12.必要不可欠な存在
sideローゼル
帝国の聖女が、俺だけを見て、俺だけを求める。
聖女の翼はゆっくりと羽を失い、少しずつ俺へと堕ちてきてくれていた。
エレノアは俺に…いや、俺の血に夢中だ。
それでもいい。
あのエレノアが例え捕食目的であっても、俺を必死に求めてくれるのなら、俺はそれでもよかった。
エレノアの清廉な黄金の瞳が、血を求める時だけ、とろけそうなほど甘いものへと変わる。
誰にでも慈悲深い笑みを浮かべる美しい顔には、抗えぬ欲望が浮かび、苦しそうだった。
頬を紅潮させ、必死に俺に舌を這わせるエレノアの姿は、扇情的で、いつも俺を煽った。
エレノアのあの姿を見られるのは、俺だけだ。
エレノアは血を吸い終わった後、いつも泣きながら言う。
『アナタを殺したくない。でも殺してしまいそうで怖い』と。
その姿がどれほど俺の胸を甘さで痺れさせたことか。
殺して欲しかった。
エレノアの手で終えられるのなら、俺の世界の最期がエレノアならどんなにいいだろう、といつも甘い夢をみていた。
だから俺は何度も何度もエレノアに、『アナタになら殺されたい』と言った。
俺はエレノアなしでは生きられない。
それはきっとエレノアも一緒だろう。
そうなるように、俺が仕向けたのだ。
エレノアは日に日に俺を求めるようになっていった。
彼女に求められるたびに、俺は自分の存在意義を感じ、満たされた。
ああ、やっと、俺はアナタの人生に必要不可欠な存在へとなれたのだ。
もう、離れられない。
俺は大勢のうちの1人ではない。
かつて助けた誰かではない。
それがどれほど喜ばしかったことか…。
ーーーそれなのに。
帝国の聖女が、忽然と姿を消した。
帝国の聖女が消えた日。
その日も俺は変わらず、いつものようにエレノアのことをずっと待っていた。
朝のミーティング後。昼の任務後。皇宮内を移動中。
ずっとその時をまだかまだかと心待ちにしていたが、エレノアは俺の前には現れなかった。
ならばと、今度はいつも通り適当な口実を作り、何度も何度も救護室へと顔を出し、自分からエレノアに会いに行った。
だが、何故か何度訪れてもそこにエレノアの姿はなく、ついに一度もエレノアに会うことは叶わなかった。
さすがに疑問に思った俺はその日の業務を終えた後、救護室でエレノアとよく喋っていた若い女の薬師に、エレノアについて聞いてみた。
すると、彼女は信じ難いことを口にした。
『エレノアね…。実は、今日突然、帝国騎士団救護隊を辞めちゃったの』
悲しげな彼女の言葉が信じられず、俺は自分の耳を疑った。
そんな俺に彼女は続けた。
その日の朝一番に突然エレノアの両親が救護室に現れ、エレノアからの手紙を渡してきたことを。
その手紙には、続く体調不良により復帰が難しい為、救護隊を辞める旨が記されていたそうだ。
エレノアはたった紙切れ一枚で、帝国騎士団救護隊を辞職してしまったのだ。
手紙を持ってきた両親からは特に何も語られなかったようで、誰も詳しいことはわからないようだった。
本当にエレノアは復帰が難しいほどの体調不良なのだろうか。
昨日もいつも通りの姿で、俺に会いに来てくれたというのに。
毎回血を求めるエレノアは確かに辛そうではあったが、血を飲み終えた後の彼女は顔色もよく、至って健康に見えた。
では、何故?
その理由は?
考えても考えても、エレノアが突然辞職してしまったもっともらしい訳が思い浮かばない。
だが、エレノアが辞職してしまった理由よりも、俺の頭の中は、エレノアを案ずる気持ちでいっぱいだった。
エレノアは今日、まだ一度も俺の血を飲んでいない。
今の彼女は1日に何度も血を飲まなければ、血を求める本能に抗えない。
その本能を彼女は今、どこかで耐えているのか。
気がつけば俺はその場から飛び出し、街を駆け巡り、エレノアの姿を探し始めていた。
あんなにも美しい人、どこにいても一目で見つけられる。
しかし、俺は彼女の姿を見つけられなかった。
それからエレノアを探す日々が始まった。
仕事の合間を縫い、自分の持てる力全てで彼女の痕跡を探す。
まずはエレノアの家を見に行った。
だが、そこにはまるで人がいる気配がなかった。
ならばと、次はエレノアについての情報を徹底的に集めることにした。
…が、彼女に関する情報は綺麗さっぱりなく、まるでもうこの街にはいないかのようだった。
エレノアが俺の目の前から消えた。
そんなはず…、そんなはずはない。
彼女は俺から離れられない。
そうだったはずだ。そう仕向けたはずだ。
ああ、彼女は今も俺の見えないところで苦しんでいるのか。
消えた彼女へと募る仄暗い感情と、彼女の安否を憂う感情と、会えない苦しみから、どんどん心がぐちゃぐちゃになっていく。
エレノアがいないだけで、今にも壊れてしまいそうなほど脆くなる。
少なくとも俺には、彼女が必要で、離れられない。
消えたエレノアに、わかっていたが、そう痛感した。




