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竹取クロニクル【月のAIと逆転のWeb3】借金を背負った大学生は、かぐやの名を継ぐAIと人生を再起動する  作者: 山本正樹


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第14話「完了しました。」

表では試験勉強。

裏では、世界のどこかでとんでもないマネーゲーム。

そんな一週間のお話です。

 「――っべえ、完全に寝坊した……!」


 翌朝、直樹は目覚まし時計のけたたましい音に叩き起こされた。

 いつもなら一秒の狂いもなく耳元に響くはずの、柔竹のあの朗らかな声がない。

 スマホの画面は真っ暗なままで、触れると裏側が驚くほど熱を持っていた。世界中のデータをミリ秒単位で処理し、超高速演算を続けている証拠だった。


 (本当に、本気で戦ってるんだな……)


 そこで視界の隅に、目覚まし時計が飛び込んできた。

 「あっ、やべぇ。のんきに感心してる場合じゃない!」

 直樹は慌ててシャツを着てバッグをつかむと、部屋を飛び出した。


 それからの一週間、直樹は死に物狂いで大学の前期試験に挑んだ。

 七月二十五日から三十一日まで、怒涛の試験期間が続いた。

 だが、柔竹がデスクトップに残してくれた「要点まとめテキスト」の精度は凄まじく、

 かつては赤点すれすれだった直樹の回答用紙は、自分でも驚くほど滑らかに埋まっていった。

 「まあ、手応えとしては悪くない……かな」

 最終日の午後。解放感に包まれた生田キャンパスのラウンジで直樹が息を吐くと、隣にいた小和田さんが「私もー!」と無邪気に笑った。

 「古賀教授の哲学、ヤマが完全に当たってたよね! 私、今回はトップグループ維持できそう!」

 「それはよかった。おめでとう。……今回は古賀先生の謎問題がなかったから、ちょっと物足りなかったな」

 巧が涼しい顔で缶コーヒーをすすりながら会話に入ってくる。

 「わかるー! 去年の後期試験で出たのなんて、しばらく考え込んじゃったもん」

 「ん? あの『私が「水槽に浮かんだ脳」ではないと言い切れる根拠を述べよ』って問題のこと? 全然意味わかんないんだけど」

 「その意味わかんないのを考えるのがいいのよ。哲学だし」

 試験の終了を祝して、三人は駅前の喧騒へ繰り出し、徒歩数分の路地裏にある大衆居酒屋の暖簾をくぐった。木札のお品書きが壁一面に貼られ、まだ早い時間だというのに、店内には試験終わりの学生たちの熱気と焼き鳥の香ばしい煙が店内に満ちていた。

 「いらっしゃいませー! 三名様ですか? 奥の座敷へどうぞー!」

 威勢のいい店員の声に導かれ、案内されたのは一段高くなった畳敷きの小上がり席だった。

 直樹が何も考えずに上がろうとした、そのときだった。

 「あ、すみません。あちらの座敷じゃなくて、手前のテーブル席に替えてもらってもいいですか?」

 小和田さんが、さりげなく、けれどはっきりとした声で店員を引き止めた。

 「あ、テーブルですね! はい、大丈夫です。こちらへどうぞ!」

 「ありがとう、小和田さん。助かるよ」

 巧は少し上ずった声で礼を言うと、嬉しそうに微笑んで、ジーンズの右足をゆっくりとテーブルの下へ滑り込ませた。

 「ううん、気にしないで!」

 ほどなくジョッキが運ばれてきて、乾杯の音が響いた。

 「あ、そういえば佐々本くんが紹介してくれたファミマ、すっごく楽しいよ! 店長さんも優しいし、シフトも融通利くし、本当に感謝してる」

 「そう! あの店長、昔からズボラだから、やることやってればあんまり細かいこと言われなかったんだよ。変わってなくてよかった。でも、俺、急に抜ける形になったから、店長にグチグチ言われたりしてない?」

 「うーん? そういうことはないかな。とくに佐々本くんの話も出てこないし」

 小和田さんの無邪気で無慈悲な報告に、隣に座る巧は笑いをこらえて肩を震わせていた。

 「……そうか。ならいいんだ」

 続けざまに串の盛り合わせが運ばれてきた。

 焼き鳥をつまみながら、小和田さんと巧は、どこか感慨深げに直樹の顔を見ていた。


 「それにしてもさ……佐々本くん、本当に変わったよね。なんていうか、顔つきがすっごく大人っぽくなった」

 「そうだね。先月、唐突に富士山に登るって言い出したときは、とうとうおかしくなったかと思ったけど、まさか本当に実行するとはね。

 ……で、どうだったんだい? その『家庭教師』さんは、ちゃんと山頂までナビゲートしてくれたの?」

 巧が眼鏡の奥の瞳を悪戯っぽく光らせ、鎌をかけてくる。

 「ああ、まあね。……ただ、その家庭教師様、今週は起こしてくれないから、毎日寝坊しそうだけど」

 「え? 起こしてくれないって、その『家庭教師』さん、今なにしてるの? あれ、エージェントじゃなかった?」

 「まあエージェントなんだけど、なんか今ちょっと忙しいらしくてさ。放置プレイされてる感じ。HOTAっていうのが忙しいらしいよ」

 直樹が何気なく口にしたその単語に、巧の箸がぴたりと止まった。

 「……HOTAだって?」

 巧はポケットからスマートフォンを取り出すと、驚くべき速さで画面をタップした。

 「HOTAって……これのことかい?」

 巧が差し出した画面には、暗号資産の取引プラットフォームのチャートが映っていた。

 赤と緑の線が、まるで生き物のように激しく脈打ちながら、それでも天へ向かって垂直に近い角度で伸び続けている。


 「な……っ」


 直樹は思わず息を呑んだ。

 画面の隅に表示された数字。$HOTAの時価総額(MarketCap)は、開始時のわずか一万二千ドル(約百八十万円)から、今や二億四千万ドル(約三百六十億円)にまで膨れ上がっていた。

 巧の鋭い視線が、値踏みするように直樹の表情を探った。

 すべてを見透かすようなその眼差しに、直樹の防衛本能が警報を鳴らした。これ以上、柔竹のことを深く喋るべきではない。

 「い、いや……詳しいことは俺もよくわかんないよ。ただ名前を聞いただけだし」

 直樹が必死にとぼけると、巧は数秒間、じっと直樹の目を見つめ、それからふっと視線を外した。

 「……ふーん。まあ、いいけどね」

 「でも、もしこれのことだったら、直樹くん大変そうだねえ」

 小和田さんが、おにぎりを頬張りながら、おっとりと言った。

 「なんで?」

 「だって、もしこれに本当に関わってたら、『億り人』確定でしょ? テレビで見たことあるけど、宝くじに当たった人って、けっこうな確率で破産しちゃうらしいよ?」

 「いや、それは大金を手にした人が調子に乗っただけで、金そのものが悪いわけじゃないだろ」

 直樹の反論に、小和田さんと巧が同時に声を揃えた。

 「「佐々本くん(お前)は絶対調子乗るよ!」」

 「ひどいな、二人とも!」


 わはは、と三人で笑い合った、その瞬間だった。

 直樹のポケットの中で、一週間ずっと熱を持ち続けていたスマートフォンが、小さく震えた。


 【 完了しました。 】

試験おつかれ回……と思わせてからの通知でした。

次話は金額のスケールが急におかしくなります。

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