第98話 父の影
「破られたページの複写が、見つかった」
アリアの風読み通信が、リーゼ宛てに届いた。エリシアからの連絡。甘い風属性の残滓が金色の粒子として部屋に流れ込んだ。リーゼの碧い瞳が、通信に集中している。
俺は紅茶を啜りながら聞いていた。鉄の味の膜の下に、紅茶の温かさ。魔印のせいで、何を飲んでも最初に鉄を感じる。だが、今から聞く話の方が、もっと苦いかもしれない。リーゼの父の話だ。
エリシアが王立裁判所に直接出向いた。王女の権限で、父の冤罪事件の記録を再調査するために。そこで、一人の老書記官に出会った。三十年間、裁判所の記録を管理してきた男。その書記官が、非公式に保管していた複写があった。破り取られたページの、完全な写し。
「書記官は言ったそうよ」
アリアの声が、エリシアの言葉を伝えた。
「『真実が永遠に失われることを懸念した』。記録の抹消を命じられた時、彼は命令に従った。だが、従う前に、密かに一枚だけ写しを取った。三十年間、誰にも見せずに保管していた。……いつか、真実を求める者が現れることを信じて」
三十年。一人の書記官が、命令に背いて、真実を一枚の紙に残していた。その紙が、今、リーゼのもとに届こうとしている。
◇
複写が届いた。数日後。早馬で。エリシアが王都から送った。
リーゼがテーブルの上で複写を広げた。古い紙を、新しい紙に書き写したもの。書記官の几帳面な筆跡。インクの匂いが——茶色の影として視界の端に揺れた。複写は新しいが、写された内容は三十年前のものだ。
リーゼの碧い瞳が、文字を追った。
俺は隣で見ていた。リーゼの横顔。碧い瞳が、一行ずつ、慎重に文字を読んでいく。読むほどに、瞳の奥が硬くなっていく。
複写には、こう書かれていた。
シュタイン家の聖剣「星断ち」は、使用者の魔力を吸収する寄生型の魔器である。長期使用により、使用者の魔力が緩やかに枯渇し、戦闘能力が著しく低下する。当主ガルド・シュタインの魔力低下は、加齢や疾病によるものではなく、聖剣の寄生によるものと推定される。
リーゼの碧い瞳が、父の名前で止まった。ガルド・シュタイン。
文章はさらに続いていた。
本件記録は、戦時中の混乱に紛れて抹消するものとする。
抹消。
リーゼの指が、その一行に触れた。「抹消するものとする」。事実を記録して、その記録を消す命令。真実が一度書かれて、そして消された。書記官が一枚だけ残さなければ、永遠に消えていた真実。
「……これで、全部繋がった」
リーゼの声が低かった。碧い瞳が複写から上がらない。
「父の魔力が落ちた。原因は聖剣だった。家を守るための剣が、父を蝕んでいた。父は弱くなった。弱くなった父を、政敵が『戦時中の失態』という冤罪で追い落とした。父は処刑された。シュタイン家は没落した。……そして、聖剣が原因だという真実は、抹消された」
リーゼの碧い瞳が、複写の最後の一行を見ていた。
「誰が抹消を命じたのか。ここには書かれていない。でも、戦時中の記録管理は教会の——審問局の管轄だった。当時の審問局長が誰だったかは、分からない。記録が、それも消されているから。……でも、教会が聖剣の秘密を隠したことは、確実よ」
審問局。教会。リーゼの父を陥れた政敵が誰だったのかは分からない。記録を消したのが誰なのかも分からない。だが、教会が関わっていたことは確かだ。リーゼは断定しなかった。証拠のないことは断定しない。法廷で鍛えられた慎重さ。だが、碧い瞳には怒りがあった。抑えた怒り。
◇
リーゼが立ち上がった。テーブルの上の聖剣を手に取った。
鞘から、ゆっくりと抜いた。刀身が現れた。銀色。美しい。だが、その美しさが今は違って見える。父を蝕んだ刃。何代もの当主の魔力を吸ってきた刃。寄生者。鉄の匂いが——灰色の影として視界の端に漂った。剣の匂いは灰色。冷たい金属の匂い。
リーゼの碧い瞳が、刀身を見つめていた。刀身に、リーゼの顔が映っている。碧い瞳が、刃の中の自分を見ている。
「この剣は、父を殺した」
声が静かだった。
「家を守ると信じて、何代も受け継いできた剣。本当は、私たちを蝕む寄生者だった。父は、それを知らずに死んだ。真実は隠された。……知った今、私はこの剣を憎むべきなのかもしれない」
リーゼが刀身を、暖炉の光にかざした。刃が光を反射した。
「でも」
碧い瞳が、刃から俺の方に動いた。俺の首元。黒い紋様。魔印。
「この剣の『吸収』は、魔力を引き抜く力。父を蝕んだ力。……でも、その力を、あなたの魔印に向けたら。魔印の魔素を、この剣に吸い取れるかもしれない」
リーゼの碧い瞳に、覚悟が灯っていた。怒りではなかった。悲しみでもなかった。決意だった。
「父を殺した剣で、あなたを救う。皮肉だと思う? でも、私はこの剣を使う。意図的に『吸収』を発動して、あなたの魔印を引き抜く。……それは、私が聖剣の寄生を受け入れることを意味する。剣が、私の魔力を吸い始める。私が、父と同じ道を歩くことになる」
「リーゼ」
「分かってる」
碧い瞳が、揺れなかった。
「父は知らずに蝕まれた。私は、知った上で蝕まれる。同じ道だけど、違う。父は騙されて死んだ。私は、選んで使う。……それなら、この剣にも、少しは意味がある。父を殺した剣が、誰かを救えるなら」
リーゼが刀身を鞘に戻した。静かな音。剣が鞘に収まる音。
まだ使うとは言っていない。三者同時操作が成功すれば、聖剣は不要だ。だがリーゼは、最終手段として、この剣を握る覚悟を固めた。父の真実を全て知った上で。父と同じ道を歩く覚悟で。
父の影が、リーゼの碧い瞳の奥にあった。蝕まれて死んだ父。その影を抱えて、リーゼは剣を手放さなかった——
読んで下さりありがとうございました!
★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!
Youtubeにて作品公開中!
http://www.youtube.com/@mizukara-h2z
ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。




