7.明かされた秘密
「こんなところでどうしたんですか?」
いつも通りの無表情で、ゆっくりとこちらに向かってきたローゼルに、ドクンッとまた心臓が大きく跳ねる。
喉が、渇いた。
「こ、来ないで!」
私は必死に自分の中から溢れて止まらない気持ち悪い何かを抑えて、瞳を右手で覆った。
もう私の瞳はあの濃い赤になっている可能性がある。
それをローゼルに見られてしまったらおしまいだ。
吸血鬼であると、バケモノであると、バレてしまう。
ローゼルだけには、知られたくなかったのに。
「大丈夫ですよ」
優しいローゼルの声が静かにこの場に響く。
まるで怯える私を安心させようとしているその声音に、一瞬視線を上げそうになったが、私はそれをなんとか耐えた。
ダメだ。上げてしまえば、おしまいだ。
すぐ側にローゼルの気配を感じる。
そう思った時には、下を向く私の視界にローゼルの足が入った。
「お、お願い、来ないで…」
ローゼルを拒絶する私の声が弱々しく震えている。
体が熱くて、おかしい。
彼が欲しくて、堪らない。
バケモノみたいな思考に、私は泣き出しそうになった。
「エレノア、聞いて」
ローゼルがそう言い、私の右手を掴み、ゆっくりと自身の方へ引く。
その行動に私はつい反射的に、伏せていたまぶたを上げてしまった。
するとそこには、私の瞳を覗き見るローゼルがいた。
月明かりでさえ吸い込む漆黒の髪がサラサラと揺れている。
その隙間から見える紫の瞳が、私の視線を絡め取り、離さない。
…かっこいい。
こんな時でも彼は私の心を捉え、虜にした。
そして数秒して、私はハッとした。
ーーーもう、誤魔化せない。
「怖がらないで、エレノア」
「い、いや…っ」
ローゼルから逃げなければならないのだが、右手を掴まれてしまっている為、それが叶わない。
このままでは法律に則り、帝国騎士団の騎士としてローゼルは私を捕えるだろう。
禁断症状に陥った吸血鬼は危険である為、最悪殺される可能性さえもある。
「俺はアナタの味方ですから」
「や、ち、違うっ!」
宥めるようなローゼルの優しい声に、胸が痛くなる。
彼が私の味方であるわけがない。
騎士として仕事を果たす為にそう言っているに過ぎない。
喉が、渇くの。
ああ、早く、ローゼルの血を口いっぱいに含んで、喉に流し入れたい。
一滴も残さず、飲み干したい。
もう、思考が、上手くできない。
自分に残された最悪の未来への恐怖と、自分が自分ではなくなっていく恐怖がぐちゃぐちゃに混じって、私をゆっくり壊していく。
涙が溢れて、止まらない。
「エレノア、俺は例えアナタが吸血鬼でもいいんです」
「…え」
何を言って…。
「でもこのままだとアナタが吸血鬼だと他の人にバレてしまいます。だから、俺の血を飲んでください」
ローゼルから出たあり得ない言葉に、思わず目を見開く。
私が吸血鬼でもいい?
自分の血を飲め?
彼は一体何を言っているのか。
自分の言っていることがどういうことなのかわかっているのか。
吸血鬼に血を吸われるということは、最悪殺されることだというのに。
私はローゼルを殺したくはない。
けれど、崩れかけた理性から溢れる本能がずっと私に告げるのだ。
ーーー彼の血を喰らいたい、と。
「…ダメ、よ。アナタを、殺したく、ない…」
震える声でなんとかローゼルを拒絶する。
だが、ローゼルはそんな私に柔らかく笑った。
「構いません。アナタになら殺されても」
月明かりを背負い微笑むローゼルは、やはり何よりも美しく、綺麗だった。
その魅力的な姿は私を惹きつけて、離さない。
ローゼルは自身の手の甲に噛み付き、そこから血を流した。
美味しそうな赤に、思わず釘付けになる。
「さあ、飲んで。エレノア」
差し出された手に、私の中の理性が完全に崩壊した。
もう抗えない。今すぐにでも、その血を口に含みたい。
例え自分がバケモノに堕ちたとしても。
おそるおそるローゼルの腕に手を伸ばし、両手で包む。
それからその傷に唇をそっと当て、舌を動かしてみた。
「…っ!」
感じたことのない甘い電流が体を駆け巡る。
口に広がる血は何故か甘く感じて、美味しい。
舐めるたびに私の中に流れ込む血が私を壊していく。
体中を巡るこの快楽はなんだろう。
「ん…はぁ、ん」
気がつけば、私は甘い吐息を漏らしながら、夢中でローゼルの手の甲に舌を這わせていた。
もっと…、もっと…、もっと…!
歯を立てて、噛んでしまいたい…という衝動に駆られたところで、私はハッとした。
私はローゼルを殺したくない。
このまま欲望に任せて血を飲むということは、ローゼルを殺すことに繋がる。
血を飲んだからなのか、どんどん症状が落ち着いていく。
熱が冷めていく頭に、私は耐え難い胸の痛みを感じた。
私はバケモノになってしまった。
それも一番見られたくなかった人の前で。
ゆっくりとローゼルの手の甲から顔を離す。
やっと見えたローゼルの表情は、私を嫌悪することなく、優しく、そして何より嬉しそうだった。
ローゼルの頬はほんのり赤く、喜びで満ちている。
「あぁ、エレノア、かわいい。俺が死ぬまで飲んでよかったんですよ?」
うっとりと微笑むローゼルに、私はまた泣いてしまった。
逃げたいけれど、逃げられない。
どうすればいいのかわからない。




