。どうだった? 結構バズったでしょ?」

 「バズった……? 何がですか?」

 「やだなぁ」

 神宮寺は直樹の肩を親しげに叩いた。

 「動画、どれくらい再生数いったの? あとでチャンネル教えてよ。今度コラボしようよ!」

 「えっと……俺、チャンネルなんて持ってないです」

 「ウソ!? マジで? 冗談でしょ?」

 神宮寺は本気で信じられないというふうに両手を広げた。

 「せっかく富士山まで登ったのに、動画を回さないなんてあり得ないでしょ。というか、チャンネル持ってないって何?ジン君みたいにBANでもされたの?君、顔に似合わず『迷惑系』?」

 機関銃のように浴びせられる、あらゆる出来事を「動画のネタ」としか見ていない軽薄な質問。直樹が呆然と立ち尽くしていると、探るような神宮寺の視線が全身を舐めるように這った。まるで人間としてではなく、「使える素材」として値踏みされているようで、胃の奥がじわりと縮んだ。

 その視線にまごついて何も言えずにいると、スイートルームの入り口がにわかに騒がしくなり、怒号が響いた。

 「申し訳ありません! 本日はご招待のお客様のみのパーティーですので、カメラは――」

 「いいじゃん、ケチくさいこと言うなよ!ごちゃごちゃ言ってっと、動画回すぞ、ゴラァ!」

 制止するスタッフを突き飛ばし、金髪に派手なスカジャンを羽織った男が乱入してきた。

 ――迷惑系YouTuber、ジン・ザ・リッパーだ。

 ジンは部屋を見渡し、直樹の姿を捉えると、周囲の招待客を押しのけながら、ずかずかと荒々しい足取りで近づいてきた。そして直樹の隣にいる神宮寺に気づくと、へらへらと片手を挙げた。

 「おー! 翔ちゃんも来てたんだ。これって車持さん案件?」

 「いや、今日はいっしー案件。だから彼と友好を深めたくてね」

 「なんだよ、こっちの麿案件と被ってんじゃん。めんどくせーな」

 その頃、神宮寺の胸元に仕込まれたペン型の超小型カメラ越しに、別ビルのモニターから会場の様子をうかがっていた巧は、ジンの姿が画面に映った瞬間、驚愕のあまり椅子から立ち上がった。

 「なんで……なんでこいつがここにいるんだ!?」

 予定外、という言葉では足りなかった。盤面の外から泥を投げ込まれたように、巧の思考は一瞬だけ完全に停止した。

 横に控えていた千草が、静かに応える。

 「……『麿案件』と申しておりましたので、五位の会の石上(いそのかみ)様の差し金かと思われます」

 「あのクソ爺、余計なことしやがって……!絶対いつか叩き潰してやる!千草くん、あいつを今すぐ会場から放り出せないの!?」

 「大変恐縮ですが、石上(いそのかみ)様が手を回していらっしゃるとなると、ホテルのセキュリティも押さえられていると思います。申し訳ありません」

 「なら、僕が直接あそこへ行って対応する!」

 「いえ、このタイミングで巧様が出向かれますと、佐々本様の不信感を煽ることになります。得策ではありません」

 「じゃあ、千草くん、君が!」

 「……私もすでに彼と豊葦FSで面識があります。私が行っても、事態が悪化することに変わりはないかと。ここは……彼の『家庭教師』が、うまく捌いてくれることを期待しましょう」

 その声音は冷静だったが、千草自身、その言葉が判断である以上に願いであることを自覚していた。

 「……なんてこった。直樹、『家庭教師』、頼むからうまく切り抜けてくれよ……」

 巧は祈るようにモニターを見つめ、爪を噛んだ。

 そう願いながらも、自分でも気づかぬうちに、非常階段へ通じるカードキーを強く握りしめていた。


 「で、結局何したらいいんだっけ? こいつのスマホを回収すればいいわけ?」

 ジンは直樹を顎でしゃくりながら、神宮寺に問いかけた。

 「いやいや、ダメだよ。お触り禁止。それ破ったら、いっしー激おこだよ」

 「えーっ、お前、年下のガキにビビってんの? マジかよ」

 「……無知って無敵だね。やってみてもいいけど、本当にどうなっても知らないよ?」

 神宮寺はそう言って、さりげなく胸元のカメラペンを指し示した。裏で恐ろしい権力が動いていることを知る神宮寺の警告に、ジンはチッと舌打ちし、気づかないふりをして顔を背けた。

