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だからアナタに殺されたい。  作者: 朝比奈未涼


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13/13

13.消えた聖女




帝国の聖女が忽然と姿を消して、1ヶ月。

エレノアのいない灰色の世界で、俺は今日もエレノアの姿を探していた。


仕事を終え、いつも通り暗い街を彷徨う。


エレノアの家の近くの市場で、エレノアが買い物をしているかもしれない。

エレノアの家の近くの食堂で、エレノアが食事をしているかもしれない。

エレノアの家の近くの噴水場で、エレノアが星空を見上げているかもしれない。


小さな可能性でさえも諦められず、俺は己の足でエレノアがいそうな場所に何度も何度も赴いた。


街を一通り巡り終え、俺は最後にエレノアの家へと向かった。

いつものように今日こそはあの窓に灯りが灯っていることを祈りながら、エレノアの家を見る。

すると夢にまで見た光景が、俺の目に飛び込んできた。


小さな木造のシンプルな家…エレノアの家の窓から光が漏れ出ていたのだ。


ーーーエレノアがいる。


ここ1ヶ月の間で初めて見た灯りに、俺はそう確信した。


やっと彼女に会える。

そう思うだけで、壊れそうになっていた心がどんどん癒えていく。


ああ、やっぱり、俺には彼女が必要だ。


はやる気持ちを抑えて、足早に玄関へと歩みを進める。

それから喜びと期待を胸に、俺は玄関の扉をコンコンッとノックした。


ほんの少し時間を置いてから扉の向こうからパタパタとこちらに向かってくる足音が聞こえる。


会いたい、会いたい。

エレノアに、会いたい。


会いたい気持ちが限界まで高まる。

今か今かと、その瞬間を待ち侘びていると、やっと玄関の扉がゆっくりと開かれた。

…が、扉を開けたのは、エレノアではなかった。




「…どちら様ですか?」




扉を開けた40代くらいの女性に、ゆっくりと失望が広がっていく。

しかし、遠慮がちにこちらを伺う黄金の瞳と美しい顔立ちに、俺は既視感を覚えた。


髪の色も年齢も違うが、どこかエレノアに似ている気がするこの女性。

…まさか、エレノアの母親?


今の段階では、確信は持てない。

だが、そんな気がして、俺はまず女性に、礼儀正しくお辞儀をした。




「帝国騎士団第二部隊所属のローゼル・ホワイトです。エレノアの同僚です」




淡々と、だが丁寧に言葉を並べ、顔を上げる。

するとそんな俺に女性は「そうですか…」とどこか辛そうな表情を浮かべた。




「私はエレノアの母です。こちらにはどういったご用件で?」




女性…いや、エレノアの母親が俺に優しい声音で、簡潔に要件を伺う。

なので、俺はエレノアの母親に、同じく簡潔に答えた。




「エレノアに会いに来ました」




俺の言葉に、エレノアの母親の表情が一瞬曇る。


その表情に、何故?と、疑問を抱いていると、エレノアの母親は申し訳なさそうに眉を下げた。




「エレノアは今、体調を崩していて、休んでいまして…。誰かに会える状態ではなくて…。わざわざ来ていただいたのに、ごめんなさい」


「…そうですか」




エレノアの母親の言葉に淡々と頷く。

エレノアが辞職した時の手紙にも、〝体調不良〟と書かれていた。

話の筋は通っている。




「これ、お見舞いです。よかったら」


「あぁ、ありがとうございます」




ここに来るまでにたまたま買っていた林檎を、エレノアの母親に渡す。

エレノアの母親は、申し訳なさそうにそれを受け取ると、「それでは…」と、ゆっくりと扉を閉めた。


閉まる扉を見届けて、家の中から聞こえる足音に耳を澄ませる。

扉から離れ、家の奥へと進んでいったその音に、俺は移動を始めた。

エレノアの寝室の窓の前に。


エレノアに血を吸ってもらうようになってから、何度かエレノアの家にも入ったことがある。

その為、エレノアの家のだいたいの間取りもわかっていた。


エレノアの寝室は南側の奥の部屋だ。

見えてきた窓に、胸がどんどん高鳴っていく。


あそこに今度こそ、エレノアがいる。

やっと会える。


まずはコンコンッと窓を軽くノックしたが、眠っているのか返事はない。

なので、今度は窓に手をかけ、開けようとしてみた。

だが、もちろん施錠されていた為、騎士団で身につけたピッキングで鍵を開けた。


開いた窓に足をかけ、そっとエレノアの寝室へと侵入する。

小さな木造の部屋には、懐かしいエレノアの甘い香りがいっぱい広がっていた。


寝ているエレノアを起こさないよう、ゆっくりと歩みを進める。

それからベッドへと視線を向けると、俺は言葉を失った。


ーーーそこにいるはずのエレノアがいなかったからだ。


エレノアが寝ているはずのベッドはとても綺麗に整理されており、まるで何週間も誰も使っていないようだった。




「…エレノア?」




この状況に、思わずエレノアの名前を呼ぶ。


何故、ここにエレノアがいないのか。


先ほどエレノアの母親は、確かにエレノアは休んでいると言っていた。

それなのにここには誰かがいた痕跡さえもない。


状況をなんとか把握しようと、ゆっくりと辺りを見渡す。

小さな棚の上に置かれた花瓶には、花も水もない。

机の上に並べられていたノートや本も綺麗さっぱりなくなっている。

見れば見るほど、ここには以前訪れた時のような生活感がなかった。


帝都から姿を消したエレノア。

ここ1ヶ月、エレノアを見た者は誰もおらず、全くないエレノアの目撃情報に、まるでこの街から消えたかのようだった。


…エレノアはもう帝都にはいないのか?


そんな考えが頭をよぎったところで、扉の向こうから複数人の足音が聞こえてきた。

その足音に、俺は素早く窓から外へと出た。


慌てることなく淡々と、ここに俺がいたことがバレないように、ゆっくりと窓を閉める。

ちょうどそのタイミングで、2人の人物がエレノアの寝室に現れた。




「…エレノア」




泣きそうな声でこの部屋に入ってきた1人の人物は、先ほども会った、エレノアの母親だ。

そんな母親の横で、辛そうな表情を浮かべるもう1人の人物は、おそらくエレノアの父親だろう。




「エレノアなら大丈夫だ。必ず、施設から生きて帰ってきてくれる。必ずだ」




母親の肩を抱き寄せ、悲痛な声でそう言った父親の言葉に、俺の思考は一瞬停止した。


…施設?

…必ず生きて帰ってくる?


ゆっくりと、慎重に、その場から音もなく離れる。


バクバクと心臓が加速し始め、止まってしまった思考が、またゆっくりと動き出す。


ーーー嫌な予感がする。


エレノアの家から距離を取ったところで、俺は全速力で走り始めた。


頭の中で、けたたましく警報が鳴り響く。

このままでは、エレノアを永久に失ってしまうかもしれない、と。




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