3.猫のような騎士様
手負の猫のような騎士様。
ローゼルに私はそんな印象を抱いていた。
来る日も来る日もいろいろな理由で、ローゼルは救護室に現れる。
怪我の治療に、ちょっとした雑用。
ローゼルへの対応はもちろん私だけの役目ではなく、様々な人がしていたが、その役目をなるべく私がするようにしていた。
私は彼のことがどうしても放っておけなかった。
冷たく誰にも心を開かない。
いつも小さな傷を無数に作り、自分に対してとことん無頓着。
けれど、その中で気まぐれに言葉を発し、「仲良くなれるかも?」と距離を詰めようとすると静かに離れる。
まるで手負の猫のようだ。
その〝手負〟の部分に、何か意図的なものを感じて、私はいろいろな人にローゼルについて聞いてみた。
「ローゼルは学生の時から完璧で他の追随を許さない存在でした。その実力は圧倒的で、隙がなく、思ったことを何でも言う彼には、冷たい印象と同時に怖いという印象もありました」
ある時、怪我の治療に来たローゼルと同期の青年はローゼルについてこう語った。
彼の証言でローゼルが思ったことを何でも言う性格であることを知った。
またある時、私は休憩中の第一騎士団の騎士たちにそれとなくローゼルの話を振ってみた。
「ローゼル?ああ、天才様かなんだか知らないが、アイツ生意気だよな?自分が正しいと勘違いして、上の人間に楯突いてさ」
「だからアイツの備品だけ、ボロボロらしいぜ?」
「いい気味だよなぁ」
彼らの証言でローゼルが第一騎士団内で嫌われていることと、彼の備品だけがその影響を受けていることを知った。
私はいろいろな場所へと出向き、騎士だけではなく、庭師やメイド、様々な人から話を聞いたり、貴族やお偉いさんが話しているところを盗み聞いたりした。
その結果、ローゼルはその圧倒的強さと嘘がつけない性格から第一騎士団内で嫌われ、嫌がらせを受けていることがわかった。
第一騎士団は高貴な血筋のエリート集団であり、プライドも高い。
ローゼルのような隙のない完璧な騎士に、どうしても黙っていられなかったのだろう。
ローゼルに毒を盛り、真剣で鍛錬をさせたり、備品を全て劣悪なものに変えたり、食事量を限界まで減らしたり…と、彼らは非常に悪質で最低なことをローゼルに繰り返しているようだった。
だが、私を始め、そんなローゼルに対して思うところがあっても、誰も第一騎士団には何も言えなかった。
彼らは私たち庶民よりも圧倒的に高い地位にいる貴族だからだ。
それでもローゼルのことがどうしても放っておけず、私は毎日のように彼に世話を焼いていた。
大きな袋を肩にかけ、皇宮内を歩きながらローゼルの姿を探す。
鍛錬場にも、食堂にも、広間にも彼の姿はなかった。
あとは一体どこを探せば彼に会えるのだろうか。
そう思っていると、やっと廊下でローゼルの背中を見つけた。
「ローゼル!」
窓から射す夕日をまるでスポットライトように浴び、キラキラと輝く存在に明るく声をかける。
私に呼ばれたローゼルはゆったりとした動きで、こちらに振り向いた。
「エレノア」
私の姿を見て、無表情のままローゼルがそう呟く。
最初の頃のローゼルなら、迷惑そうな顔をしていただろうが、今のローゼルにはそれがなかった。
相変わらず無表情なので、何を考えているのかわからない冷たさは健在だが。
「探したのよ?ローゼル。アナタ、どこを探してもいないから」
「騎士団倉庫の片付けをしていましたから」
「あ、そ、そう…」
何でもないことのように淡々と告げられたローゼルの言葉に胸が痛くなる。
騎士団倉庫の片付けなど、第一騎士団のエリート騎士がする仕事ではない。
使用人や第三、第四騎士団の仕事だ。
…またいつもの嫌がらせなのだろう。
どこか暗くなった私に、ローゼルは変わらず続けた。
「それで?俺になんの用ですか?エレノア」
「そ、そうね!そう!私、アナタに用があったの!」
全く興味なさそうに冷たく私を見つめるローゼルに、私は明るい声音でパンッと手を叩く。
それからずいっと肩にかけていた大きな袋をローゼルに差し出した。
「これは?」
ローゼルが怪訝そうに瞳を細め、袋をとりあえず受け取る。
「これはね、比較的新しい騎士服と、今日作ったパンよ!明日からこの騎士服を着てね!パンはまだまだたくさんあるからお腹いっぱい食べて!」
袋に疑問の視線を向けるローゼルに、私はにっこりと笑った。
第一騎士団の騎士たちに私は何も言えない。
けれど、こうしてローゼルを陰ながら手助けすることならできる。
比較的新しい騎士服は治療の過程で仲良くなった騎士からもらった。
パンは調理室のコックたちの仕事を手伝う条件で、多く作ってもらい、持ってきた。
これでローゼルは明日もピカピカの騎士服を着て、ご飯もしっかり食べ、第一騎士団の騎士として恥じない姿で働ける。
「怪我も毒も隠さないでね?私が全部治すから」
「…はい、エレノア」
じっと言い聞かせるようにローゼルの瞳を覗けば、ローゼルは珍しく柔らかい表情を作った。
こういう表情を見ると、やはり猫だな、て思う。
距離は取るけれど、たまにだけ近い距離にいることを許してくれる。
猫のような騎士様。
彼の生活が少しでもよくなり、彼の心が少しでも穏やかになりますよに。
世間話も雑談もすることなく、「では」と冷たく言い放ち去っていく背中に、私はそう願わずにはいられなかった。




