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だからアナタに殺されたい。  作者: 朝比奈未涼


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10.崩れゆく理性




タブレットがすぐそこにあるにも関わらず、ローゼルから血をもらう日々を続けて、1ヶ月。

ある日、こんな生活に終止符を打つ為に、私はタブレットを飲んだ。

…が、何故か強い吐き気に襲われ、気がつけばそれを吐き出していた。

そしてその日を境に、何度も何度もタブレットを飲もうと試みたが、それは叶わなかった。


その結果、私はタブレットがあっても、ローゼルを頼らなければならない体になってしまった。


何故、タブレットを突然受け付けなくなったのかわからない。

自分の血を採取し研究しても、文献を読み漁っても、何も情報を得られない。

解決方法のわからない謎の症状に、私はただただ頭を悩ませていた。


このままでは好きな人を…ローゼルを…一生食らいながら生きなければならない。

ローゼルはいつも「殺していいんですよ」と熱っぽく囁くが、あれは恩人に恩を返そうとしての行動だ。

ローゼルとは、そういう義理堅さとわかりづらい優しさのある人なのだ。


そう思うたびに胸が痛んだが、この血を求める衝動は抑えられなかった。


タブレットを摂取していた時は、1日1回でよかった血の摂取。

だが、今では何故か1日のうちに何度も何度もローゼルの血が欲しくなった。


朝起きて、出勤と同時に、昼食時にふと。退勤後にローゼルの姿を見て…など、タイミングは様々だが、突然、抗い難い欲が私に押し寄せる。

なので、疼いて疼いて我慢ならない、禁断症状の予兆を感じた時だけ、私はローゼルの姿を探し、ローゼルを頼った。

ローゼルはそんな私の前にいつもどこからともなく姿を現し、優しく手を差し伸べてくれた。


そして今日も私は耐えられず、仕事中に抜け出してローゼルを見つけると、ローゼルの部屋へと共に向かった。




「エ、エレノア…」




まるで愛おしい恋人に向けるようなローゼルのとろけた声がこの場に静かに響く。

最初は新鮮だったローゼルの部屋も、ほぼ毎日通っているのでもう慣れてしまった。


1人掛けのソファに座るローゼルにまたがり、ローゼルの鎖骨あたりの傷から血を舐めとる。

ローゼルの綺麗な肌には、無数の傷があり、それを見るたびに私は苦しくなった。


あの傷も、この傷も、全部、本来ならなかった傷だ。

それなのに私がローゼルを頼るから…。


日に日にローゼルが欲しいという欲望が膨らんでいく。

その肌に牙を立て、血を食らいたいと思う。


吸血鬼は人間と同じだ。

そう思っていたが、違った。


私は…私たち吸血鬼は、人間が忌み嫌うバケモノそのものだったのだ。




「んん、ふぅ」




私から甘い声が漏れる。

ローゼルの血が口に含まれるたびに、喉を流れるたびに、甘い電流が体内を駆け巡る。

それがまるで麻薬のように私を蝕み、やめられなくなっていく。


もっと、もっと…。




「…あ」




夢中になって、ローゼルの肌に舌を這わせる私の耳を突然ローゼルが触り始め、思わず声が上ずる。


柔らかな耳たぶを指でなぞったり、愛撫するように弄ったり。弄ぶようなローゼルの動き一つ一つに、背筋がゾクゾクとした。


「エレ、ノア…」




私だけではなく、ローゼルからも甘い吐息が漏れ出る。




「ふぅ、んん、ロ…ゼル…」




ローゼルと私の甘い吐息。

それが混ざり合い、この部屋に静かに溶けていく。


今日も続く悪夢。

それでも私はゆっくりと正気を取り戻していった。

やっと、私の中の本能が満たされたのだ。


私はやはりバケモノだ。

好きな人のことを捕食の対象として見るようになってしまった。




「…ごめん、ごめんね、ローゼル」




ローゼルの鎖骨から顔を離して、涙を流す。

本当はローゼルから降りたいのだが、それを優しく私の腰に手を回すローゼルが許さない。




「泣かないでください。エレノア。俺はアナタの役に立てて…アナタの人生に俺を刻めて嬉しいんです。だから我慢できなくなったらいつでも呼んでください。俺を」




ローゼルは宥めるようにそう言いながら、何度も何度も労わるように私の背中をさすってくれた。


いつまでこの悪夢は続くのだろうか。


私はもうただただバケモノとして堕ちていくしかないのだろうか。


息の詰まるほど甘い空気の中で、私はこれからも続くかもしれない未来に今日も静かに絶望したのだった。


*****




そんな日々が続いた、とある日の夜のこと。

