5.怒りの理由と伸ばす手
「騎士様たちは一体何を言っていたの?」
ローゼルの怒りの原因を詳しく知りたくて、私はマックスにそう問いかけた。
その問いかけに伏せられていたマックスの視線が再び上がる。
それから言いづらそうに口を開けたが、そこから言葉が紡がれることはなかった。
私から視線を逸らし、辛そうに、悔しそうに、様々な感情を滲ませた表情を浮かべるマックスを見て、私は思った。
マックスは口にするのもはばかられる言葉だと言っていた。
きっと自分の口からは言いたくない言葉なのだろう。
それならば無理に聞く必要はない。
ローゼルのあの行動にも、きちんと理由があったのだと知ることができたのだからそれでもう十分だ。
あとはその事実から話を上手く広げれば、ローゼルだけではなく、ローゼルに倒された彼らにもなんらかの罰が与えられるはずだ。
そうすれば、少しはローゼルの騎士団での生活も穏やかなものになるだろう。
止めていた作業を再開し、マックスの処置を進める。
早く治るようにと私がオリジナルで調合した薬を塗り終え、顔をあげると、またマックスと目が合った。
「…マックス?」
何か言いたげな瞳で私を見つめるマックスに、首を傾げる。
すると、マックスは意を決したように口を開いた。
「アイツらはアナタの…エレノアさんのことを侮辱していました。ローゼルさんと仲がいいという理由だけで」
「…っ!」
今度こそマックスから紡がれたローゼルの怒りの理由に、私は大きく目を見開く。
ローゼルが私のために怒っていたなんて。
その後続いたマックスの話によって、私はあの日のローゼルのことを全て知った。
最初はローゼル自身が侮辱されていたが、本人は無視していたこと。手を先に出したのは彼らだったこと。
ローゼルはそれを全て受け流していたが、私が侮辱されたことによって、反撃したこと。
あの日のローゼルは確かにやりすぎだったが、決して「気に入らないから」と一方的に彼らを倒したわけではなかったのだ。
「本当は俺が止めに入るべきだったのに、何もできなくて…」
申し訳なさそうに下を向き、悔しそうに肩を揺らすマックスに、胸が苦しくなる。
それができていたらローゼルは今あんな辛い立場にいない。
ローゼルを苦しませている彼らは貴族なのだから。
だが、このままではきっと一生ローゼルの心は穏やかにはなれない。
マックスの話を聞きながら、私は静かに意思を固めた。
私が彼を救ってみせる。
例え、ここを辞めることになったとしても。
*****
それから私はローゼルが受けてきた嫌がらせの数々の証拠を周りの協力を得て集めた。
ローゼルを見てきた皇宮内で働く人たちも思うところがあったようで、皆、協力的だった。
証拠集めに奔走して、1ヶ月後、私はそれらを持って、皇帝陛下への謁見を申請した。
今の皇帝陛下は実力主義だ。
貴族だろうが、平民だろうが、優秀であれば、平等に接してくれる。
私には薬師として〝帝国の聖女〟と言われる実績があったこと、私の話が帝国始まって以来の天才騎士ローゼルのことであったことが重なり、見事、私は陛下への謁見を掴み取った。
そして私は全ての証拠を陛下に提示し、静かに主張した。
「帝国の未来…いや、今現在も必要な最大の戦力を誇る騎士、ローゼルの力が脅かされています。このままでは彼が本来の力を発揮する前に、倒れてしまう…もしくはここから去ってしまいます」
私の話に陛下は嫌な顔一つせず、真摯に向き合ってくれ、理解を示した。
ローゼルがいた環境が劣悪だったこと、それを作った騎士たちの行動の酷さ、愚かさ。
全てに呆れた陛下は、ローゼルに嫌がらせをした者たちを徹底的に調べ上げ、全ての者をこの皇宮から追い出した。それが貴族であろうと関係なかった。
ここでの絶対的な揺るぎない君主は皇帝陛下ただお一人だったからだ。
それからローゼルはその優秀さと実力から第一騎士団から第二騎士団への移動を命じられた。
こうしてローゼルを害していた全ては皇帝陛下のお力により、迅速に消え、新しい環境でローゼルは新たな騎士生活を送り始めた。
そんなローゼルが今日も小さな傷を負い、私の目の前に座っている。
「今日も仕事中に?」
「そうです。痛いです」
よく見れば頬にある擦り傷をじっと見つめる私に、ローゼルが無表情のまま「ここを見て」と言わんばかりに、静かに主張する。
もっと大きな怪我を負っているローゼルを何度も見て来たが、痛いなどと一度も言っていなかった。
おそらく、これも痛くないだろうし、言われなければ気づかない、お風呂に入ってしみた時にようやく気づくレベルのものだ。
だが、これがローゼルなりの甘えなのだろう。
そうだと思うと、かわいいと感じてしまう。
ローゼルは毎日のようにここ、救護室にやって来ては、私に治療を頼む。
いつも小さな傷をこさえて。
第二部隊所属になり、実戦が増えたので、仕方のないことだが、その治療を他でもなく私に頼むことが、私はとても嬉しかった。
ローゼルの世話を焼き続け、この間は皇帝陛下に直談判し、私はローゼルを仰々しい言い方だが、救った。
さすがにいろいろと思うことがあるようで、ローゼルはそんな私に少しずつ心を開き、今ではすっかり人慣れした家猫のようだ。
ローゼルはわかりづらい。
だから甘え方もわかりづらい。それでも、以前とは違う姿に、多分甘えているのだろうな、と思う。
あまり大きな傷でもないので、軽く消毒をしてローゼルの処置を終える。
それから「はい、おしまい。お大事に」と呆れたように笑うと、ローゼルはまっすぐと私の瞳を覗いた。
宝石のような輝きを放つアメジストの瞳に何故か小さく心臓が跳ねる。
「エレノア、何か困ったことはありませんか?」
「え、あ、うん、特には…」
無表情のままいつものように投げかけられた言葉に、私はゆるゆると首を横に振った。
ローゼルはいつもこうして私の様子を伺ってくる。
そこには自分を助けてくれた相手に対する恩義がある。
かわいい家猫はどうやら私を恩人として認識しているらしい。
じっとこちらを見つめるローゼルに、かわいらしいと思うと同時に、一瞬だけ胸がチクリと痛んだ。
この胸の痛みがなんなのか、この時の私はまだ知る由もなかった。




