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だからアナタに殺されたい。  作者: 朝比奈未涼


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11.叶わぬ想いの行先





ゆっくりとまぶたを開ける。


どのくらい寝ていたのだろうか。


ぼんやりとした頭で、私は呑気にそんなことを考えた。

意識を手放す前の、あの熱を忘れて。




「…」




そこまで思案して、ハッとする。

今の私にはもう全身を駆け巡り、支配するあの衝動が一切ない。


どうして今は落ち着いているのか。

私はあの後どうなってしまったのか。


はっきりとし始めた意識の中で、私は考えを巡らせた。




「…エレノアさん?」




するとそんな私に誰かが声をかけてきた。

聞いたことのない声だ。


…そういえば、ここはどこ?


誰かの声によって、やっと自分の置かれている状況に疑問を抱く。

目の前に広がる清潔感のある白い天井に、全く心当たりがない。


ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡したが、やはりここがどこなのか私はわからなかった。


窓のない狭い個室には、ベッドと小さな机と椅子だけしかない。

必要最低限のものしかないこの部屋は、まるで隔離病棟のようだった。




「エレノアさん、目覚められたんですね」




どこか安堵したような表情で、白衣を着た女性がこちらに歩み寄る。

40代くらいのその女性は見た目からして医師のようだ。


この部屋の様子に、突然現れた医師。

ここは病院なのだろうか。


何から尋ねようか、となんとなく下を向くと、あるものが目に入った。

一つは右腕にある点滴、そしてもう一つは掛け布団から見える鎖だ。


点滴については何も思わない。

あの衝動を抑えるために必要な処置なのだろう。

だが、鎖の存在は私の胸をざわつかせた。


…あの鎖は何?


嫌な予感がして、サーッと一気に血の気が引いていく。

まるでバケモノを繋ぎ止めているかのようなそれは、何を捕らえているのか。


確かめようと、恐る恐る右足を動かすと、ジャランッと鎖が鳴り、動いた。




「あの、これは…」




顔面蒼白で、目の前まで来た医師に弱々しく尋ねる。

すると、医師は一度難しそうな顔で視線を伏せた。それからゆっくりと視線を上げ、私を見た。




「…エレノアさん。落ち着いて聞いてください。まずここは帝国側に秘匿されている吸血鬼専門の施設です。それも禁断症状に関連するものの」




医師が私の様子を伺いながら、丁寧に始めた説明内容はこうだ。


吸血鬼にとって、タブレットさえ摂取していれば、陥ることのない、禁断症状。

だが、それでも極たまに、禁断症状を発症し、街で事件を起こす吸血鬼たちは確かにいる。

帝国の法律に則り、そういった吸血鬼たちはその危険性から処分…すなわち、殺される運命にある。

しかしそれはあまりにも残酷だと考えた吸血鬼たちは、禁断症状を発症した、または発症寸前の吸血鬼を保護し、なんとか回復させられないか、と考えたのだ。

そうして作られたのが、この施設だった。


私はどうやら禁断症状一歩手前まで来ていたらしい。

だが、そこまで説明されて、私はある疑問を抱いた。




「この施設のこと、私が置かれている状況のことはだいたいわかりました。ですが、わからないことがあります。何故、私は禁断症状になりかけていたのでしょうか?」




ここまで丁寧に言葉を紡ぎ続けてくれていた医師に、疑問の視線を投げかける。


禁断症状になってしまう原因は1日に1回、必要な血を摂取できなかったからだ。

しかし私は今日まで血を摂取できなかった日など1日もなかった。むしろローゼルから貰いすぎていたくらいだ。

それなのに、何故、私は禁断症状になりかけたのか。


私の質問に、医師が眉間にシワを寄せる。

それからなるべく感情を声に乗せないように、淡々と続けた。




「エレノアさん…アナタは人間から直接血を摂取しましたね?それも愛する人の血を」


「…え」




医師の言葉に、脳裏にローゼルの姿が思い浮かぶ。


優しい眼差しでこちらをまっすぐと見つめるローゼルが、甘い声で私に囁く。

『俺を殺してもいいんですよ?』と。


その声があまりにも甘美で、私の理性を何度も何度もグラグラと揺らした。


私は確かに愛する人の血を喰らっていた。




「…」




沈黙は肯定と同じだ。

私の様子に医師は「やはりそうなのですね。ご両親からの報告とも一致している」と静かに納得していた。

そして私の疑問に答えるために、引き続きこちらの様子を伺いながら丁寧に説明を続けた。


私たち吸血鬼にとってタブレットが身近にある今、人間から直接血を摂取したいという考えの者はまずいない。

それはバケモノのようなおぞましい行為であり、そうしたいという感覚さえも理解し難いという認識だ。


だが、稀に人間から血を直接摂取してしまう者もいた。

そんな私のような吸血鬼はどうなってしまうのか。




「人間から血を得る強烈な感覚を実際に体験しているエレノアさんならわかると思いますが、あの快楽はいわば吸血鬼にとっては麻薬です。一度覚えてしまった快楽に、吸血鬼は逆らえない。飲めば飲むほど、欲しくなって、止まらなくなっていく。そうして行き着く先が…」




