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だからアナタに殺されたい。  作者: 朝比奈未涼


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4.雨の日の心




ローゼルに微力ながらも世話を焼く日々が続いたある日のこと。


どんよりとした空からしとしとと降る雨の音を耳にしながら、皇宮内の渡り廊下を歩いていると、バシャンッと何かが倒れる音が聞こえてきた。


こんな天気の中、一体何が…。


つい反射的に音の方へと視線を向ける。

するとそこには、雨の中佇む1人の背中と、その周りで倒れている数人の男たちの姿があった。

彼らは皆、騎士服を身にまとっており、騎士たちの間で揉め事があったのだと察せられる光景だった。


倒れている男たちは小さな呻き声をあげるだけで、立ち上がる様子はない。

水たまりへと沈む体と騎士服に、見ているだけでその痛みが伝わる。

気がつけば私は雨に濡れることも厭わず、渡り廊下から駆け出ていた。


バシャバシャと水と地面を蹴り、彼らの元へと向かう。




「あの…」




せめて1人だけ立っている人に事情を聞こうと、その背中を見つめ、私は言葉を失った。


雨に濡れる艶やかな黒髪に、スラリとした高身長。

彼は一体誰なのか、振り向くのを待つまでもなく、わかってしまった。




「ローゼル、一体何があったの?」




私の気配に気づき、振り向いたローゼルが冷たい表情で私を見下ろす。

宝石のような輝きを放つアメジストの瞳は、この空のように暗い。


何かあったのだ。


ローゼルの様子にすぐそう理解した。




「何でもありません。ただ気に入らないからこうしただけです」




しかし、ローゼルは淡々と私の言葉を否定した。


倒れる騎士たちに一瞬だけ向けられたローゼルの視線。

冷たく、無感情に見えるそれには、確かな強い怒りがある。


理由もなく、ローゼルは怒らないだろうし、こんなこともしないだろう。

事情を詳しく聞きたいのだが、視界の端にいる騎士たちのことをこれ以上、私は放っておけなかった。




「ローゼル。事情は後で詳しく聞かせて」




ローゼルの肩にポンッと手を置いて、さっとローゼルから離れる。

それからたまたま渡り廊下を歩いていた若い騎士に、私は「助けて欲しい」と声をかけた。


集まり出した人たちが倒れている騎士たちをどんどん救護室へと運んでいく。




「エレノアさん!こちらの方も救護室で大丈夫ですか!?」


「ええ、お願い!」




茶髪にそばかすが印象的な青年の騎士、マックスに応えて、私はまた手の足りていないところへと移動した。

集まった人たちが素早く手伝ってくれたおかげで、患者の運搬はスムーズに行われた。


その様子をローゼルは雨の中じっと見つめていた。

だが、いつの間にかその姿は雨の中に溶けるように消えていたのだった。




*****




その後もローゼルは私を始め、騒ぎを聞きつけた帝国騎士団総団長にも、騎士団が所属する国防省のトップにも、詳しい事情を説明しなかった。

ローゼルはただ「気に入らなかった」とだけしか言わなかったのだ。


さすがに「気に入らない」という理由だけで、相手を再起不能にするまで打ちのめすことは許されることではない。

よって、ローゼルは皇帝陛下から直々に、謹慎処分を受けることになった。




「ローゼルがいなくなって、本当、せいせいするぜ」




第一騎士団に所属する騎士が、救護室でそう愉快そうに話し始める。




「アイツ、調子に乗りすぎだったよな?庶民のくせに強いからって、俺たちに刃向かって」




その騎士の隣にいた同じような騎士も、ニヤニヤしながらその話に乗っていた。

彼らは救護室に必要もないのに薬を取りに来ている騎士たちだ。

仕事の合間に、息抜きにここへ来たのだろう。


彼らの嫌な会話を聞きながら、私は目の前の騎士、マックスの左膝の処置をしていた。

捲り上げられた制服のパンツから見える膝は大きな擦り傷があり、血も流れている。

街で子どもを助けた時にできたものらしい。


マックスの所属する第二部隊は通称実働部隊とも言われており、何か有事には彼らが前線へと立つ。

戦争、モンスター討伐、街の犯罪対応など、彼らの活動範囲は多岐に渡り、確かな実力が求められる。

その為、第二部隊には、かなりの実力者が所属していた。




「マックス、痛みは…」




傷の消毒を終え、マックスの様子を伺うように顔を上げる。

するとマックスはどこか面白くなさそうな顔をして、第一騎士団の騎士たちを見つめていた。




「マックス?」




明らかに彼らに不快感を覚えている様子のマックスに、思わず声をかける。

そんな私にマックスは慌てて「あ!すみません!」と反応した。




「…エレノアさんはローゼルと仲がいいですよね」




それから声をひそめて、おずおずとそう聞いてきた。


私とローゼルはおそらく仲がいい部類に入る。

ローゼルの表情は希薄で、言葉数は少なく、誰とでも一定の距離を取りたがるが、私にはほんのわずかに違う気がする。

無表情だが、たまに柔らかい表情を見せるし、言葉数は少ないままだが、会話も成立する。

話しかけられることもほんの少しならあるし、稀に距離を縮めても離れない。


これが仲がいいのかと聞かれると、一般的にはどうなのだろうと首を捻るが、ローゼルにならきっとそうだと頷けた。


以上のことから私は曖昧に微笑みながら、「まあ、うん。そうね」とマックスに応えていた。




「…俺、なんでローゼルがあんなことをしたのか知っているんです。たまたま近くを通りかかって…」


「え」




マックスから出た言葉に、手が止まる。


マックスはローゼルが言わなかった事情を知っているの?


次の言葉が気になり、私はマックスをまっすぐと見つめた。

マックスの黒色の瞳が、辛そうに、悔しそうに揺れている。




「口にするのもはばかられる言葉をアイツらは口にしていたんです。ローゼルはそれに怒って反撃したんです」




マックスは眉間にシワを寄せ、「だからローゼルは何も悪くありません」と視線を伏せた。


彼の説明に私は、やっぱり、と腑に落ちた。


あの日のローゼルの瞳には、確かに見たことのない怒りがあった。

何かに怒りを覚えていたことは明白で、その怒りの原因はなんなのか、とずっと思っていたのだ。

 



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