隣町で薬師をしている両親が今日は私の家まで来て、泊まっていた。


久しぶりの両親との楽しい夕食後、入浴も終え、1人になった私はカーテンを少しだけ開け、寝室の窓の外をなんとなく見つめていた。


街にはほとんど灯りはなく、星が美しくまたたいている。

2人が来た時はまだ夕日が沈んでいた最中だったというのに。


時間を忘れて、2人と話す時間はとても楽しく、かけがえのないものだった。

最近、ローゼルのことや、続く血への葛藤でいろいろと疲弊していたが、お父さんとお母さんが来てくれたおかげで少しだけ明るい気持ちになれた。


久しぶりに感じる胸の軽さに、自然と表情が和らぐ。


ーーーその時だった。




「…っ!」




あの衝動が突然私の全身を駆け巡ったのだ。


こんな誰もが寝静まり返った時間に、本能が疼いてしまうとは。

とてもじゃないが、ローゼルを頼りに行ける時間帯ではない。


大丈夫、大丈夫よ…。


熱くなる体に、私はそうなんとか冷静に言い聞かせた。


ここ1ヶ月、ローゼルに頼れない時間帯にこの衝動が訪れることなんて何度もあった。

私はその度に、あの手この手で血を求める本能を抑えてきた。


最初の頃はタブレットを飲んだ。

タブレットを受け付けなくなってしまって以降は、粉末状にして誤魔化しながら少量飲んだ。

まだ抗う術なら、きっと、ある。


…血が、欲しい。

ローゼルの、血が。


思考がどんどん血に支配されていく。

カラカラに喉が渇いて、あの赤を口いっぱい含んで、喉に流し入れたい衝動に駆られる。


おぼつかない足でなんとか机の引き出しに入れていた粉末状のタブレットを見つけると、私はそれを手に急いでキッチンへと向かった。




「…はぁ、はぁ」




荒い呼吸のまま、なんとかコップに水を入れる。

それから粉末状のタブレットをほんの少しだけ口に含み、その水と一緒に喉に流し入れた。


少しでも血の成分を摂取できれば、この衝動は抑えられる。

そう安堵したのも束の間。




「…ぅ、ゔ、お、おぇ…っ」




私の口から先ほど飲んだ水などが吐き出された。

おそらくその中には粉末状にされていたタブレットもあるのだろう。


ほんの少量でももう体が受け付けないなんて。


吐き出されたものを見て、心がどんどん冷えていく。

体は抗い難い熱にうなされているというのに。


この衝動に、本能に、飲まれてしまったらどうなってしまうのか。

今までは、ローゼルの血が私を正気に戻してくれていたが、それができないとなればどうなるのか。


ーーー禁断症状の発症。


嫌な言葉が頭をよぎった、その時。




「…エレノア?」




お母さんのこちらを心配し、伺う声がキッチンに静かに響いた。



気がつけばこの薄暗いキッチンに灯りが灯され、お父さんとお母さんが心配そうにこちらを見ていた。




「おか、あ、さん、お、とう、さん」




現れた2人に、助けを求めるように手を伸ばす。

口元や服は吐き出されたもので濡れ、瞳からは涙が溢れて止まらない。

ぐちゃぐちゃになっている私を見て、2人は大きく目を見開いた。

つい先ほどまでは何も状況を理解していない様子だったが、何かわかったらしい。




「エ、エレノア、その瞳…」




信じたくない、といった表情で、お母さんがこちらに駆け寄ってくる。

私の側まで来たお母さんは私の頬を両手で包み、泣きそうになりながらも、じっと私の瞳を覗いた。


そんなお母さんの傍で、お父さんは状況を確認するようにいろいろなところに視線を動かしている。

そして、最後に私を見た。

とても辛そうな瞳で。




「…人間の血を飲んだのか」




お父さんの悲痛な声に、ローゼルの姿が頭をよぎる。


サラサラの黒髪の間から覗く、彫刻のようにおそろしく整った顔が無表情に私を見つめる。

一見冷たいように見えるその表情は、私には柔らかく見えた。

まっすぐで、優しい人。


私の好きな人。


彼の血を私は確かに食らった。

何度も、何度も。


ああ、今だって想像するだけで、こんなにも熱くなって、欲しいと頭が痛くなるほど思ってしまう。


辛そうに私を見つめる2人に、力なく頷く。

すると、それを見た瞬間、お母さんが優しく私を抱きしめた。




「そう、そうなの…。辛かったわね…」




声だけでお母さんが泣いていることがわかる。

抱き寄せられた暖かさに、私はもう涙を止める手段がわからなかった。

それから鼻に微かに薬の匂いを感じた。

意識を奪う類のものだ。


お母さんの温もりに抱かれて、私はゆっくりと意識を手放した。




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