 「……分かってるよ。そんなん冗談に決まってるだろ」

 ジンはつまらなそうに直樹の前へ回り込むと、手にしたスマートフォンが、至近距離から直樹の顔をインカメラで捉えた。画面の向こうの生配信視聴者と、周囲の派手なドレスの女性たちが、直樹を「好奇の目」で一斉に取り囲んだ。

 「まあ、お触り禁止なら言葉攻めでいっか。要するにだ」

 ジンはにやにやと下卑た笑みを浮かべ、わざと周囲に聞こえるような大声で言った。

 「この佐々本ってガキ、ちょっと前にハッキングツールを使って暗号資産の価格操作した、ただのスクリプトキディだろ?」

 周囲のゲストたちから「えっ、ハッキング?」「犯罪者なの?」と、一気にひそひそした囁きが広がった。無数の白い目が、針のように直樹の皮膚を刺した。

 四畳半から出てきたばかりで初心な直樹は、その完全アウェーのリンチのような空気に圧倒され、喉がひりついて、すぐには言葉が出てこなかった。

 「ち、違う……。俺は、そんな犯罪みたいな真似は……」

 絞り出すような直樹の否定を、今度は神宮寺が、逃げ道を塞ぐような滑らかで優しい声で遮った。その声は一見すると直樹を庇っているようだったが、その目は完全に獲物を追い詰める蛇のそれだった。

 「まあまあジン君、決めつけるのは良くないよ。……ねえ、佐々本君。もし君が本当にクリーンに稼いだっていうなら、そうじゃない証拠をほんの少し、僕たちに見せてくれないかな?スマホの取引履歴とか、使ってるエージェントやプロンプトとかさ。そうしたら、僕がジン君や周囲のみんなに、誤解だってきっちり説明してあげるから」

 「それは……」

 直樹の背中に冷たい汗が伝った。履歴を見せれば、柔竹という「あり得ない存在」が完全に白日のもとに晒されてしまう以上、見せるわけにはいかない。

 「ほら、言えないんだ?」

 ジンが待ってましたとばかりに、直樹の顔の前へスマホのカメラを突きつけた。

 「やっぱな。出せないってことは、ウイルスかマルウェアでも撒いて不正アクセスした証拠が、そのスマホの中に残ってるからだろ。

 はい、論破! せんせー、ここにハッカーの犯罪者がいまーす!」

 ジンの下品な煽りに、周囲の女性たちは「うわ、最低」「捕まればいいのに」と、神宮寺たちの言葉を鵜呑みにしてくすくす笑い始めた。

 「違う……!」

 直樹の奥歯ががちがちと鳴った。自分への侮辱なら耐えられた。だが、こいつらはいま、四畳半から自分を救い出してくれた大事な相棒を、全力で「汚いウイルス」呼ばわりしている。

 「違う、柔竹は……柔竹はウイルスを撒くなんて、そんな汚いことは絶対にしない!」

 「ナヨタケ? ……何それ、エージェントの名前?サービスだとしても聞いたことないなぁ」

 「だから言ったろ。ウイルスか、クラッキング用のエージェントか、どっちにしたってダークウェブのどこかに落ちてるハッキングツールだよ」

 「だから違うって言ってんだろ! いい加減にしろ!」

 直樹の叫びに、神宮寺は冷酷な、勝利を確信した目を向けた。

 「だとしたら、佐々本君。君はその『なよたけ』ってエージェントを、いったいどこで手に入れたの?」

 「それは……」

 「やっぱな。はい、完全論破!せんせー、やっぱりここにハッカーの犯罪者がいまーす!」

 直樹は拳を血がにじむほど握りしめ、うつむいて黙り込んだ。反論すれば、柔竹の存在を完全に暴かれてしまう。相棒を守るために沈黙を選んだ直樹の耳に、イヤホンから柔竹の静かな声が響いた。

 『直樹……わたくしを庇ってくれて、ありがとうございます。……さて、害虫駆除でも始め――』

相棒を侮辱されて怒る直樹、かなり大事な場面です。

次はもっと重いところに入っていきます。

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