医師にそこまで言われて、ドクンッと心臓が大きく跳ねる。

もう最後まで言われなくても、わかってしまった。


必要な血が不足し、本能に駆られ、血を求める行為が禁断症状だ。

同じく、血と快楽の中毒に陥り、それを求めることも…。




「禁断症状ですか…」


「はい、その通りです」




弱々しい私の声に、医師が頷く。


自分から発せられた言葉が信じられず、私は頭が真っ白になった。


禁断症状に陥るということは、バケモノになってしまったということに等しい。

処罰の対象であり、死は免れない。




「血を一度吸ってしまったが最後。吸血鬼はその本能を抑えられず、相手が死ぬまでその血を喰らい続けます。結果、私たちの先祖は人間を殺し尽くし、人間に忌み嫌われる存在となったのです。その歴史から私たちはタブレットを作り出し、人間とは争わない世界を完璧に作り上げました。何百年も何百年もかけて。…しかしその弊害として、直接血を吸うリスクを知る者が限りなく減りました。皮肉なものですね」




確かに人間を殺してきた歴史は教わってきたが、直接血を吸った結果が招いたことだったとは全く知らなかった。


夢にも思わなかったのだ。

人間から直接血を吸う日常があったことなど。

私たちは血を求める本能があるだけで人間と変わらず、血を飲むという行為に抵抗があった。

あれはバケモノの行うものだ、と。


先祖が力を尽くした結果、吸血鬼たちは人間と変わらない生活を送っている。

…が、それと同時にこんなにも恐ろしい本能を身に宿していると知らずに生きていたとは。


きっと自分たちをバケモノだと理解したくなかった吸血鬼たちが何百年もかけて認識を、意識を、歪めてしまったのだろう。

私も直接血を吸うまでは、血を吸うなんてあり得ない行為であり、バケモノではない私ならそんなことはしないと思っていた。


しかし、私は人間ではない。

吸血鬼だ。だからバケモノであることに逆らえなかった。




「…あの、先生」




ここまで考えて、医師の話と私の行動に齟齬があることに気づき、医師の瞳をおずおずと覗く。





「先生は一度吸ってしまったら最後、その本能を抑えられず、相手が死ぬまでその血を喰らう、と言っていました。ですが、私は血を死ぬまで喰らっていません。その相手は生きています」





私の疑問に、医師は苦い顔をする。





「…そうでしょう。アナタを見ればわかります」


「え」




医師の言葉の意味がわからず、首を捻る。

そんな私に、医師は続けた。





「アナタが言った通り、吸血鬼は本能を抑えられず、相手が死ぬまで血を摂取し続けます。ですが、そうはならない場合が一つだけあるんです」




そこで一度言葉を区切り、じっと医師が私を見つめる。

その瞳には、私を憐れむものがある。


何故…?


医師の視線に疑問を抱いていると、医師はやっと暗い声で言葉を紡いだ。




「それは相手が愛する人だった場合です。血を求める本能よりも、相手を殺したくないという理性が勝った場合にのみ、血を求める本能は抑えられます」


「…」




だから、か。

医師の説明に、私は妙に納得した。


医師は確かに言った。

血を一度吸ってしまったが最後。吸血鬼はその本能を抑えられず、相手が死ぬでその血を喰らい続ける、と。


だが、私がそうならなかったのは、私がローゼルの死よりも生を望んだから。

愛しているからこそ、そうなったのだ。




「エレノアさんのような吸血鬼は稀にいるんです。この施設にも、何人かいらっしゃいます。それでも、本能を自力で抑えられた吸血鬼は、その後も苦しむ運命なのです」




そこから続いた医師の話はこうだった。


結局一度血の味、快楽を覚えてしまった吸血鬼は、中毒症状を患っている状態と変わらず、血を求める本能にじわじわと支配されるようになる。

やがて禁断症状に陥らないための血の必要量が増えていき、理性が徐々に崩壊していく。


そうしてどんなに摂取しても足りなくなり、禁断症状に陥るのだ。


しかしこの中毒症状を抑える方法がどうやら一つだけあるらしかった。




「それは血を求める本能をも上回るもので満たされることです」


「上回るもの…?」


「ええ」




首を傾げる私に、医師がこくりとゆっくりと頷く。




「それは、愛です。殺せないほど愛している相手から愛され、満たされることが、症状を抑える唯一の手段になります。ですが、エレノアさんがここにいるということは…」




医師はそこまで言うと、気まずそうに視線を伏せた。


その様子に、最後まで言われなくても、またわかってしまった。

愛で満たされていれば、中毒症状は抑えられる。

つまり中毒症状が抑えられていない私はその愛で満たされていないのだ。


わかっていた、そんなこと。

私はローゼルに愛されていない。

あくまで恩人として、丁寧に扱われていただけだ、と。




「私はもう、助かりませんか」


「…手は尽くします。ですが、点滴さえも受け付けなくなったときは…」




淡々としているが、どこか辛そうな医師の声に、私の心にぽっかりと穴が空いた。


私には、未来がないのかもしれない。


確かに聞こえる死の音に、私の心は静かに沈んでいった。

光のない、暗闇に。




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